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はじめてのメイドカフェ〜ドジっ子トラップを添えて〜

私たちはその日、秋葉原のはま寿司に居た。

友人のJくんと、初心者二人で思い切ってメイドカフェに乗り込もうという算段であった。だが情けないことに、我々は完全に怖気づき、気づけば寿司を食っていたのだ。

しかも昼食のために寄ったとかではなく、なんなら、2人共既に昼食は済ませていた。腹が減っているわけでもなく手持ち無沙汰で仕方がないので、ここぞとばかりにとんこつラーメンや、よくわからないオクラの天ぷらが乗っかった寿司などを食べていた。オクラの天ぷらの寿司は、実は結構美味い。

こうして寿司屋で徐にラーメンを啜るなどしながら、Jくんと「メイドカフェ 初心者 おすすめ」などと検索をかける。

出てきたまとめ記事から辿り、大手メイドカフェの公式ウェブサイトを巡回するものの、どこまでもファンシーなウェブサイトから放たれている独特な雰囲気で既に参ってしまいそうになり、私は酒を飲んでもう些か強気になった状態で向かうことにした。

余談だがウェブサイトを見ていて知ったことで、メイドさんには天気による限定衣装とかがあるらしい。ピクミンみたいだ。

ハイボールをジョッキで飲み始める私を見て、オクラの天ぷら寿司を頬張りながらJくんが「寿司屋で酒飲み始める奴ははじめて見たよ」と死ぬほど笑い転げる。彼は時々、ツボがよくわからない。

暫くだらだらとメイドのブログなどを読み漁り(これがめちゃめちゃおもしろかった)、酒のお陰もあってか、私はだいぶ楽しい気持ちになってきたので、そろそろ行かないかとしきりにJくんを誘った。しかし彼はまだビビっているようで、一回「外国人ウケしそうな変な日本語Tシャツがたくさん売っている店」を中継し、我々はようやくメイドカフェへと向かったのだった。

その道中でJくんが、「僕、ああいうところに行くとさ……頑張っちゃうんだよね」と漏らしていて面白かった。本当に嫌じゃん。

そんなこんなでいよいよ私達はメイドカフェを前にした。これを書いた瞬間、店名を伏せている意味はほぼ無くなるが、そのメイドカフェはなんと7階建て。その建造物ほぼ全体がその店舗と事務所だった。でかすぎんだろ……

そしてその各階層にメイドさんが割り振られている。なんだかダンジョンみたいだなとは思ったが、別に上層階へ行くほどメイドさんが強くなっていくとかそういうわけではないらしい。とりあえず私たちはエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。
目当てのメイドさんが居るわけではない初心者には、エレベーターで最上階まで上がり、そこから階段で降りながら比較的空いている階に並ぶことが推奨されているのだ。

すると途中の階でエレベーターが停まり、2人組のメイドさんがエレベーターに乗ってきた。その時点で、我々は、圧倒されてしまった。ふわっとしたメイド服を纏った2人のメイドが雑談をしている。だがその喋り方や仕草までが、あまりに完成されていた。「メイド」の世界観というよりかは、むしろ昔らき⭐︎すたで見たような、日常系アニメのキャラクターの喋り方がそのまま3次元に飛び出してきた感じ……と言った方が正確だろうか。それが、目の前で繰り広げられている。
そこから目に見えてJくんの口数は少なくなっていった。わかる。私もかなり面食らった。口を開いたかと思いきや「僕、明日北海道に発つんだよね」と。ハードスケジュールすぎる。

さて、最上階に到着した。ここからは階段で一階ずつ降りて行き、空いている階を見つけるフェーズである。平日だったため空いているかと思いきや、結局最下階まで降りて行くこととなり、更にそこから20分くらい並んだ。大盛況だ。

そういえば、並んでいる時に周囲を見て意外に思ったのが、客層だった。私は単なる偏見で、客層の大半は男のオタクだと思っていた。しかし我々はむしろマイノリティで、多かったのは、明らかに「観光客」という見た目の外国人や、10代〜20代くらいの女性だった。なんなら、家族連れで来ている外国人も居た。すごい。

周りの客層を見たり、「メイドさんは触ると溶けてしまうので、お手を触れないように」という注意書きを読んだりしていると、ようやく入り口に辿り着いた。

扉が開くとともに、一気に空調の効いた風を全身に浴びた。これまで鉄製の非常階段のようなところに居たのが、一転してファンシーな世界観に切り替わった。

ここからは、いよいよ入店────いや、「ご帰宅」である。

面白かったのが、入り口にある小さな段差の呼称である。
普通は、例えば「段差がありますので、お足元にお気をつけください」みたいな感じだろう。
だがそれは間違いである。ここでは皆、入り口の段差のことを「ドジっ子トラップ」と呼ぶ。
最高すぎる。

