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2019年4月30日 地下アイドル最後の日・ 姫乃たま活動10周年記念公演「パノラマ街道まっしぐら」

 暗い舞台の中央に立つ。幕の向こうから観客の歓声が聞こえる。

 無機質な声の会場アナウンスに続いてSEが流れると、歓声がひときわ大きくなって、スポットライトを焚かれたのがわかった。天井のずっと高いところ、幕の上のほんの隙間から強い明かりが漏れている。

 ふと横を見ると舞台袖からなかむらさんがカメラを向けていた。軽く頷いてみせる。SEはSTXさんが10年分のレコーディング音声からかき集めた私の声の素材をコラージュしたものだ。イントロの最後、ライブの最初に、Speak&Spellの電子的な音声が「姫乃たま」と名前を呼ぶ。一瞬、客席が水を打ったようになって、観客が息を飲んだのが伝わってきた。興奮の中にわずかな緊張が入り混じっている。私も同じだった。何がどうなっても、今日が地下アイドル最後の日だからだ。

 マイクを握り直す。ロボットみたいな音声の「パノラマ 街道 まっしぐら」が聞こえたら、1小節のカウントに続いて「長所はスーパーネガティブ!」が始まる。

 舞台上に設置したコラボニクスさんのカメラがレールの上でキョロっと動いた。幕が開いたら雄太くんのカメラが私の姿を舞台上のスクリーンに映し出すだろう。そしてその瞬間、なぜかなかむらさんが泣いていたことを知るのは数時間後の打ち上げでのことだ。

 大きな舞台で奇跡は起きない。奇跡とは思いがけない出来事のことで、つまりアクシデントに似ている。多くの人が携わる公演では、予想外のアクシデントは前もって注意深く排除されているのだ。

 だから今夜の公演も幕が開いた瞬間、私には感動のうねりみたいなものは感じられなかった。いつもと同じ、ライブをする時の気持ち。700人以上の観客が私だけを見つめている。そんなことは初めてだったけど、ひとりひとりに親密な気持ちがした。小さなライブハウスで観客と目を合わせながら歌っている時と同じ。いまここで奇跡は起きていなかった。変わらない日常。でもこれは、私とファンが10年かけて積み上げてきた奇跡でもある。

 「来来ラブソング」のイントロにはお決まりのコールがある。客席からみんなが声を上げていて、不思議な気持ちになった。最後の公演だから様子を見に来たというより(実際にそういう人もいたはずだけど、そういう人も含めて)10年間で出会った人たちが全員集まって来ただけのように見えたからだ。漫画の最終話みたいで笑えてしまう。

 「猫の世界はミラーボール」のアウトロで、バンドメンバーがそれぞれの立ち位置にセットする。照明がすごくきれいなのが舞台に立っていてもわかった。バンドメンバーが演奏しているセットのパネルに、「悲しくていいね」を歌っている私の影がきれいに落ちているのだ。音響の馬場ちゃんは僕とジョルジュの最初のワンマンライブやレコーディング、私の一昨年のワンマンライブも手がけてくれていて全幅の信頼を置いていた。複雑なセットにもかかわらず、演奏しやすいように音を出してくれている。

 私はつくづく神輿を担がれているだけだなあと思う。周囲の人たちが優秀で、私は何も変わっていない。ずっと雑誌になりたいと思って仕事をしてきた。編集者じゃなくて、雑誌そのものに。私を媒介に、いろんな面白い物や好きな人たちが喧嘩することなく共存して、それがまた必要とする誰かに届いたらいいと思ってきたのだ。時には自分の気配が全く消えてもいいと思っていた。私自身は透明になって、好きな人たちが思い思いにその中で生きてくれたらいい。今日もその気持ちは変わっていなかった。ただ、今日は気配を消してる場合じゃなくて、私が神輿に担がれて優秀な技術を世界に反射する日だった。私は一番高いところに担がれているだけの空っぽなアイコンなので、きれいで親密なものばかりがたくさん全身に入ってくる。

 エントランスで配布した手紙は「有機体(フルキャスト)」という曲から発想して書いたもので、今回の公演のテーマにもなっている。

 VJの映像はALiさんに頼んで、「有機体(フルキャスト)」の歌詞をまあるい集合体にして、互いに影響し合ってふるふる振動している魂みたいにしてもらった。私たちは、人間は、繋がりあっていて、生きているだけで全体に影響している。

 ゲストミュージシャンの長谷川白紙くんを呼び込んで、「いつくしい日々」の演奏が始まると、バッカスに扮装した神田初音ファレルくんが堂々と舞台に現れて踊り始めた。年下の男の子ふたりの才能がぶつかり合って混ざり合うのを、階段の高いところで歌いながらひしひしと感じていた。

