見出し画像

9月11日

とうとうラージャスターン周遊旅行も最終日になる。
帰ってからの大学のめちゃくちゃな管理体制のことを考えると頭が痛いが、5泊6日でこれほど多くのことができたので、しばらくは禁欲的に生活しないと釣り合いが取れない気もする。
飛行機が16時に飛ぶのに合わせて、特に予定を決めずのんびり過ごすことにした。

朝、時計塔の近くにある有名なオムレツ屋さんに行った。
レストランという感じではなく、いわゆる屋台メシなので、腹を下すのではないかという一抹の不安はある。
開店時刻ぴったりに行き、メニューを見たら味の想像がつかないオムレツがたくさんあった。
アリババオムレツ、というのが気になって何なのか聞いてみたがヒンディー語が聞き取れず、よくわからずじまいだった。
「今日ヤバい奴に会った」という YouTube チャンネルを彷彿とさせる衛生環境とおじさんの人懐こさで、友人たちは調理風景を動画に撮っていた。
完成した Butter Sweet Cheese Omelet は薄いトーストでサンドされ、噛むとフレンチトーストのような甘味にチーズの塩気が効いて美味しかった。1番好きな味。
リキシャーに轢かれそうになりながらもペロリと平らげてしまった。

あんまり美味しそうに見えないね
おびただしい量の卵

オムレツを食べ終えて、暇なので時計塔の近くで友人が見つけた絵画教室を覗いた。
市場の外れにある教室には壁一面に細密画が並んでいる。
日本にいた時も一度博物館で展示されているのを見たが、細密という文字通り、本当に細かく、色々な要素が密に詰め込まれている。
あまり安くはなかったので一同迷ったが、ワークショップに参加することにした。
ラクダ、ゾウ、ウマのモチーフから自分の好きな柄を選ぶ。私は幸運の象徴だというゾウにした。

手本を透かして写すのかと思いきや、普通に枠から自分たちで描き込むという放任主義なスタイル。
算数ができないうえ先生の英語が聞き取れず、枠線を書くのにやたらと時間がかかった。
次に輪郭。全体のバランスを見つつアウトラインを描く。これは普通のデッサンと同じ。
できた下書きを赤の絵筆でなぞるのだが、ここからが神経を使った。
いくら元の筆が細いとはいえ、少し気を抜くと掠れたり潰れてしまったりする。
ちょっとずつ描いて、それを隠すようにベースの色をベタ塗り。
後は影になる部分を少し濃い色でなぞり、装飾をひたすら筆を立てて書き込んでいって完成。

特に教わったことはないが、先生がお手本を見せてくれると流石にプロは違うな、と思う。
特に肝心の輪郭やディテールを描き込む細い筆の扱いが私は苦手だ。
なぜって、その細さを維持するのにやたら神経を使うからである。
集中力のない私は少し掠れたり太くなったりするとそこで止めて水を足しすぎたり、誤魔化そうとしてさらに酷くしたりしてしまう。
patience と先生が言うのを聞いて、私にはないや、と目を描き込むのをあきらめた。
先生に目を入れてもらったゾウはお手本より柔らかな表情で、たしかに幸福の象徴っぽい。

これが
こうなって
こうなって
こう!

絵を描くのは元々好きだから楽しかったけど、書道の名前を書く小筆が大嫌いだった不器用人間にはインドの細密画は描くのに神経をすり減らすものがある。
こうして一度描いたことで、今までなんとなく流し見てきた城跡の壁画など、全てこの技法で描かれていたと思うと、古代の職人に畏怖の念を覚える。
コロナ前は無料で体験できたコースもお金を取らざるを得ない経営状況だと聞いて、芸で飯を食う難しさはここでも同じだなと思う。
先生は幼少期から細密画を学び、大学を出てこの教室の先生をやっているらしい。
よくよく聞けば私と同じ年齢でびっくり。
やっぱり進路選択なんてとっくに済んでいるべき年齢なのかもしれない。

歴代の生徒さんの作品などもずらり

できあがった絵を封筒に入れてもらって、ホテルに荷物を取りに帰ってから空港へ向かう。
狭くて急な坂道が多い青の町はリキシャーに乗るとすぐに遠くなって、気が付けばデリーでも見るような広い平坦な道路を走っていた。
でもジョードプルの空港はまたブルーシティーの名にふさわしく、白ベースの壁に青い枠で装飾がされていて可愛らしい。
国内線メインなのでコンパクトにまとまった空港には、お昼ごはんを食べるのにちょうどいいお店があまりない。

自分たちの便がどこから出るのか確認したとき、ん?と思った。
16:10発のデリー行の便が、空港の掲示板でもネットの一覧でも見当たらない。
何かがおかしい。
慌てて近くにいたおじさんに話しかけようとするも、電話対応中で追い払われる。
Alliance Air の便だが、周りにいるのは IndiGo のスタッフだけ。
冷や汗が背中を伝う。
友人が英語で Alliance Air に問い合わせてくれた。その電話口のリアクションで大体察した。

