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眠れないほど面白い繊維の話(ポリエステル編その2)

このシリーズも三回目となった。

初回は綿/ポリエステル混紡のT/Cについて、
二回目はポリエステルについてご紹介したが、
ポリエステルについてはまだまだ
ご説明できていない部分が多いので
今回がポリエステルの第二弾となる。

二回目の記事でも書いたように、
ポリエステルは私達が着ている服の中で
最も多く使われている繊維であり、
私たちがその恩恵を受けない日はない。

にもかかわらず、私達は驚くほど
その存在に注目することがない。

しかし、実はこんなに身近なものだからこそ
掘り下げてみることで出てくる面白さが沢山あると
私は思っている

そんな面白さを少しでも読者の方が
感じて下されば嬉しい。

染色について

正直、ポリエステルに限らず繊維の染色の話を
ご説明しようと思うと、
厚めの本1冊ぐらいの内容になってしまうのだが、
ここではあまり難しい言葉を使わず
シンプルなお話だけに留めておこうと思う。

だが、それぐらい染色は奥が深く、
私としては繊維の面白さを考えるうえで
染色という要素はとても大きなウェイトを
占めていると思っている。

なので、今回の記事ではポリエステルの染色に
スポットライトを当ててご説明はするものの、
どうしても繊維全体の染色に関する
お話が多くなることはご容赦頂きたい。

では、さっそくポリエステルの染色性について
ご説明していこうと思う。

ポリエステルの染色

冒頭にも書いたようにポリエステルは
私達が最も沢山使っている繊維の一つなので、
あなたが今着ている服や毛布、部屋カーテンや
カーペットなどにも使われているが、
それらの色はどうだろうか。

当然のようにカラフルな色が付いているであろう。

これは一見すると当たり前のことのように見えるが、
よく考えてみるととてもすごいことなのである。

なぜなら、色を付けるというプロセスは
実に多くのことを考えなくてはならない
非常に重要なプロセスだからである。

考えてみて欲しい。
あなたが素敵だと思って購入した服が
数回洗濯するだけで色が抜けてしまったり、
洗濯後に日干ししていると光が当たる部分だけ
色が褪せてしまったりすれば
そのような服はもう買いたくないと
思ってしまうはずである。

廉価で色とりどりの服を店頭に並べる
ファストファッション店の商品であっても
決してそのようなことが起きないのは、
製造者がとてもシビアに染色について
管理しているからこそなのである。

では、私たちの身の回りに溢れるポリエステル製品は
どのようにして染色をされているのだろうか。

ポリエステルの染色性

一般的に染色をするというと、
何だか色のついた液の中に繊維を入れて
グルグルとかき混ぜるようなイメージが
頭に浮かぶ方も多いと思うが、
ポリエステルもそのような染め方を
される場合がある。

しかし、ポリエステルと並んでポピュラーな繊維である
綿を染色する場合と比べて、その染色性は
大きく異なるのである。

それは、ポリエステルとはそもそも
PETボトルと同じ素材だからである。

ポリエステル第一弾の記事にも書いたように、
ポリエステルという呼び方をされる繊維の
ほとんどは、
PETボトルと同じ樹脂、ポリエチレンテレフタレートで
出来たものなのだ。

PETボトルに水性のマーカーで文字を書こうとしても
インクが乗らないし、
油性のマーカーで書くしかない。

しかし、油性のマーカーで書いたとしても
何度か使っていくと簡単にその文字は消えてしまう。

そのぐらい、ポリエチレンテレフタレートという
プラスチックに色を付けるのは難しいのだ。

そもそもPETボトルはジュースやコーヒーなどの
色の濃い液体を入れる状況で多々使われるが、
使い終わった後に内容物の色が残っていたケースなど
まず見たことがないはずである。

では、そんな色が付きにくいポリエステルに
色をつけるにはどのような方法が取られるのかというと
大きく分けて3つの方法に分類できる。

①分散染料で染色する
②原液着色で色をつける
③プリントする

一般的に「染める」という言葉が使われるのは
①の染料を使って色を付けるプロセスを
指すことが多いのだが、
世の中に存在する色のついたポリエステルは
実は②や③の方法で着色されているものが多い。