 白紙くんが「くれあいの花」を独奏してくれている間に衣装チェンジ。

 緊迫した舞台の空気とは一転、楽屋では衣装のちょみさんとメイクの千尋ちゃんがにこにこ迎えてくれた。サブメッコさんが大漁旗でつくってくれたワンピースに着替える。

 楽屋のみんなに手を振って舞台袖に戻ると、厳かな白紙くんの演奏が流れる中で、フリークスの格好をした劇団ゴキブリコンビナートの人たちが、いまにも天井につきそうな巨大水車を険しい表情で支えながらスタンバイしていた。一番上まで見上げると首の後ろが痛くなるくらい大きい。

 実はゴキコンさんのパフォーマンスに関してはほとんどお任せしていて、私は詳細を聞いていなかった。17歳の頃からファンで、心から大好きで、彼らなら何をやってもきっと最高だと思っていたからだ。しかし、衣装、舞台装置、パフォーマンス全てが、私が想像していた最高なものをさらに上回っていた。感動した(ここで)。

 白紙くんが短く挨拶をしてはけると、「ああ、人生迷子丸」でみんなと一斉に飛び出す。巨大水車とフリークスの登場に観客たちが首の後ろを痛めながらぽっかりと口を開けた。次の瞬間、笑っているみんなを見て、私も思いっきり笑ってしまった。まだ事態が飲み込めていないのに、「ねえ、王子」が始まると癖で振り付けをしてしまう観客を見てもっと楽しくなる。自分の好きな人たちを今日来てくれた人たちに見てもらえて嬉しい。私の10年間は、気の合う人たちとこつこつ出会うための旅だったんだとようやく気がついた。

「私が地下アイドルでいられる時間も、あと数曲になっちゃいました」

 観客から「えー!!!」「いま来たばっかりー!」という懐かしい声が飛んでくる。最近は懐古的なジョークとして聞くことが増えたけど、いつかはこの世界の定番のコールだったのだ。

 今日からぴったり10年前の2009年4月30日、私は地下アイドルの原型であるプレアイドルの聖地、四谷Live inn Magicの舞台に初めて立っていた。とっくに使い古された比喩だけど、本当に不思議の国のアリスが穴に落っこちるような出来事だったと思う。

 AKB48のブレイクをきっかけに社会的なアイドルブームが起こったことで、当時はアキバ系カルチャーの一種だった地下アイドルもサブカルチャー全般と交錯するようになり、その中にいた私とファンにも、本当によく10年で収まったなあと思うような出来事がたくさんたくさん起こった。特に去年の夏、地下アイドル卒業を宣言してからの日々は忘れ難い。当時コミュニティがすでに破綻しかけていたこと、卒業宣言によってファンが拒否反応を起こして完全に破壊されてしまったこと。それから奇跡的に誰一人欠けず、再生に向かって今日まで駆け抜けて来たこと。限りなく完全な形で卒業公演を迎えられたこと。

 あっという間にライブは終盤に差し掛かっていて、あと5時間ほどで元号が変わる時間になっていた。私たちは新しい時代の中できっとまたすぐ未完成になってしまう。でもそれは残念なことじゃなくて、むしろ今日を限りなく完全な形で迎えられたことのほうがずっと奇跡的だったのだ。未完成になってしまうのは、私たちがひとりじゃないから。「有機体(フルキャスト)」の映像みたいに繋がりあっていて、ひとりが全体に影響して常に最新を目指しているから不安定なのだ。

 悲しい日や、うまくいかない日があってもいい。でも生きている限り、私たちは常に新しい柔軟な方向を目指していく。それが私たちが生まれて来た理由だと思う。

 バンドメンバーと一緒にゲストコーラスの宮崎奈穂子さんが登場した。歌はいい。言葉がずっと伝わりやすくなるから。

 チャクラの「まだ」はみんな大好きな曲だ。隣でギターを弾いている澤部さんが、オフマイクのまま熱唱していたのが胸に迫った。

 最後の曲には白紙くんも合流して、「恋のすゝめ」を演奏。曲の後半でケチャをするみんなを見ていたら、これがみんなの地下アイドルファンとしての最後のケチャなんだと思えて泣けてしまった。

 10日間の思い出フリーマーケットのことが走馬灯のように頭を巡る。もうそろそろ終わりだ。楽しかったね。私たちは楽しんで勝ったんだよ。何か、大きな流れに。よかったね。

