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帰ってきた! ますく堂「おっさんずラブ」放談『おっさんずラブ‐リターンズ‐ 』の巻(※冒頭部抜粋)

天空不動産編、まさかの帰還に
巻き起こった悲喜こもごも


益岡 
本日は「おっさんずラブ‐リターンズ‐」座談会ということなんですが……まさか「おっさんずラブ」の、しかも、二〇一八年版である天空不動産編をもう一回やるとテレビ朝日が言い出すとは夢にも思わず……
一同 (笑)
益岡 
ただまあ、諸々話を聞いてみると、だいぶ前から準備をしていた感じはするんですよね。今回、放送開始にあわせてかなりたくさんの雑誌が、田中圭と林遣都を表紙に迎えて特集を組んだわけですが、そのうちの一冊「1OC Vol.4」の中でこの二人が「天空不動産編」の続編をやるという話を聞いたのはかなり早い時期だったことが語られています。二人の久しぶりの共演がフジテレビの「田中圭の俳優ホン打ち」という番組で、物語の入り口と終わりしか書かれていない台本を渡された田中圭とゲストが、オブザーバーのバカリズムと一緒にその後の展開について打ち合わせをしてその直後に芝居をするという二〇二三年の三月二十九日から三夜連続で放送された特別番組だったのですが、この第一夜目のゲストが林遣都くんでした。ちなみに二日目は松本まりかさん、三日目は千葉雄大ということで、「おっさんずラブ」ファンにとっても注目度の高い番組だったと思うのですが、この収録の時にはすでに「おっさんずラブ」やるらしいね、という話は二人の間で交わされていたそうです。
また、脚本の徳尾浩司さんは『おっさんずラブ‐リターンズ‐ シナリオブック』(一迅社)の中で、コロナで病床にあった時にプロデューサーの貴島彩理さんから天空不動産編の続編が決まったという電話がかかってきたというエピソードを語っていますので、このプロジェクトはかなり前から進行していたということになります。
ただ、私たち視聴者がこの話を知ったのはかなり直前のことだったように思うんですね。年末頃に急に言い始めたというような……それに戸惑いながら、「本当にやるの?」と言っているうちに、あれよあれよという間に新年早々、冬ドラマとしてはかなり早いタイミングで放送が開始され、あっという間に全九話が終わってしまったという印象です。
それでまあ、《ますく堂なまけもの叢書》としては、今回、三冊目ですから、このコンテンツとも大変長いおつきあいになるわけで……まあ、何もやらないっていうわけにもいかないわよね、と。
今回、この本は二〇二四年春の「文学フリマ東京」に向けて作ろうとしているわけですが、今回の「文学フリマ」はかなり早い段階で「抽選のないブース」が埋まってしまってですね。弊誌も抽選対象枠にあたってしまったものですから、まあ、外れてしまったらね、この企画もお蔵入りかな……と思っていたんですが……無事、当選いたしまして、それなら、これをつくるしかあるまい、と。
一同 (笑)
益岡 
今回は、すでに絶版というか、品切れになっている『「おっさんずラブ」という革命』に収録された初めての座談会レポートと、前号『「おっさんずラブ」という未来予想図』から劇場版の座談会を再録して「天空不動産編」にかかわる座談会レポートすべてが読めるという体裁で刊行したいと思っています。ただ、こういうまとめかたをすると、「インザスカイを仲間はずれにするのか!」という見方をされてしまうかもしれなくて……
美夜日 
「インザスカイ」よかったですよ!