飛行機は勝手に出発時刻を前倒ししたらしい。
???
意味がわからなかったが、SMS をじっくり見返すと、たしかに今朝届いたメッセージでは12:20発にしれっと変わっている。
たしかに早まったことは確認すればわかったかもしれないが、「出発予定時刻の変更」の旨を伝えるメッセージは来ていない。
これは明らかに向こうの連絡不足では、と代わりの便か返金の対応を申し込むもだんまり。
明日から普通に学校があるし、手持ちもそこまでないので早く帰らなくてはいけないのに。
今日デリーに向かう直行便は全て飛んだ後だったし、夕方に飛ぶハイデラバードを経由する無駄に遠回りかつお金のかかる便。
かといって明日のフライトに乗るためには今夜泊まるホテル代もかかる。
となると残るは寝台列車かバス。
寝台列車はインド特有の Waiting List というキャンセル待ちの状態で、座席が取れるかは半々の確率。
バスは先日のウダイプル→ジャイサルメールの旅でもう二度と乗らないと誓ったばかり。
しかも空いている席的に同じベッドに知らないインド人のおじさんが乗ってくる可能性もゼロではなかった。
どうする?
パニックになって話し込む私たちに、空港のお姉さんたちが話しかけてくるが、提案するのはだれも同じ内容で、余計にイライラが募る。

Red Bus というアプリで検索していたのを Ixigo というのに変えたら、寝台列車の一等席に空きがあるとの表示。
急いで予約すると、やはり2席分しか空いてなかったようで決済は成功したのに席は取れていない状態に。このネット予約のラグ問題、どうにかならないのか。
残るは寝台バスのみ。
あの地獄をこの旅の中で再び味わうことになるとは思ってもみなかった。
頭を抱えたがバス以外の選択肢は潰れたので、祈るような気持ちでバスを予約した。
どうか変な人が隣に来ませんように。

何時間もこの帰り道の確保に費やしたので、お昼ごはんを食べ損ねていた。
夜行バスの発車地点付近に口コミのいいピザ屋があったので、そこで発車までの数時間潰すことにした。
が、そこに行くまでのリキシャーでぼったくられた。
せいぜい15分くらいの道を3人乗りで行っただけなのに400ルピー。
インド英語の Four Hundred を誰も聞き取れなかった。
私は早くピザが食べたかったので、バトルしようとする友人のパワーに感嘆しながら泣く泣く400ルピーを渡した。私にはインド人と口喧嘩する元気はない。

踏んだり蹴ったりでたどり着いたピザ屋は表のシャッターが閉まっていて、営業中には見えなかった。
ここまで不幸続きだともはや面白い。
念の為階段を上がってみると、なんとおじさん2人が店内で客を待機していた。
電気もついていないから営業中なのかどうかすら怪しかったが、私たちの姿を目に止めると急いで店を開けてくれた。
よかった、なんとかご飯にありつける。

メニュー表をみて、あまりにも全部の商品が安いので驚く。
辛くなさそうなので Double Cheese Pizza を注文した。
チーズ以外何ものってないぞ?と忠告してくれた。だから選んだんだけどね。
私たちの他に客はおらず、2人のおじさんが交代で料理を作りにいったり食べ終わった皿を片付けたりしていた。
運ばれてきたピザは見るからに美味しそうだった。そして期待を裏切らず美味しかった。
この様子なら3時間居座っても大丈夫そうだ。

チーズってなんでこんなに美味しいんだろう

追加で頼んだ Butter Maggi を食べながら、あまりにも暇なので、映画 "Jagga Jasoos" をもう1回観た。
ネットにある程度浸かっていれば一度は見たことのあるあのダンスシーンは、大体映画の中盤、1時間半あたりにある。
それなりの知名度があるのか時々おじさんたちが劇中歌を一緒に口ずさんでいて面白かった。
私のスマホの画面が小さすぎて友人たちは字幕を追えず、その辺りで観るのにも疲れてしまった。

店主のおじさんは私たちが留学生でヒンディー語や社会学などを勉強していることを知ると、自分も大学でヒンディー語と社会学を専攻したと言った。
そしてインドでもヒンディー語専攻の私に、ヒンディー語やって将来はどうするんだ?と耳が痛い質問。
私もわからない、と答えると、考えすぎは良くない、と優しくフォローしてくれた。
私たちが勝手に飛行機が飛んでいって夜行バス待ちだと知ると、ピザ代を割引してくれた上、なんとバス会社に連絡してバスの出発時刻と場所を確かめてくれた。ありがたい。
しかもその後バスが停まっている場所まで着いてきてくれた。
得体の知れない日本人にここまで尽くしてくれる人もいるから、インド人は〇〇、と型に嵌めてディスることもできない。
友人の提案でお礼の気持ちを込めて折り鶴を送っておじさんとお別れした。

優しいおじさんのおかげで Alliance Air の酷い仕打ちで高まったストレスもだいぶ落ち着き、夜行バスが発車するのをのんびりと待った。
問題はここからだ。きちんと発車するのか、眠れるような環境なのか。
私たちが乗るのの手前にもう一台バスが停まっていたが、何やらその上に布団のようなものを積んでいる。
何をしているのかわからないが、それをぼんやりと眺めながら露店で買ったペプシを飲んで、なんだかんだどうにかなるものだな、と思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?