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ネカマの恐怖

「ネカマ」って言葉も近年は見かける機会が少なくなった気がします。「ネットオカマ」略して「ネカマ」なわけですが、男性同性愛者を「オカマ」という蔑称で呼ぶことの問題が広く浸透したおかげもあるのでしょうか。

ただ、先日22周年を迎えたMMORPG『FINAL FANTASY XI』(以下FF11)は、2002年の運営開始ということで古いネットの言葉が生きており、また、プレイヤー本人とは異なる性別のキャラクターを使うことへの理解がまだ低かったこともあって、ゲーム内のコミュニティや匿名掲示板などで「ネカマ」という言葉を耳にする機会は非常に多くあります。ありました。

もちろん「ネカマ」も蔑称です。単に女性キャラクターを使っているだけの男性プレイヤーを「ネカマ」と呼ぶのは差別になるのでやめるべきです。このことははっきりさせておきましょう。「ネカマ」は、あえて女性を装うことで他者を騙そうとする存在を指し、こういった「詐欺師」と同様の存在であれば蔑称で呼ばれるのはある意味「当たり前」かもしれません。

ネットゲームにおいては男性プレイヤーが「ずっと男の背中を見ながらプレイするのはイヤ」という理由で女性キャラクターを選択することはよくあることです。このような男性は、プレイヤーの性別を問われれば「男だよ」と答えるので騙す気もなく、「ネカマ」と呼ぶのは違うでしょう。

ところで。前段にこっそり現れている「女性キャラを見て、プレイヤーの性別を聞いてくるヤツ」は"ネカマの餌食くん"です。ここ重要です。

その餌食くんに対して「女子高生やってます!」とでも言い張る潔さがあれば、逆に伝わるものがあるのでまあいいのではないかと思います。本当に女子高生がプレイしていて素性を隠さない場合もあるようですが、周囲にはネカマだと思われていて、ピュア餌食くんだけが信じている場合もあるようです。

ネカマ沼

厄介なのは、性別を問われて「ご想像にお任せします」と答える場合です。

少し複雑な話になりますが、"女性キャラを使う女性プレイヤー"が性別を問われたとき、"女性であることを明かしたくない"場合は「男だ」と嘘をつくのでなければ「ご想像にお任せ」に近い答え方になります。

このため、男性プレイヤーが「ご想像にお任せ」と答えるのは「女性である」と答えるのに等しい受け取られ方をするのです。そもそも餌食くんは「きっと女性だろう」と思って性別を訊ねてきているので、はっきり否定しなければ肯定するのに近い効果を与えてしまいます。めちゃくちゃめんどくさいヤツですね。でも、実在するんです。

難しいのは、女性キャラを使っている自分が男性プレイヤーだと知られたときに「ネカマだと思われたくない」との思いから性別を答えない場合があることです。これは差別の弊害と言えます。こういう場合は騙したわけでも、悪意があったわけでもないので詐欺師同然には語れません。「ネカマ」と呼ぶのはまったくふさわしくありません。

とはいえ、結果的に「ネカマと思われたくない」という気持ちが逆にリアルな女性の振る舞いに近づいてしまうことになり、かつ男性であることを隠したという事実が、あとから"ついてきてしまう"場合があるのです。

嫉妬心の芽生え

今回のタイトル『ネカマの恐怖』は、「ネカマにひどいめにあわされる」という意味の"恐怖"ではありません。いつのまにかネカマ沼に片足を突っ込み、そして徐々に性意識を浸食されていくことが真の恐怖です。

古いMMORPGであるFF11はあまり効率よく遊べるゲームではなく、プレイヤーの想いや経験が匿名掲示板やブログ(ちょうど大流行期にあたる)を通じて表に出やすい傾向がありました。そのなかで時折見かけるのが、女性キャラクターでプレイを続けるうちに「女性に対して嫉妬心が芽生えた男性」の存在です。

ネットゲーム内における人の扱いは、現実と同じく見た目に左右される傾向があります。背が高くガッシリした体型のキャラクターは「兄さん」「姐さん」扱いをうけて尊重され、小さくかわいい系のキャラは「保護対象」あるいは「小男」「小娘」扱いを受け軽んじられることが多々あるという感じ。

当然、男性キャラクターは概ね"ぞんざい"に扱われ、女性キャラクターはその逆です。FF11はまだ麻薬のごとくヤバイ存在として知られていた時代のMMORPGなので、男性プレイヤーの比率が高いことも影響しているでしょう。

