偶然を味方につけて、不確実性の高いプロジェクトを成功させる『5つの原理』 ー エフェクチュエーション
この記事はなにか
最近知った「エフェクチュエーション(Effectuation)」という経営理論が、自分の中でとてもしっくりいくものだったので、自分なりの解説も兼ねて、記事として残しておきたいなと思いました。
エフェクチュエーションは、狭義的に見れば経営上の理論ですが、実際にはより広い範囲に適応可能な、「不確実性の高い環境に置かれた人の行動全般に関する理論」と言えるのではないかと思います。例えば、以前、新しい職場に転職するなどで見知らぬ環境に置かれることになった場合にどのように適応するかについての自分なりの考えを、"新しい環境でバリューが出せずに悩んでいる場合の解決法"という記事で紹介しました。当該記事の執筆当時はエフェクチュエーション理論は知りませんでしたが、今振り返って読み返すと、かなり共通する要素があるように感じます。
また、ここ数年、自分自身が、これまでとは全く新しい環境に身を置き、非常に不確実性の高いタイプのプロジェクトを主導する立場にいるのですが、こちらで取っている戦略および行動指針も、かなりエフェクチュエーションと照らし合わせて重なるところがあるように思えます。
エフェクチュエーション理論は、私も含めた日本社会にありがちな旧来的な定石、つまり、「きっちりと先の計画を立てて、それをその通りに遂行する」ことを最善とするという思考とは別の戦略的視点を提供してくれます。私見ですが、そのような視点が必要とされる場面は、時代の背景もあって以前より増えているのではないかと考えます。堅固な計画を元に逆算的にタイトな線表を引くのではなく、柔軟性が高く機動的なアプローチが必要となるシーンによく立ち会うようになっている。
また、エフェクチュエーションの思考の枠組みは、企業経営に限らず、個人の行動に適応できるはずというのも前述のとおりです。翻って、多くの人がこの理論について、触りの部分だけでも知っておいて損はないのではないでしょうか。
参考文献
エフェクチュエーション理論については、国内では神戸大学の吉田准教授 が第一人者的な立ち位置であり、基礎的な理解には吉田先生の著物が参考になります。
また、他にもいくつか参考にした情報源があるので、そちらについては、記事の最後にまとめておきます。興味がある方はそちらもご参照ください。
エフェクチュエーションとは何か?
概要
米国ヴァージニア大学の経営学者サラス・サラスバシーが提唱した理論(2008年)。成功している起業家45名に模擬的に起業をしてもらう実験をし、彼らの中に共通する思考と動き方の共通の特徴を類型化したもの ≒ 「不確実性が高い状況で成功するためのエッセンス」といえます。
結論
上記の実験の結果として、
起業家、つまり"不確実性の高い状況下で成功を収める経営者"に共通する行動原理は、大きな会社を経営する場合とは全く違うものがあることがわかった。この行動原理についての理論を「エフェクチュエーション理論(実効理論)」と呼称する。
その行動原理は、業界の違いなどを越えて共通するものであった。
通常の会社経営においての定石とは、『将来を推測し、その推測から逆算して行動を組み立てる』こと。つまり「予測」とそこからの「逆算」を最も重んじている。この際に、予測が重要となるので、正確な予測を出すことやゴール(目的)からの逆算の線表を精緻に引くことに大きな労力を使うことになる。
一方で、「エフェクチュエーション」に行動する起業家は、旧来の経営者と比べて予測に重点を置いていない。彼ら彼女らが重んじるのは「コントロール」であった。自分の手元でコントロール可能なこと、を重視し、そのカードを起点にものを考える。
という結果が得られたそうです。
確かに、新しい市場・事業については、基本的には判明している事実が少なく、既存の情報だけで予測を行うことには意味が薄い。そのため、一見すれば場当たりとも言える『反定石』的なアプローチのほうが正解になるということと解釈できます。
簡単に定式化すると、「エフェクチュエーション」な行動論では、
1 手元でコントロールできることを元に、
2 行動を起こし、
3 情報を増やし、
4 仲間を集め、
5 出来ることを増やす
→ 1へ戻る(コントロールできることが増えている)