益岡 
そうなんだよね。僕自身は「インザスカイ」もとても愛しておりますので、そういう見方をされちゃうような形式にはちょっと抵抗があるんですけど、まあ、『未来予想図』は本当にあと数冊しか残っていないものの、まだ頒布中ということもありますので、メインである「インザスカイ」座談会を読みたいと思って下さる方には、是非そちらも入手いただければ、と願っております。
ということで、「おっさんずラブ‐リターンズ‐」について、まずはそれぞれ、フリーハンドで好きなことを軽く話してから、個別の議論に(笑)進んでいきたいと思います。
ますく堂 
今日は大阪から来ました。このためだけに、というわけじゃないですが……
益岡 
この企画を軸にね、他のスケジュールを無理やり入れ込んでね(笑)
ますく堂 
今回、一話目はすごい面白くて、途中、ちょっと飽きるかなと思ったんだけど意外と飽きずに最後まで見てしまいました。ただ、武蔵の嘘の病気と、最終回の「打ち上げをそのまま映しました」的な展開……あれはあれでいいとは思うけど、本当によかったのか、という思いもあって、是非、皆さんの意見を伺いたいな、と。
まあ、全体としては飽きることなく観られたんで「続編は面白くない」というジンクスは破ってくれたんじゃないかとは思います。
美夜日 
今回のタイトルは「リターンズ」ということで、ドラえもんとかウルトラマンとかと一緒で、「ああ、帰ってきちゃうんだ」と思いながら、すごく楽しく観ました。一話一話の情報量がとにかく多くて忙しいという感じがして……今日は母と一緒に参加してますけど、我が家は一話見るだけでも大騒ぎになっていて、とにかく突っ込みどころが多いので一々突っ込みながら楽しく観ていました。
企画自体は早くから始まっていても前作からこれだけ時間がかかったというのはメインキャストのスケジュールをあわせていたんだろうと思うんですけど、皆さんとにかく売れっ子でいらっしゃって、並行して色々なドラマに出ているので、視聴者としては混乱するというか……私は「あのときキスしておけば」(テレビ朝日)というドラマを観ていたんですよね。
益岡 
そのドラマも貴島彩理プロデューサーの作品ですね。
美夜日 
「あのときキスしておけば」は松坂桃李と井浦新、そして三浦翔平が出て、この三人の三角関係というドラマなんです。
ヘイデン 
え! そうなの!
益岡 
正確には、松坂桃李くんと麻生久美子さん、三浦翔平くんの三角関係ドラマなんですよね。麻生さんは人気漫画家で、松坂君はその漫画の大ファン、三浦翔平は麻生さんの元夫で担当編集者という役どころ。麻生さんと松坂くんが恋人になって初めての旅行へ行こうとした矢先、乗っていた飛行機が墜落。麻生さんはその事故で亡くなってしまうんだけれども、ちょうど乗り合わせた井浦新さんの身体に魂だけが乗り移ってしまう。以降は、松坂・井浦・三浦の三角関係という構図になっていく(笑)
美夜日 
これを見ていたものだから、新キャラとして井浦新と三浦翔平がでてきたところで、「松坂桃李はどこなの? ももちはどこへ行ったの?」と混乱してしまった(笑)
「あのときキスしておけば」では、最終的に松坂桃李と井浦新(というか麻生久美子の魂)がくっつくという展開だったから、このドラマで三浦翔平は井浦新を奪還したんだな、略奪を成し遂げたんだな、と思いました(笑)
益岡 
さらに枝葉を伸ばしてしまうようで恐縮なんですが(笑)井浦新と三浦翔平は大河ドラマの「光る君へ」では、親子役で共演していますよね。多分、おふたりのファンの人たちは頭がおかしくなっていると思う(笑)
美夜日 
「光る君へ」は「リターンズ」とほぼ同時に始まってますからね。我が家でも、大河で井浦新が出てくると「菊様はどうした?」みたいな。「公安だから屏風や御簾の後ろに隠れてるんじゃないか」だの言いながら観ている。「おむすびキッチン牛車が走るんじゃないか」とか。
トット (笑)
美夜日 
テレビでのインタビューで井浦新さんは「撮影が同時期だったので、三浦翔平さんと恋人でバディを演じた一週間後には親子役。ふたりでさまざまな世界を行き来して、いっしょにふたつの役をそれぞれ積み上げていくために、たくさん会うからこそお互い気を抜かないようになれ合わないように、ひとつひとつ丁寧にそれぞれをやっていく」とおっしゃっていて、役者さんご本人も苦労されたようです。とりあえずこの辺で、バトンタッチします。
蕪豆 
皆さんお久しぶりです。今日はお誘いいただきありがとうございます。このドラマはすごく楽しく毎週観ていて、放送スケジュールの関係上、「不適切にもほどがある!」(TBS)の次に観るもんですから、金曜日の夜は忙しくってしょうがなかった。私が気に入っていたのは井浦新さんなんですけど、ただ、小手返しをするときの体幹がね、あれじゃ倒せないな、っていうのはちょっと思いましたけど……
美夜日 
母は合気道をやっていたので……
蕪豆 
あれはやってないっていう感じですね。腰が入ってないから、あれじゃ倒せないなとは思うんですけど。他の部分は井浦さんが一番美味しいとこを持っていっているような気がして、魅力的に感じました。
後は、ちゃんとスポンサーに配慮して「きのこの山」と「たけのこの里」を入れていて、なんか偉いなと思って(笑)……あの回を観ながら、私は「きのこの山」派だけど、娘は「たけのこの里」派だったっていうのが初めて判明して……聞いてみないとわからないものだな、と。
トット 