リアル女性であることを明かすか、ネカマとして能動的に騙すか(あるいは結果的に誤解させてしまうか)は別として、女性キャラクターであることによって受ける「ちやほや」は多かれ少なかれ確実に存在します。

リアル女性であれば、これまでの人生経験からこうしたコミュニティ内での処世術が身に着いているでしょう。ちょっと「ちやほや」されたからといってその気にはならないとか、逆に自分は女性でもちっとも「ちやほや」されないけど他の「ちやほや」されがちな女がいることには慣れている、気にしても仕方ない、といった具合いに。

ところが"新人女性"である女性キャラ・男性プレイヤーにはその蓄積がありません。同じコミュニティ内にいる女性キャラがちやほやされることに嫉妬したり、他の女性キャラクターの動向が気になってきたりする場合があるというのです。

こうした気持ちの芽生えによって、他の女性キャラ・女性プレイヤーを嫌悪したり、男性キャラ・男性プレイヤーの気を引こうとしたりするようになった場合、それはなんと呼んだらいいのでしょう?

「ネカマ」は女性を装い、男を騙してなにかしらの恩恵に預かろうとしますが、ある意味一種の「商売」ですから"一線"を引けるかもしれません。でも嫉妬心までもが芽生えることで「本当の気持ち」になってしまった場合、それはもう蔑称を用いて差別することが許されない存在になったと言えるのではないでしょうか。

なおコミュニティ内で女性同士の抗争が起きた場合、「女同士の戦い」「縄張り争い」のように語られることがありますが、実は一方(ときには両方)が女性ではない"新たなる存在"である可能性も否定できません。

SNSやメタバースで再発?

"新たなる存在"が生まれるのはMMORPGだけとは限らず、旧TwitterといったSNSなどでも生じていると思われます。特に女性を執拗に責めるいわゆる"アンチフェミニスト"のなかに、それらしき存在を見かけることがあります。

アンチフェミニストの一部がアニメアイコンを使用していることから、「アニオタは女性嫌悪に陥りやすい」といったかなり誤解のある見解があり、単にアニメが好きなだけの人たちが不当な差別を受ける原因になっています。しかし、彼らの多くはただ好きなアニメキャラのアイコンにしているわけではなく、美少女系キャラのアイコンを選択していることが多い点を見逃してはいけません。

「ドルオタ」も同様です。自分の"推し"の女性アイドルをアイコンにしている暴言系アカウントはそこかしこに見られます。

どちらも、仮想的かつ「商品」として価値の高い女性キャラ・アイドルに気持ちが向いている一方で、現実社会のいわば「商品価値が低い」女性との関係を望まないからアンチフェミニストでいられる――と語られることがありますが、本当にそうでしょうか?

美少女アニメアイコンも、乃木坂などのアイドルアイコンも「どう見てもオッサンだろう」と推測できるケースがほとんどですが、性別を含む自身の素性については隠している場合もそれなりに見かけます。

また、創作の世界に目を向ければ「美少女イラストを描くのは女性であってほしい」という受け手の願望は昔から男女問わずに実在し、男性作者が女性っぽいペンネームを使うことがあることも良く知られています。

SNSアイコンが実在するアイドルの写真であることを知らずに勘違いして這いよるタイプの餌食くんも存在します。「お付き合いできる方を探している女子大生です(写真はアイドルのもの、最近はどうみてもAI生成)」みたいなDMを信じちゃう人が実際にいるから、その手のスパムもなくなりません。

もちろん、ネットゲームで異性キャラを使おうが、SNSアイコンを美少女にしようが、勝手に餌食くんが這いよってこようが、ほとんどの人は何の影響も受けないでしょう。しかし自分に何か"欠けた部分"があるときに、それを埋めてくれる存在がいれば、依存してしまうことは充分に考えられることです。

実際、SNSでは本質的な評価とはかけ離れた「いいね返し」や「フォロー返し」といった極めて儀礼的な行為であっても、それを得られることで安心したり、人気者になったと勘違いすることが起きていることをたいていの方がご存じでしょう。また、版権イラストを描けばたくさん"いいね"がつくのに、オリジナルイラストでは全然……という絵師が二次創作から卒業できなくなるのもよくあることです。

ネットゲームのキャラクターだけでなく、SNSアイコンや、よく描くイラストといった"見た目"が、その人の本質を変えてしまうことには充分な注意を払う必要があるのです。

しかし彼らは、きっとこう言うことでしょう。

「猫アイコンには言われたかない」と。

(おしまい)




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