とは言え、何事もまずシンプルなものから
見ていくのが基本なので、
まずは最もシンプルにイメージできる
①の染色について簡単にご紹介しようと思う。

①分散染料で染色する

日常生活をしていて染料を目にすることは
まずないと思うが、
時折趣味で服や繊維製品を染める方がいる。

手芸品店に行くと、自宅で繊維を染められる
キットのようなものが売られていたり、
こだわる人なら自分で採取した草木から
色素を煮出して草木染をしたりする場合もある。

しかし、このような染色において染められるのは
綿や麻などの天然繊維、もしくは化学繊維の中でも
ナイロンなどの特定の繊維だけである。

この記事の主人公であるポリエステルは
残念ながらこのような染料を使って
染めようとしても絶対に染めることができないのだ。

それはなぜか。

ポリエステルという繊維の表面には
染料が手をつなぐことができる手が一切ないからである。

ポリエステル以外の繊維を染色する時には
化学的な力が使われることが多い。

綿ならば反応染料という染料が使われることが多く、
その名前の通り、
綿の表面と染料とが化学的反応により結合して
それにより色を付けている。

先ほどご紹介した草木染などは
草木から抽出した色素成分を媒染剤(ばいせんざい)という
ものを使って、繊維表面に結合させることで
染色する方法であるが、
これも綿などの表面に媒染剤が結合する
手のようなものがあるからこそできる手法なのだ。

だが、ポリエステルにはそのような手が
一切ないので、
染料を繊維上につけることができないのである。

では、どのように染めるかというと
分散染料という染料をポリエステルの中に
物理的に入れるようなイメージで染めるのだ。

”ポリエステルの中に入れる”などと言うと
何だか妙な感じがするかもしれないが、
ポリエステルはプラスチックであり、
基本的に石油から合成されているものである。

つまり、水か油かどちらと仲がいいかというと
油と仲がいい物質なのである。

ポリエステル第一弾の記事にも書いたように
ポリエステルが基本的に水を吸わない繊維なのは、
ポリエステルが油と仲がよく水と仲が悪いからである。

その特性を活かして、油のような性質を持った
染料をポリエステルの中に入れるのが
分散染料というものである。

鋭い方なら「でも染色は水の中でするんでしょ?」と
思われるかもしれない。

まさにその通りである。

本来油と仲がいい繊維であるポリエステルの場合は
油のような溶剤の中で染色ができれば
良いのだろうが、
当然ながらそのためには大量の溶剤を使わねばならないし、
私達が商品を使う前に溶剤をしっかりと
除去しなくてはならないので
現実的ではないのだ。

なので、染色は基本的水の中で行われる。

しかし、それを実現しようと思うと油に近いような染料を
水の中に均一に溶かす(厳密には違うが)必要がある。

では、そのためにどうするかというと、
界面活性剤の力を使って水の中に染料を分散させるのである。

このあたりのメカニズムを詳しく書きだすと
とてもnoteの記事では収まりきらなくなるので
ここでは割愛させて頂くが、
イメージとしては洗剤のようなものを
使っていると思えばいい。

油がコッテリと付いた皿であっても
洗剤を使えば綺麗に洗えるのは
洗剤が油を取り囲んで水に溶ける状態に
しているからである。

それと同じことを染料で行い、
水の中に染料を均一に分散させるのである。

ちなみにそれ故にポリエステルの染色に使う染料は
”分散染料”と呼ばれている。

そんな分散染料であるが、
ポリエステルと接触しただけで色が付くかというと
決してそんなことはない。

綿などの染色でも鍋などで加熱しながら
染めているのをご覧になられた方も
多いと思うが、
分散染料を使ったポリエステルの染色においても
加熱が必要となる。

しかし、ポリエステルの染色においては
普通に染液を沸騰させるさせるだけではダメなのだ。

そもそもなぜ加熱をしなければ染色できないかと言うと、
ポリエステルの口を開かせるためである。

熱をかけてポリエステルの口を開かせ、
その中に染料を入れることで染色が成り立つのだが
それに必要な温度は水が沸騰する100℃では
足りないのである。

しかし、水は100℃以上にならないのは
小学校の理科でも習う話である。

ではどうするのかというと、
圧力をかけるのである。

すじ肉などを圧力鍋で煮込むと
短い時間でもトロトロに柔らかくすることができるが、
ポリエステルの染色においてもこれと同じように
高い圧力をかけることでポリエステルの口を
低い温度で開かせて染色をするのである。

