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歌う住職。

7月19日は父の四十九日で、金沢に行った。

12時半にホテルに着き、ダメもとで「喪服に着替えないといけないのですが、もし、お掃除終わっている部屋があったら……」と言うと、すぐに部屋を用意してくれた。とてもありがたかった。

ひとり、バスで西明寺に向かう。14時着。父の通夜と告別式を担当してくれたご住職は、お経の名手。火葬場に行く最中、私を助手席に乗せた葬儀社の会長が、「あのお坊さん、お経うまかったでしょ。全国のお経コンテストで5本の指に入る人なんだよ」「カラオケもすごくうまいらしいよ」と言っていた。父は「身寄りのない者」で、葬儀代はかなり安かったが、それでこんなに素晴らしいお経を読んでいただけるのはラッキー以外の何物でもない。

広いお堂に住職と私のふたりで、父の四十九日が始まった。前方にある父の骨壷を見て、少しだけ感傷的な気持ちになる。しかし、朗々と響くお経と特殊な鐘の音を聞いていたら、思考は父のことから母のことへ、そして奈良のプロジェクトや日本酒バーのことへと飛んでいった。いかんいかん、集中集中──。

父は西明寺さんに永代供養をしてもらうことにした。でも、誰もお墓参りに来ないのも寂しいだろうなと思い、火葬の際に小さい骨壷も用意して、そこにキレイに残った喉仏を入れてもらったので、それを私が持ち帰ることになっていた。

住職に、「うちの両親は40年も前に離婚しているんですけど、母の仏壇の隣に父を置いたらダメですかね?」と冗談半分で尋ねたら、「いいんじゃない?」と言われた。その言い方が適当のようで、なかなか説得力があった。

私は気になっていた「お経のコンテストで5本の指」について尋ねてみた。ネットで調べたが、それらしきものが見当たらなかったからだ。住職によれば、それは京都・東本願寺にて行われる「中央声明講習会」と呼ばれる、試験のようなものらしい。本科が1回生、2回生、3回生とあって、その3回をすべてパスした成績優秀者が、次の別科に進める。別科は20人。住職は自分のことについては語らなかったが、きっと最短で進み、最終段階の5人に選ばれたということなんだろう。

20分ほど話をしたのち、住職が「これからどうするの?」と訊く。「ホテルに戻って着替えたあと、父の後見人の市原さんが父の荷物を預けてあるトランクルームに案内してくれるそうです」と言うと、「ホテルどこ? 車で送ろうか? 嫁に聞いてくるわ」とサッと立ち上がって奥に消え、すぐに出てきて「オッケーだって」と言った。お言葉に甘えて送ってもらうことにした。

靴を履いて出ると、奥様はすでに運転席におり、住職が袈裟のまま助手席に乗り込むところだった。私は後部座席に座った。そしてホテルまでの20分、私の仕事のことや京都の「いけず」について尋ねられたので、ネタ披露という感じで話したら、ゲラゲラ笑ってもらえた。

優しくて面白いこのおふたりが護るお寺さんだし、他の永代供養の方々もいるし、しょっちゅういい声のお経も聞けるから、父もそんな寂しくないかもな、と思った。

つづきはここで↓


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