 去年の卒業宣言から、毎日が昨日より楽しくて最高だった。私たちのコミュニティは破壊で痛みを知ったおかげで、再生してから以前よりずっと強くなったと思う。

 最後の曲が終わるとすかさず佐久間さんのカウントでセッションが始まる。私にもショルダーキーボードが与えられて、ゴキコンさんが水車と舞台セットを破壊していくのを演奏しながら見ていた。ショルキーにはSEで使った声の素材が入っていて、どこを押しても過去の私の声が聞こてくえる。

 ゲストの紹介から始めて、バンドメンバーも順番に紹介していった。おっかなびっくりした表情で小さくお辞儀をする宮崎さんと、縦横無尽に踊り狂っているファレルくんが対照的で可笑しい。白紙くんとバンドメンバーのみんなの才能に触れられて、私はずっとずっと嬉しかった。ゴキコンの破壊行為をきゃあきゃあ避けながら、ひとりひとり名前を呼んでいると、思い出が浮かんでは消え卒業式みたいな気持ちになる。

 最後に劇団ゴキブリコンビナートを紹介すると、舞台に破壊されたセットと、バンドメンバーの残していったノイズだけになった。

 破壊された水車にショルキーを叩きつけると、過去の私の声が重なり合って響く。何度強く叩きつけても、10年分の姫乃たまが執念みたいに残って、悲鳴みたいな声が鳴り続けた。鍵盤がいくつも外れて飛び散って欠けても、まだ声は生きている。でも、何度目かに振り下ろした時、諦めたようにショルキーはするっと私の手から離れた。

 残骸のようなステージを階段から見下ろして、一番見晴らしの良い場所から頭を下げる。

「10年間、そして今夜、姫乃たまを地下アイドルでいさせてくれてありがとうございました」

 まあ、また始めましょう。

 アンコールはなし。なんでもいつ終わるかわからないから、どうか後悔の少ない人生を。

 目に涙を溜めて、少しふらつきながら舞台袖に戻ってきた私が、楽屋に入った瞬間パーっと笑って「お疲れ様でえす」と言ったので、これまで数々の私の棒演技を撮影してきた雄太くんが「君の感情表現はどうなっているんだ……」と怯えていた。

 出演者の人たちに忙しなく、でも心からお礼を伝えて、ホワイエに飛び出す。RRRの晃さんと洋子さんがお酒を売っていて、保夫さんのDJで観客が踊りながら酒を飲んでいた。物販はサイゾー社と東京キララ社の人たちが見守ってくれている。私はずっと成功も失敗も独り占めしたいと思っていた。誰にも知られたくなかった。でも自分の最後の大事な日を任せられる人たちがこんなにいる。それがどれだけすごくて、どれだけ幸せなことか。

 まだまだ興奮冷めやらぬファンの人、涙目の人、久しぶりの人、思い切って会いに来てくれた人、もはや連日顔を合わせている常連の人たち……。楽しかったり感動したり喜んだりした気持ちを、目を見て伝えてくれるのが嬉しかった。

 横から酒が差し入れられたので、調子に乗って椅子の上に立って酒を掲げると、本番さながらの歓声が上がって、みんなで祝杯をあげた。かんぱーい! おしゃれなホールのホワイエはすっかりいつものRRRに様変わりしている。いつでもどこでも楽園を作り上げられる仲間が、私にはいる。

 今日、奇跡は起こらなくて、いつも通りのライブだったけど、右も左もわからないまま傷つけて傷つけられてきた地下アイドルの、これは奇跡的なエンディングだったと思っている。

【セットリスト】

1. 長所はスーパーネガティブ!

2. 来来ラブソング

3. 猫の世界はミラーボール

4. 悲しくていいね/バンドセット

5. 二月生まれ/バンドセット

6. 巨大な遊園地/バンドセット

7. 脳みそをマッサージ

8. やすらぎインダハウス

9. 有機体(フルキャスト)

10. いつくしい日々/演奏:長谷川白紙 舞踏:神田初音ファレル

くれあいの花(長谷川白紙独奏)/舞踏:神田初音ファレル

11. ああ、人生迷子丸/舞踏:劇団ゴキブリコンビナート

12. ねえ、王子/舞踏:劇団ゴキブリコンビナート

13. 手弁当でまいります/舞踏:劇団ゴキブリコンビナート

14. たまちゃん!ハ〜イ/舞踏:劇団ゴキブリコンビナート

15. まだ/バンドセット コーラス:宮崎奈穂子

16. ひつじのたたかい/バンドセット

17. ぐるぐるのこと/バンドセット

18. 恋のすゝめ/バンドセット

バンドセット/澤部渡(ギター)、清水瑶志郎(ベース)、佐藤優介(キーボード)、佐久間裕太(ドラムス)、シマダボーイ(パーカッション)

写真/なかむらしんたろう、平山訓生


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