このようなことを言うと、家庭でも圧力鍋で
ポリエステルの染色ができるように
思われるかもしれないが、
ポリエステルの染色で使われるような圧力は
家庭用の圧力鍋で出せる圧力とは明らかに
異なるので、
残念ながら圧力鍋を使っても
普通に煮るよりも多少染まる程度にしかならない。

しかし、圧力をかけるとなると
どうしても締め切った入れ物の中で
染色をしなくてはならないので
長い生地などを染める場合には
入れ物のなかに収まらなくなる。

工業的に染色をしようと思うと
連続的に染色できるほうが明らかに
生産性は上がるので
そのような場合にはどうするのだろうか。

その場合には過熱蒸気を使って
100℃以上の蒸気で蒸すのである。

これならば180~200℃前後の熱を
ポリエステルにかけることができるので
分散染料をつけた生地を連続して
過熱蒸気の出るスチーマーの中を通せば
染色することができるのである。

こうして見てみると私達が何気なく着ている
ポリエステルに色を付けることが
いかに大変なことであるかを感じて頂けるだろう。

だが、染色はこれだけでは終わらない。

染色した後には、繊維に入りきらなかった
余剰な染料を除去するために
薬剤で洗浄をしたり、すすぎ、乾燥が必要であり、
それだけの手間をかけてポリエステルは
染められているのである。

<染色は環境に良くない?>

ここまで分散染料での染色についてご説明してきたが、
そのプロセスの大変さと共に、
染色のプロセスでは大量の水とエネルギーが
必要であることはなんとなく想像いただけるのでは
ないだろうか。

隣の大国の方が我が国の土地を
大量に購入しているというショッキングな話を
しばしば聞くことがあるが、
それは単純に我が国の環境が良いというだけでなく
日本には大量の綺麗な水資源があることが
理由の一つだと言われている。

そんな日本に住んでいるとあまり実感しないが、
世界的な視点で見ると綺麗な水は
とても貴重なものなのである。

そして、その世界中の貴重な水の多くが
繊維の染色に消費されているのである。

もちろん、染色で使った水は排水処理を経て
綺麗な水に戻されるが、
それには大量のエネルギーを消費してしまう。

最近SDGsなどという言葉をよく聞くようになったが、
その観点で見ると染色は明らかに環境に良くないのだ。

なので、大手スポーツアパレルなどは
染色したポリエステルは使わないと宣言をしている。

このように染色を取り巻く環境は
決していい状況ではない。

だが、それで色の付いていない服ばかりで
私達消費者が我慢できるかというと
答えはNoである。

そこで活躍するのが次にご紹介する
2つの方法となる。

②原液着色で色を付ける

①は文字だけみても「染色するのね」と
イメージしやすかったかもしれないが、
②はその文字だけ読んでも全く何をするのか
イメージが付かない方がほとんどであろう。

この方法は一体何かというと、
ポリエステル樹脂を繊維状に加工する際に、
樹脂の中にあらかじめ色のついた粉を練り込み
糸として出したときに色を付ける方法である。

ほうれん草パウダーが練り込まれた緑色のパスタを
見たことがある方は多いだろうが、
これと同じように色の粉(顔料)を練り込むことで
色を付けるのだ。

この方法であれば、後で色を付ける必要がないので
染色加工に水を使うことも全くなく、
非常に環境に優しく、
そもそも繊維の中に練り込まれているので
洗濯などで落ちる心配も全くない。