トットです。これで終わるのか、またやるのかはちょっと分からないんですけど……ただ、このシリーズが始まったときの訴求力に比べると、新規層に向けたアプローチはあまり見られなくて、既存のお客さんへのファンサが多めだったという印象なので、この作品で新しい視聴者は入ってこられたのかな、どうかなというのが気になりました。そういう感じで、しゃべっていきたいと思います。
益岡 
僕の感想ですけれども……まあね、面白かったですよ。
一同 (笑)
益岡 
ただ、前回の座談会でも言いましたけど、こちらが「おっさんずラブ」にあわせる身体になっているからなにをやられても面白いは面白いんです。ただ、ここまでハチャメチャだったかな、というと……今回、二〇一八年版を全部見直してきたんですけど、武蔵と牧が殴り合うシーンなんてほとんどない。これはやっぱり劇場版からおかしくなったのだなと再確認する一方で、かなり二〇一八年版のモチーフを丁寧に拾いつつ、つくりあげた新シリーズであるということも感じられました。
美夜日 
サウナから「むささびの間」へと……
益岡 
あとは、今回、「結婚」や「家族」というテーマに取り組んだ結果、かなり体制寄りというか非常に保守的な思想を持った作品になっているとの議論があったと認識しています。そのあたりの話は外せないかな、と。
メインキャラクターの中では僕は蝶子さん推しなので……まあ、若干、便利に使われちゃったという印象も正直あるんですが、やっぱり非常に蝶子さんが良い仕事をされておられたので、蝶子さんのことについては是非語りたい。ちなみに、新キャラの中では菊様推しですので、よろしくお願いします(笑)
ティーヌ 
私はあまり普段テレビドラマを観ないんですけど、今期はかなり観ているものが多くて……「リターンズ」、「作りたい女と食べたい女」(NHK)の第二シーズン、ちょっと挫折しつつも「チェイサーゲームW パワハラ上司は私の元カノ」(テレビ東京)……
ヘイデン・益岡 (笑)
ティーヌ 
あと、「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか」(東海テレビ)はもちろん観ているし、一応、「不適切にもほどがある!」も追いかけています。こうしたジェンダーとかコンプライアンスに関してマスで扱うぞ、というテレビドラマが今季、いっぱいあった中で、まあ、一番笑いました。その笑いの中に「ごまかされないぞ」という気持ちももちろんあるんだけど、それでもやっぱり面白いドラマだったなっていうのがざっくりとした感想になるのかなと思います。……でもそうね……益岡さんが言うように、なんかこう、このドラマを面白く観られるように自分の頭の中を変えるっていう作業は確かにあった。そういう作業は自然にやっていたと思う。そういう意味では、自分が「おっさんずラブ」ファンなんだろうな、と再認識しました。なんといっても俳優陣がね、やっぱりうまい。安心して観られた。みんな楽しそうで、いい現場を見せていただきました、というような感じでした。……まあ、最初はいいことを言っておこうかな、ということで(笑)
ヘイデン 
ヘイデンです。よろしくお願いします。二〇二三年の年末くらいだと思うんですけど、「おっさんずラブ」がタイでリメイクされるというニュースが流れて、主演をアース&ミックスがやるということも発表されて、「リターンズ」の第四話では彼らがゲスト出演することになるんですが、その二人の登場したところで私は一番盛り上がりましたね。
益岡 
そうなんだー。
ヘイデン 
ちなみにタイでは、武蔵を誰が演じるのかが発表されないまま撮影が始まりました。主演二人のプロモーションがバンバン流れる一方で「おっさん」が誰かはわからないまま進んでいる……でも、私はタイにかけるしかない、というふうに思っています
「リターンズ」の話に戻ると、ティーヌさんも言ってたけど、俳優の力がとにかくすごくて、私は秋斗と春田の差にすっごく萌えて……全然違う人物に見えるよう演じ分けられていて、田中圭ってすごいんだな、と……今日を迎える前に、今回のメンバーの何人かで顔をあわせるたびに「おっさんずラブ」の話をしてきたんだけど、そのときにも散々、「俳優の力に頼りすぎじゃないか」という話はしてきたと思うんですけど、とにかく、「おっさんずラブ」出演俳優のレベルは段違いだな、と。
益岡 
同感です。
ヘイデン 
一応、日本で放映されているBLドラマは全部追っているつもりですけど……まあ、「おっさんずラブ」をBLって言っていいのかどうかは正直わからないけど……本当にすごい人たちがやるとものすごいことになるんだな、というのは、今回、特に強く感じました。
あとはやっぱり、先ほども触れられていたけれど、結婚とか介護とか子育てとか、そういうところに対する描き方、作品の姿勢っていうのには、多くの方が怒りまくっていたし、私自身も、「そこはどうなのよ」ってい気持ちはすごくあるんだけれども……でも、その一方で、ネット配信限定の「禁断のグータンヌーボー」を観て、本当に楽しくて、「まあ、いいか」とも思っちゃった。まあ、この番外編に限らず、今回のシリーズは「公安ずラブ」がとにかく楽しかった。今回の特集号には、「公安ずラブ」の二次創作を書こうと思っていて「公安とはなんぞや」というのもすごく調べているんですけど、絶対あんな捜査はしないということはわかりつつも(笑)、まあ、物語だしなあ、と……
すいません、結局、何が言いたかったかっていうと「タイのおっさんずラブ、楽しみだな」ということです。よろしくお願いします!