というアクションパターンを取ることになります。この行動原理を、エフェクチュエーション理論では「5つの原理」としてまとめており、ここからはこの5つの原理について、自分なりの解釈も交えて簡単に解説してい来たいと思います。
5つの原理
多分に筆者独自の解釈を含んだうえで、エフェクチュエーション理論を構成する5つの行動原理について説明したいと思います。なお、日本語訳も筆者なりの勝手な意訳を一部含んでいます。正確な定義や用語について知りたい方は、より原著に近い文献にあたっていただくことをお勧めします。
Bird in hand(手持ちの鳥の法則)
「何が必要か?」ではなく、「今何が自分の手持ちとしてあるか?」を考え、手持ちの機会と資源を使って活動することを最優先にするという行動原理。
あるべきToBeから逆算する、という通常のセオリーとは逆に、As-Isの延長でまず何を出来るかという思考法。これにより、予測や計画に時間を掛けすぎることを避け、最短で実際のアクションを興すことに結びつきやすい。
予測が難しい事業環境下では、机上の分析によって新しい情報が増える可能性は低く、逆に、実際に行動に移し、周囲の環境(人やマーケット)と対話することでしか、有用なインサイトが得られない。
故に、まずは何らかのアクションを起こすことが大事(Bias-for-Action)だが、無作為に動けばいいというわけではなく、自分が持っている中で特有なカード(Bird in Hand、得意なものや解像度が高いもの)を活用したものであることがより有効になる。
Crazy Quilt(ランダム柄の織物の法則)
ランダム柄の織物 = 偶然によって出会った人との関係性を大事にする、という行動原理。
より、エフェクチュエーション理論の原義に近い言葉を借りると「コミットする意志を持つパートナーを見つけ、巻き込む」 。新しい市場を創造する際には、その領域にコミットメントが高く、知識を持った関係者とのパートナーシップが重要になる。
「コミットメントが高い」という点がポイントかと思う。小さな好奇心や、野次馬根性で近づいてくる人と付き合ってもあまり意味はない。新しい領域を一緒に開拓してくれる、そのための覚悟と能力を持った人を見つけ出す。そのために、Bird in Handの中から、いかに具体性があり、何をしたいのかが他者に正しく伝わるようなアウトプットを捻出できるかが勝負。
Pilot in the Plane(飛行機のパイロットの法則)
「コントロールできることに集中する」という行動原理。
新しい領域での活動においては、将来を予測しようとしても不確実性が高く、また仮に予測ができたとしても自分でコントロールできない変数が含まれていた場合には、考慮するだけ脳のメモリの無駄である。
故に、目の前の「なにであれば自分でコントロールが可能なのか」を見出し、そこにリソースの多くを投下する。逆に、自分で同しようもないであろうことに対しては、時間を割かない。
Lemonade(レモネードの法則)
アメリカにあることわざ「when life gives you lemons, make lemonade(人生がレモンを手渡してくる時がある。その時はレモネードを作れ)」が元となっている。翻って、「思いがけない(苦い)ことが起きたときにも、それを活かせ」という行動原理。
ここまで挙げた法則からも分かる通り、エフェクチュエーション理論は「予測」に重きをおかない代わりに「偶然の機会」を取り上げ、可能な限りその機会をコントロールして活用するという点に要諦がある。
思いがけないことが多数起こり得る環境下での活動において、常に「これはなにかの役に立つのではないか」というマインドが重要になる。「レモネード」という短くてキャッチーなフレーズが、そのスタンスを忘れないためのマジックワードになる。
Affordable Loss(許容可能な損失の法則)
自分たちで許容できる損失範囲を把握し、なにかに挑戦する際にもリスクがその範囲内に収まるようにコントロールするという行動原理。
これはリスク管理として慎重になれという法則にも思えるが、実際はその逆で、「最大損失がコントロール範囲に収まるなら基本はGO」という、小さい試行回数を最大化するための思考法なのだと理解している。
「損失がいくらか」というスカラー量で考えるのではなく、「許容可能か」の2値分類とすることで意思決定に必要な情報のメモリを圧縮し、決断しやすいようにしている。