そう考えると、とても理想的な方法の様に
思えるのだが、
実はこの方法にも大きな問題点が潜んでいる。

例えばあなたがデザイナーだとして
アパレル店に出す服をデザインするとする。

服の形、縫製、色を決めて作ろうとしたとき
染色ならば、生地を織ってから必要な量だけ
色を付けることができるので、
色んな色をラインナップすることができる。

だが、原液着色の方法を使うと、
糸を作った時点から色が付いているので、
色違いの商品を作ろうとすると、
最上流工程から別々に作らなくてはならないのだ。

当然それぞれの工程には加工可能な最低ロットが
存在しているので、
色んなプロセスが積み重なれば
一つの色をラインナップに追加する度に
大量の商品を作らなくてはならないのだ。

ファストファッションのように大量に購入される
商品ならば、このような方法でも成り立つかもしれないが
中小規模のビジネスでは成り立たなくなってしまうのだ。

特に今の時代は消費者のし好も多様化しているので
それに合わせた商品づくりという観点では
原液着色は決して向かないのである。

③プリントする


では、小ロットで色を付ける方法は
環境に良くない染色しかないのかというと
そんなことはない。

そこで活躍するのがプリントするという技術である。

プリントという言い方をすると
何だか柄が入っていないといけないような
気がしてしまうが、
単色の無地であってもプリントで色を付けるケースは
実は多いのである。

プリントというとシルクスクリーンが
昔から使われてきたが、(本章のキャプチャー画像参照)
最近ではそれがインクジェットプリントに置き換わり
非常に生産性も上がり、無地印刷にも使われるようになった。

プリントの特徴は何と言ってもロット制約なく
ポリエステルに色を付けることができることである。

だが、これまで書いてきたようにポリエステルに
色を付けるのは一筋縄でいかないのに
プリントならなぜできるのかと思われるかもしれない。

実はかつてのポリエステル染色は(今でも残っているが)、
染料のインクを生地に乗せた後は
通常の染色と同じように過熱蒸気で蒸しを行い、
洗浄、乾燥を行うプロセスで行われていた。

確かにプリントにすることで、染色浴でつかう水は
削減できるかもしれないが、
この方法では後工程で多くの水とエネルギーを
消費してしまう。

そこで出てきたのが、昇華転写という技術である。

昇華転写とはインクを紙に一度印刷して
その紙とポリエステルの生地を重ね合わせた状態で
高い熱をかけながらプレスすることで
紙の上に乗ったインク(正しくは染料)が
気化して、隣り合わせたポリエステルに染着するという
技術である。

昇華転写の技術を使えば、水を全く使うことなく
ポリエステルに色や柄をつけることができるので
非常に理にかなっていると言えるであろう。

しかし、昇華転写はその性質上繊維の表面にしか
染料が染まらないので、
厚手の生地を中まで染めるような場合には向かないし、
このような熱をかけることで染まる染料を
使っているがゆえに、
迂闊にアイロンをかけたりすると色がにじんでしまったり
飛んだりすることがあるので
まだまだ使える用途が限定されているのは事実である。

このプリント技術についても非常に面白い要素が
山ほどあって、
それだけで本が1冊かけてしまうほどであるのだが、
この記事もすでに6500文字を超えてしまったので
それはまた続編としてまとめることにしようと思う。

今回はポリエステルの中でも色を付けることに
特化してお話をしてきたが、
私達が何気なく使っているポリエステルも
色んな技術や工夫がなされて色が付けられていることを
実感いただけたのではないだろうか。

このシリーズとして今後綿やナイロンなどの
お話を書いていこうと思うが、
今回ご紹介したポリエステルに色を付けるという話と
共通する部分が非常に多いので
色んな繊維について考えてみるときにも
役に立つお話だと思っている。

今日1日だけでも目にするポリエステル商品に対して
「どうやって色付けされているのだろう?」と
意識を向けてみて頂けると嬉しい。

ちなみに今回の記事はもう少しコンパクトに
収めるつもりで書き始めたのだが、
蓋を開けるとかなりボリューミーになってしまった。

ポリエステルとして第3弾を書くか
それとも違う繊維の話に移るか
悩ましいところであるが、
恐らく次回も当初想定していたよりも
長くなることを最初から見込んで書き始めようと思う。

引き続きこのシリーズにお付き合いいただけると嬉しい。

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