見出し画像

愛すべき、言行一致しない人間たち。(小川哲『君が手にするはずだった黄金について』を読んで)

昨年読んだ『地図と拳』から、小川哲ブームが続いている。

ブームとはいえ、たかだか小川哲さんの書籍は3冊しか読んでいない。雑誌「Pen」で連載されている「はみだす大人の処世術」をほぼ毎号読んでいるとはいえ、小川哲を語るにはちょっと心許ない。

だが、小川さんと比較的年齢が近いこともあり、他の作家と比べて(非常に烏滸がましいことだが)「うんうん」と頷いて読むことが多い気がするのだ。

近著『君のクイズ』も、「ああ、こういうところを切り取るの、めちゃくちゃ共感するわあ」なんて、誠に、誠に恐縮ながら思ってしまった。

僕が言うまでもなく、小説家としての小川さんの筆致は頭抜けている。思考範囲は広く、階層も底が見えぬほどに深淵だ。

近い気がするのに、手を伸ばそうとすると、遠い。

昨年刊行された連作短篇集『君が手にするはずだった黄金について』もまた、「小川哲」という人間を掴もうとして、すんでのところで手が届かない(手にできない)魅惑が満載の一冊である。

『君が手にするはずだった黄金について』
(著者:小川哲、新潮社、2023年)

──

連作短篇集とは、一つひとつの物語が「短編」という形式を取りつつも、何らかの関連を持ちながら展開されていく小説のことだ。

主人公が同じだったり、登場人物が生活する場所が同じだったり。何らかの共通点を持ちつつ、最後の最後で「つながっていた」なんて仕掛けもあったりする。

『君が手にするはずだった黄金について』の主人公は、なんと「小川哲」という。就職活動にやる気を持てず、成り行きのまま小説家になった男性が描かれている。にわかに小川哲ブームが来ている僕にとって、こんな仕掛けに前のめりにならないわけがない。

もちろん、小説の「小川哲」は、現実世界の小説家・小川哲とは似て非なるものの可能性がある。だが、「もしかして、小説の『小川哲』が明かす作家としてのスタンスは、筆者のスタンスと同じなのでは?」とうっかり信じ込まされそうになる。小川哲ブームがきている読者には尚のこと、酷な仕掛けなのだ。

ただ、小説と現実世界が同じにせよ、そうでないにせよ、「僕が手にするはずだった黄金」は本書を読んでも手に入らない。そもそも「黄金=小川哲の作家像を把握すること」というメタファーで置き換えるのはなかなかに無理があるのだが、とりあえず等式でつなげるとして、でも本書を読んだ先に小川哲の作家像は限定的にしか掴むことができない。

では、何が掴めるのかというと、作家・小川哲が「愛すべきもの」として捉えている他者の存在である。具体的には、言行一致しない人間のおかしみのことだ。

本書には、片桐やババリュージのような「言行一致しない」人間が登場する。彼らは本当にどうしようもない人間であり、小説を読んでなお、「本当は(小説の中に)実在すらしない人物なのではないか?」と疑うくらい“虚像”をまとった人物なのである。

例えば片桐は、主人公の小川哲に久しぶりに会ったにも関わらず、車の助手席でやたら口を出すという“おかしみ”を携えている。“おかしみ”といったが、端的にいえば迷惑な人物だ

四年前の話だ。いろいろと偶然が重なり、二人でスーパー銭湯に行ったことがあった。風呂からあがり、休憩所で食事をしながら少し話をして、僕の車で彼を自宅の近くまで送った。その道中で、助手席に座った片桐はとにかく口うるさかった。「次の次で右折するから車線を変えておいた方がいい」だとか、「前の車がブレーキを踏んだから減速するべき」だとか、言われなくてもわかっていることをいちいち口にしてきた。(中略)それでも片桐は、僕が不機嫌なことに気づかないようで、降車する瞬間まで不必要なアドバイスを口にし続けていた。

(小川哲(2023)『君が手にするはずだった黄金について』新潮社、P131より引用)

やかましさが、文章を通じて伝わってくる。

こんなやつが助手席にいたら、叩き出したいくらい腹が立ってしまうだろう。これは短編の冒頭エピソードで、ここから、びっくりする方向に話が進んでいくのだが、最終局面に至るまで片桐の“おかしみ”は変わらない。

あれやこれや可能性としての黄金を論じながらも、ただただ正しい努力を重ねることができない。正しい努力を重ねないと話にならないことは分かっている。分かっているはずなのに、なかなか前に進めないのが人間たち。

これらを執拗に描く小川は、裏を返せば、“おかしみ”を携える言行一致しない人間たちを愛しているということになるのではないだろうか。

『君のクイズ』で見つけた一人称小説としての力強さを感じつつ、そんな“おかしみ”に胸を打たれまくった短編小説だった。人類の希望でもあり、絶望でもある。それもまた、人生というものなのだろう。

──

本書で地味に面白いのは、登場人物につけられたニックネームである。

コンプライアンスが厳しい時代に、作中における「内輪ネタ」とはいえ、思わず笑ってしまうような“ひどい”ニックネームがつけられている。

雑誌「Pen」最新刊でも、「バキューム先輩」と名付けられた“おかしみ”溢れる人間のエピソードが語られているので、良ければぜひ。

#読書
#読書日記
#読書記録
#読書感想文
#君が手にするはずだった黄金について
#小川哲 (著者)
#新潮社

この記事が参加している募集

読書感想文

記事をお読みいただき、ありがとうございます。 サポートいただくのも嬉しいですが、noteを感想付きでシェアいただけるのも感激してしまいます。