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参加サークル:Couleurs

文学イベント東京 参加サークル 「Couleurs」の紹介ページです。


■ 「いつか眠りにつく日まで」

マーガレットの海

一、冬の新月
 王宮の奥には、新月の部屋と呼ばれる場所がある。守られるように、最奥に設えられたその部屋では、貴族や官吏、侍女たちが中央に位置する寝台を囲むように膝をついて並んでいた。その視線のさきには、ゆるやかに歩を進めるこの国の女王陛下の姿。白いヴェールで顔を隠し、やわらかな白いドレスを纏っている。長く伸びた裾は、赤い絨毯のうえを重たげに引きずられてゆく。
 女王陛下はこれから、眠りの底へと沈む。
 はるか昔、太陽神と月神は手を取り合い、この世界とあらゆる種族を産み出した。しかし、太陽神を信仰する人間と月神を信仰する多種族の対立が起きた。私たちの祖は月神を信仰する種族をまとめ、ひっそりと暮らすことを選び、ちいさな国を建立した。
 月神は初代の王にふたつの祝福を与え、この国を言祝いだ。長い繁栄を願う眠りと、その身を守る繭。
 王は月の満ち欠けのように一〇年ごとに訪れる眠りと覚醒を繰り返す。訪れる眠気には抗うことができず、自らが作り出す繭のなかで長い春の夢を見る。巡る四季とは異なる、この国の十年に及ぶ〈冬の新月〉がはじまる。

「ラヴェンナ、前を」
 隣から鋭く紡がれた言葉が耳朶を突き抜けてゆく。ぼんやりと思いを巡らせていたわたしは、ちいさく息を飲み、さりげなさを装いつつ視線を前に戻した。隣で同じように膝をついている彼女をついと見やれば、素知らぬ顔で前を見つめている。背後から、さざ波のようなちいさな笑い声が届いた。
 何も聞かなかったことにするように、ゆっくりと息をひとつ溢す。
 からん、と寝台の側に控える侍女がちいさな鐘を鳴らした。それを合図に、さっと頭を垂れる。しゅるりと衣擦れの音が耳を掠めた。陛下が寝台へと入り、横たわる光景が脳裏に広がってゆく。しゅっと天蓋で寝台が覆い隠されると、ふたたび、からんからんと鐘が鳴った。その音とともに周りの人々は張り詰めていた緊張の糸を緩め、やわらかい吐息を零す。陛下は寝台のなかでそっとそのうつくしい榛色の瞳を瞼の内側に閉じ込める。次に目を覚ます一〇年後まで。
 眠りを妨げぬように静かに部屋を後にするひとびとに続きながら、わたしは一度だけ寝台へと目を向けた。天蓋の向こう側にぼんやりと映る影を見つめ、ちいさく首を垂れる。
 全ては、月神の御心のままに。祈りを胸のなかにひとつ落とした。
 公文書保管室に戻ろうとすると、ほらとちいさな囁き声が聞こえた。この王宮内で同族の彼らがわたしをどう見ているのか分かっている。いつものことだと、言い聞かせる。視線を向けることもせず、わたしは俯くように背を向けた。
「ラヴェンナ」
 聞き慣れたやわらかい声音がドレスの袖口を摘まむように引き留める。先ほどまで隣にいた侍女の彼女が、視線を遮るように隣に並んだ。
「気にしているのなら、隙を与えるものじゃないわ。特に先ほどのような」
 心ここにあらずな言動には気をつけなさい、と言いたいことがひしひしと伝わってきた。
「公文書保管室の方へ、わたしも用事があるの。一緒に行きましょう」
 エミリアは、深く黒い瞳をまっすぐにわたしの方へと向ける。その視線の意味に気がつき、ちいさく頷いた。
 公文書保管室は、王宮内の書物や公文書を管理している。管理と整理、必要に応じて写しを作成するのが、わたしの仕事だった。訪れるものが滅多にいない、この部屋は聞かれたくない話をするのに丁度良かった。エミリアは耳元で囁くように、わたしに告げる。
「恐らくだけれど、影がひとり姿を消したわ。あなたも注意して」
 それだけ言うと、彼女は踵を返す。公文書保管室の扉が閉まるのを、ぼんやりと眺めていた。彼女の言葉が、身体のなかで重たく降り積もってゆくのを感じていた。

< 続く >



長い眠りに纏わる短編集。ひとつ、鎖された人外の国の女王が海に行く話。ひとつ、季節外れの転校生が従姉と出会い、愛を知る話。ひとつ、夏に眠ることを選択した人類から、管理者の人形たちが世界を乗っ取る話。

※仄かな百合/高校生(成人済)の喫煙/自死の匂わせがあります(結末がそうであると断定するものではありません)

文庫/小説/134頁
ファンタジー/現代/SF



■ 「群青」



大正時代の少女たちの物語を主とした短編集。

・収録作品
 「夜の底に、紫が咲く」
  大正時代、歌うことが好きな花澤ハルが、浅草でオペラと出会い、カシオペア一座でスタァを目指す話。
 「華やかなりし頃」
  カシオペア一座のオペラを見た女学生たちの短編。
 「春告げ鳥の娘たち」
  春にだけ目を覚ますお屋敷さまと、彼女にお仕えする侍女たち。そして、春が巡る度に婚姻をするお屋敷さまとお殿さまの物語。(お雛様をモチーフにした小説)
 「少女たちは嘘をつく」
  とある女学校では、入学時に花の名前を与えられる。花の名前を持つ少女たちの、四月の最初の日の嘘つきの物語。(エイプリルフールをモチーフにした小説)

B6/小説/92頁
浅草オペラ/女学生/ファンタジー


「いつか眠りにつく日まで」1000円
「群青」800円
は、文学イベント東京 販売予定作品です。

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