これらの行動原理によって起こるサイクルを、吉田准教授は下記のようにまとめています。
最も大きなポイントだな、と感じるのは、これらの関係性が直線で完結的なものではなく、サイクルになっているという点です。このプロセスが一巡することで、「手段」「目的」が元の地点よりも1.0倍以上にアップデートされ、それがまた次のプロセスのインプットとなるため、このサイクルは一巡ごとに大きくなり続ける = Flywheel(はずみ車)になっている。
『Flywheel』というのは、Amazonの創業者が自社の成長サイクルを極めて単純化した図式で表した(かつそれがその通りだった)ことで有名になり、最近はスタートアップ界隈でもよく使われるようになった用語ですが、有り体に言ってしまえば、自分たちが行っている取り組みが大きく育ってメカニズムが、根源的に内包されているかを確認するという点で重要なものかと思います。(偶然、私の知人がFlywheelという会社をやっており、社名について"Flywheelって、なに?" というコラムを書いているので、元の意味に興味がある方は見てみるとよいかと思います)
僕自身のエフェクチュエーションの実践
実際のところ、ここまでで述べてきた『エフェクチュエーションな行動パターン』は、僕がこれまでデジタル庁で主導しているプロジェクト(政策データダッシュボード)で採ってきたアクションサイクルに極めて類似している点がとても多いという所感を持っています。
参考:政策データダッシュボード(デジタル庁)
https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard
デジタル庁に参画した直後、その環境が全方位的に極めて不確実性の高い状態であることは明らかでした。情報が囲い込まれ、何をしてよいか・すべきでないかは暗黙知化され、外部からは簡単に知ることはできず、明確な味方もおらず、物事の承認ラインは把握困難で、また、そもそも何が求められているかも不明瞭という状態。
なので、参画した直後は、とりあえずできることをベースに、ちょっとづつ人に見せられる仮アウトプットを出して、色んな人と話して味方になってくれそうな人を探していくプロセスに、まず2ヶ月程を費やしてしまいました。まさにBird in Hand と Crazy Quilt のふたつの原則に、偶然ながらも、忠実に従って行動していったということになります。
その後、ここから、政策データダッシュボードプロジェクトの原型となる仕事のオーダーが偶然に舞い込んでくることになりました。他のデータ活用プロジェクトの方向性を探ることもできましたが、この時点では最も不確実性を排除しやすく、かつ自分たちでコントロールできる可能性が高い、というコンディションと照らし合わせ、このオーダーに全力を傾けることにしました(Pilot in Planeの法則と合致)。
このあたりでどう振る舞うかが、不確実性の高い環境での意思決定として重要かつ難しいポイントではないかと捉えています。デジタル庁の専門人材として、入庁時に私が与えられていたミッションは「データで何かをしろ」という、ふわっとした要件でした。ですので、考えられる選択肢は幅広く、最終的にプロジェクト化することになった「データダッシュボード」のような方向性は、デジタル庁での技術環境とデータの状況、僕自身の得意不得意を雑に考えた上で導き出された、一つのBird in Hand に過ぎません。そこに対して、(他にも数多ある可能性の中で)決めきってBetすることの正当性は人によって意見が分かれるとは思いますが、そこを敢えて決めきって進むというのが、実は不確実性と戦う上での一つの有効な戦略だと僕自身は信じています。というのも、その機会をスルーして別の方向を模索することに時間やリソースをかけたとしても、より良い機会に巡り合うことを保証はどこにもないからです。(もし、『より良い機会』というのが何でありいつ訪れるのかを言い切れるなら、それは予測が可能な領域であり、はじめから予測と計画を元に戦えばよかっただけの話です。)
さて、とはいえ、実際のプロジェクトを走らせていくと、自分たちでは制御できない多くの不確定性の変数が混ざり込むことになります。特に、政策データを公開するという上では、他省庁との調整において様々な思惑が入り込む。思い通りの調整結果が得られるとは限らない状態が常でした。そのため、常時「Worstのライン」を想定し、どこまでの不測の事態であれば耐えられ、それ以上の問題が起こればどうしようのもないという、一種の撤退ライン(Affordable Loss)を意識しながら、プロジェクトを進めることになりました。