────きっと過去に居たのだろう。ドジっ子のメイドさんが。そして彼女は、お茶を運ぶ度にどんなに気をつけどもそこでつまずき、ガッシャーンと大胆な音を立てて転倒した。
その音に店は静まり返り、皆が音のする方を振り返るとそこには頭からお茶を被ってびしょびしょになったメイドさんがしなっと座っている。
彼女はそこで言ったのかもしれない。「だって……こんなところにトラップがあるのがいけないんだもん……」
こうして、いつしかその段差はドジっ子トラップと呼ばれるようになった────などと、席で待ちながら妄想を繰り広げていると、担当のメイドさんがやってきた。

ここで「ご主人様認定証」をもらった。結構しっかりしたカードで、後ろに「何ご主人様」と呼ばれたいかを書いてもらえる。

咄嗟に「たんたん麺大好きマンご主人様で!」と言ってしまい、メイドさんは、こんな長いお名前のご主人様初めてです〜と言いながら綺麗な字で書いてくれたが、もうちょっとちゃんと考えればよかったなと思った。

それからいよいよ注文である。J君と私はそれぞれ抹茶ラテとキャラメルラテを注文した。なんとメイドさんがラテアートをやってくれるというサービスがついていて、Jくんは「緑色だから……」と麻雀牌の「發」を、私はゴマフビロードウミウシを描いてもらった。


「古代人の考えた宇宙」みたいな雰囲気のゴマフビロードウミウシと、發

そこで必死にゴマフビロードウミウシの可愛さについて「このおしりと……耳のような感じが……うさぎさんみたいで可愛くないですか?」と熱弁した。だがそこで闇雲に肯定せず、「いや〜〜〜?かわいくはないですよ。」と返したのに、(変なところで)めちゃめちゃ感心してしまった。

それからは、いよいよ例のやつである。
正直、私はこれを一番楽しみにしていた。
それは、「美味しくなる呪文」である。みんなで手でハートマークを作り、ラテを包囲し、精一杯の「萌」を放つ。

「美味しくなあれ!!!!萌え萌えきゅん!!!!!!」

きっと美味しくなったに違いない。
私は「本物だぁ!」とテンションが上がってしまった。
J君はなぜか入店してからずっと帽子を被ったまま、無限に照れていた。

さて、しばらくJ君と美味しくなったラテを飲んでいると、斜め前の席におじさんが座った。そこへメイドさんが「あ〜!◯◯ご主人様!」と話しかけた。
すごい。名前を覚えられている。
「髪切ったんですねぇ〜」
髪を切ったことまで把握されている。ということはかなりの頻度で来ているということか。
ここで私達の脳裏にひとつの言葉が過った。
────「伝説のご主人様」?

寿司屋でメイドカフェのウェブサイトを見ていた頃に遡る。
ウェブサイトにはこうあった。「ご主人様認定証」は来店回数……いや、「ご帰宅回数」に応じてレベルが上がっていく。そして「ご帰宅回数」が2000回を超えるとカードがブラックになり、「伝説のご主人様」になる。
(ちなみにその更に上の段階の、ご帰宅回数5000回以上の「神話のご主人様」というのもある。)

そんな常連っぽい男性を横目に、ラテを飲む。この時不意にJ君が呟いた言葉が、
「萌って……甘いんだね」
だったのが最高だった。
大事に飲みすぎて、萌が底の方に沈澱してしまっていたらしい。

それからメイドさんに明細を受け取り支払いをしてメイドカフェをでた。

今回はただなんとなくチェキを撮らなかったが、店を出てから普通は撮るものらしいということを知った。勿体ないことをしたなぁと思ったのでこれはまたの機会に撮りたいと思う。

今回総じて感じたことは、メイドカフェの需要のデカさである。

ハードオフがあるあたりにメイドが道の傍に多く立っていて、まるで目が合う度にポケモンバトルを仕掛けてきそうなところを、私は密かにチャンピオンロードと呼んでいる。

しかしあんな大手がいるのにも関わらず、これだけの個体数のメイドさんと、メイドカフェがあるというのは、やはり相当な需要があるのだろうと思う。
でもそれも解る。あの非日常的な体験は、めちゃめちゃ面白かった。

そういえばその日、帰路では雨が降っていた。
雨で足場が悪くなっている中、横断歩道の前の段差で躓いてしまった。
普段ならただ嫌な気持ちになるが、その時に私の頭にまず浮かんだ言葉は、「ドジっ子トラップ」だった。よかった。


おわり

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