BLドラマの金字塔が躓いた
「みんなちがってみんないい」の闇


益岡 
さて、これで一巡したわけですけど……どうしますかね。課題はいろいろあるわけですが(笑)
ヘイデン 
まず、私が話したいのは、家族とか介護とか子育てとか結婚とかに対するドラマの姿勢というのは本当にこれでよかったのかということですね。決してマイノリティをエンパワーメントする(勇気づける)側ではなかったよなっていうのがひとつ。
ティーヌ 
そもそもBLドラマだったのかどうかっていう問題もあるよね。
ヘイデン 
そうそう。BLドラマというか、セクシュアルマイノリティドラマというよりは、単なる「渡鬼」(TBSドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の略)で終わってしまったんじゃないかっていうのもひとつ。あとはもう、武川コーナー……
美夜日 
武川コーナー大事!
ヘイデン 
武川コーナーはまあ、掘り下げるものもあまりないけども……
一同 (笑)
ヘイデン 
あれでよかったのか問題?
美夜日 
武川さんの扱いがね、あれでよかったのか、と。
ヘイデン 
それからね、「公安ずラブ」は、私は自分で処理するので大丈夫(笑)
益岡 (笑)
ティーヌ 
「公安ずラブ」を改めて観ると、テロ組織が暗躍している日本っていうハイファンタジーみたいな世界観で……和泉さんとかね、撃たれて帰ってきてるし。
蕪豆 
玄関で倒れててね。
ティーヌ 
ニュースになるよね、普通(笑)
美夜日 
でも、はるたんしか目撃してないから……(笑)
ヘイデン 
まあ、「公安ずラブ」はあんまり深く突っ込んじゃいけないんじゃないですか(笑)
美夜日 
クレープデートしてるくらいだから。
益岡 
ここは「BLなんでもあり」の不文律を大いに使って遊んでいるところということになるんでしょうね。
ティーヌ 
「公安ずラブ」ネタでいえば、TELASA限定配信の「禁断のグータンヌーボー」で和泉さんが失敗するたびに武川さんが「クソが」って繰り返すんだけど、あれは、「アンナチュラル」(TBS)での井浦新を意識したパロディなんですよね。今回、こういうパロディが多すぎるような……
ヘイデン 
タイトルはぜんぶパロディだしね。
益岡 
パロディが多いのは二〇一八年版からの傾向ですけどね(笑)
ティーヌ 
ネタ元のドラマがわかったら面白いのかなあ、と。
美夜日 
元のドラマとかを見てないとわからないんだろうな、と思うところはありましたよね。
ティーヌ 
おむすび屋さんも多分あれ、何かのパロディなんでしょ。
美夜日 
グランデとかね。めっちゃ大きい(笑)
益岡 
暗号とか。
ティーヌ 
手書きのQR コードとか(笑)
益岡 
このパロディという部分でいえば、「おっさんずラブ」というコンテンツ自体がセクシュアルマイノリティのリアルを扱ったものというよりは、既存の、異性愛恋愛ドラマのパロディという要素を多分に持ったコンテンツであるということが言えると思うんですよね。そしてそれは、BLという表現形式に、女性たちがいわゆる「受」のキャラクターに感情移入して自らを仮託してエンパワーメントされるという側面であったり、ある種の「ポルノ」として男体や男性という属性を眺めて楽しむといった消費の仕方をするための「異性愛恋愛ドラマのパロディ」という要素が織り込まれているという実態と響きあう部分でもある。
ティーヌ 
少女漫画のパロディという要素もあるよね。
益岡 
