ミュージカル「この世界の片隅に」制作を編曲者の視点から振り返る #1

ミュージカル「この世界の片隅に」の公開から2週間が過ぎました。
2020年からアンジェラ・アキと音楽制作を始めて約3年半、ようやく僕らの手を離れ、素晴らしいパフォーマーの皆さんによって、作品が更に羽ばたいていくのを実感しています。

アンジェラが2014年に渡米して以来、僕らは数年に渡って週1、2回ぺースでSkypeなどで、ミュージカルやその他新旧の名作曲をアナライズする勉強会のような時間を持ち、様々なデモテープを作ってミュージカル作品を作るための力を蓄えてきました。
そしてこの作品の制作が決まったのが2020年、まさにコロナ禍。
僕は編曲家として参加させてもらう事が決まり、大部分の時間をこの作品に充てて、アンジェラと試行錯誤を重ねてきました。
今回は彼女にとっても僕にとっても、初めてのミュージカル作品。
僕の音楽人生においても重要な編曲作品のひとつになると思うし、記録という意味で何か残したいと思い、編曲家視点で今回の各曲を振り返る文章を書いてみようと思い立ちました。

編曲とは、、語弊を恐れずシンプルに言えば、作曲家の作ったオリジナルのメロディやコード進行を元に、伴奏をもって歌、曲としての魅力を浮き立たせる作業と言えます。
曲の芯となるリズムを決定し(これはジャンルの選択にも通じます)、コード進行にバラエティを持たせたり、オーケストラ各楽器特有の伴奏系や楽句を配置(オーケストレーション)しながらカウンターライン(歌のメロディを引き立たせる別のメロディ)などを加え、イントロや間奏、エンディングなど構成上必要な要素を追加変更したり、あらゆる方法で曲の彩り、陰影や情景、感情の後押しをしていきます。

アンジェラの曲の特徴は他には無いメロディの強さと、乗せる歌詞の琴線に触れる言葉選びと抑揚、リズムの自然さ。感情の流れの表現の巧みさ。
中心となるその部分がこの上なく太くしっかりしているので、アンジェラの曲アレンジは、僕にとっていつもクリエイティブに徹する事ができる場なのです。
試行錯誤や苦しみをとことん味わったけど、本当にやり甲斐のある仕事でした。

制作はまず脚本、演出家の上田一豪さんとアンジェラが脚本を元にやり取りし、歌詞やメロディが決まった所でアンジェラのピアノと歌のみのデモ音源が僕に渡って、アレンジを始めるという流れでした。
アンジェラと僕はミュージカル新人なので、最初からオーケストラアレンジも施された質の高いデモ音源を作り、製作に関わる皆さんに納得してもらいたいという共通意識がありました。
最初は「醒めない夢」「端っこ」「この世界のあちこちに」のアレンジから始まったと思います。
そこから3年半、、今振り返れば長くくねった、でも素敵な旅でした。

次回からあくまで「編曲家視点で」各曲を頭から振り返っていこうと思います。
個人的な記録の意味もありますが、もしあらゆる角度から作品を楽しむ事に長けた、ミュージカル好きの方々の鑑賞の一助になれたとしたら、、幸いと思っています。

終わりに、この作品の持つテーマが、最後まで僕を突き動かす力になった事、付け加えたいです。
世界情勢が刻々と酷くなってゆく今、この作品に携わった事の重みも意識も変わっていくのを感じ続け、考え、没頭する日々でした。

河内 肇

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