そうやって、苦労しながらもプロジェクトの最初の成果物をアウトプットにつなげていくことができました。
これ自体は、ちょっとした成果に過ぎなかったかと思ってます。しかし、この、目に見えるアウトプットが世界に公開されたことで、この実績が新しいBird in Handとなり、そこからの新しい出会い(Crazy Quilt)を生んでいくことになりました。それに依って、また、自分たちが当初は想像していなかった、新しい展開や機会が創られはじめていることを実感しています。
エフェクチュエーションを用いたプロセスは、先述した通り、
といった形で、一巡することで >1.0x の拡大機能を持つFlywheelの構造を有しているので、歩を進めるごとにプロジェクトの仲間(や賛同者)も増え、スコープも強化されていくことになります。
また、前出の記事で吉田先生も指摘されていますが、不確実性の多い中で何かを前に進めようとするエフェクチュエーションの適応場面では、結局のところ、そのハンドルを握る手に大なり小なり、操作者の『意思』が介在することになります。その意志の実現性や正当性は、その時点では不確定なものですが、それがプロセスを経ることで、「予言の自己成就」的に、良い方向性として実現されていく。
民間分野で社会人10年を過ごした私が、30代後半になってから行政という慣れない世界に飛び込み、正直、苦労をすることだらけではあります。情報面でもわからないことだらけで、私が何をできるのかも(自分自身も周囲も)全くわからないというところからのスタートでしたが、曲がりなりにも民間企業で体得したエフェクチュエーション的なアプローチが、行政という世界でも存外に相性が良さそうというのは、面白い発見でした。
元来、私が持っていたエフェクチュエーション的な行動様式は、冒頭にも上げた、新しい環境でバリューが出せずに悩んでいる場合の解決法で少し触れているのですが、見出しレベルでエフェクチュエーション理論との対比を考えてみると次のような対応関係が見られるのかと思います。
「出来ることをする(=Bird in Hand)」
「アウトプットで関係構築する(=Crazy Quilt)」
「アウトプットベースでインプットする(=Lemonade)」
経営理論と言っても、エフェクチュエーションは、狭い範囲に閉じずに、どんな分野にでも柔軟に適応可能なものだと考えられます。
自分自身は偶々、これまでの経験からエフェクチュエーション的な思考回路が自然と身についていたように思いますが、それでもデジタル庁に参画した2年前の時点で、この理論の枠組みをキチンと知っていたらもっと良かったなあ、と思ったりします。それがこの記事の筆を執った大きな理由でもあります。
不確実性の高い環境での仕事というのは、多くの場合、困難でストレスが高いものだと思います。そんな状況で頑張って働く、多くの人に幸あれ!
終わりにー最近の自分の行動原理
エフェクチュエーション理論を知って、より明確に自分に行動原理をアップデートすることになりました。不確実性が高い、と判断された状況下に於いては、下記の指針をより強く意識するようにしています。
過度に計画を立てすぎること、コントロールできない変数に対しての過度な熟慮によって時間を浪費することを避ける
偶然が良い方向に作用しうる可能性を最大化する
そのために、情報がなるべく流通するようにする。広報や、新しい人との出会いに時間を割く
直感的でも、価値が大きいと思えた出会いや機会に迷わずベットする
自分たちの手持ちの武器として何が存在しているかを冷静に理解する
あるタイミングまでは、再現性にこだわりすぎないこと
ただし、同時に先々に再現性・スケールを生むための選択肢を最低限は視野におくこと
参考文献
事業開発や市場創造、組織変革にエフェクチュエーションを活用──「予言の自己成就」で未来を構想する(Biz/Zine)
優れた起業家が実践する5つの原則:エフェクチュエーションとは(Pivot)
【01Night】起業・新規事業で重要なエフェクチュエーションとは何か?
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