そう。だから「おっさんずラブ」の持つ「過剰なパロディ」という構造は、そのまま、BLジャンルの一側面でもあるといえるんじゃないかと思うんですね。それを踏まえたときに、実は、「おっさんずラブ」自体の立ち位置としては一貫しているんじゃないかとも思うんですよ。恋愛というもの、そこから発展する結婚や家族というもの、それをテーマにしてきたテレビドラマのパロディをすることで、ときに、「女性」も含めた、マイノリティを勇気づけるような効果も示してきたのが「おっさんずラブ」だった。もし、そうした「配慮」への熱量を制作陣が持っていたとして……にもかかわらず、少なからぬ批判が巻き起こったというのは、制作陣の無配慮というよりは、私たち視聴者の見方が変わったということなのかもしれないとも思うんですよ。視聴者の側が「同性愛を描くのであればこの程度のリテラシーは必要だよね」という意識が高くなっているんじゃないか。もちろん、「おっさんずラブ」というコンテンツ自体が相応にそうしたリテラシーを磨いて身に着けてきたと思うんだけど、一方で、連綿とつづく「日本のテレビドラマ」という歴史を踏まえているという側面もある。
ティーヌ 
社内恋愛ものだし、社内結婚だしね。
益岡 
その構造の中で描けるものと描けないものがあって、「結婚」「家族」までいってしまったときに、その幅の狭さが露呈してしまったのかもしれないんですよね。それはあまりよろしくないことなんですけど、一方で、その「幅」を踏襲するというのは、ある種、ジャンルへのリスペクトなのかもしれないとも思うんです。同時期に放送していた「不適切にもほどがある!」もそうですけど、あまりにも役者さんたちがうまかったり、ドラマとしてのテンポがよかったりして、なんとなく観ていたらいつの間にかエンドロールが流れていたというような「ひきつける力」があるから騙されちゃう(笑)「不適切」なんてドラマは、特に、本来ならひっかかるようなところがいくらでもあるドラマなんですよ。昨日放送された第九話で、主人公のひとりである仲里依紗がパワハラで訴えられるくだりがあるけれど、あれなんかは、その顕著な例。いろいろな背景があっての発言だけを切り取って「不適切な存在」だと決めつけないでほしいというメッセージが、父親役の古田新太によって高らかに歌い上げられる。仲里依紗が極めて感じがいいものだから、「そこだけ見てパワハラっていわないで」という歌に騙されそうになってしまうんだけど、それを一般的に歌い上げられても困りますよ、というのがあるわけです。確かに「一部だけを切り取らないで全体像を見たらそんなに悪い人じゃないんだ」というのは正論かもしれないのだけれど、でも、じゃあ、その「本当はいい人」によって深く傷つけられた人の気持ちが「嘘」なのかといったら、そんなことはないわけでしょ。その一言で死んでしまう人だっている。それが、偶然、ただ一度のことだったという可能性もあるけれど、実体験に照らすと、そういう方は、何度でも同じようなことを繰り返すし、大して反省もしていない。なんなら逆恨みして報復しようと考えるのが現実の「パワハラ野郎」なので、そういうやつらを肯定してしまうような表現はテレビドラマというメディアの性格を鑑みると本来はするべきではないんです。ただ、それを堂々とやったうえで様々な言い訳も用意しつつエンターテインメントとして成立させていく膂力は、これは数十年の歴史を持つテレビドラマへのリスペクトがなせる業なんですよね。ただ、それにしても「ハラスメントも少しは許してやってよ」というメッセージはよろしくはない。そしてそうした傾向は、「リターンズ」にも見られるものだったと思います。
ティーヌ 
だって武川さんはずっと不倫のススメをしているわけでしょ?
ヘイデン 
ラブシェアね。
益岡 
ここは実は難しい問題で……このくだりを「ポリアモリー」という、お互いの同意を得て複数のパートナーと関係を築く恋愛の在り方を示したものなんだという解釈もできなくもない。ただ……そこまではちゃんとしてないでしょ、とも思う(笑)
ヘイデン 
考えてないよ。
益岡 
だって、カーシェアと一緒だとか言い出してるもんね。
美夜日 
復縁しようとしてレンタカーのたとえを持ち出しているわけですもんね。
益岡 
うーん。だから、ここを新しい恋愛、性愛の形、ライフスタイルがあるんだという弁護をするのはかなり危険だと思う……だからまあ、武川さんはよっぽど疲れてるんだな、と五十にして惑いまくっているというのが無難な解釈なのかな(笑)
ティーヌ 
ご乱心(笑)
美夜日 
今期の武川さんはご乱心が過ぎる、と。配信キャンプをしているときも「病んでる?」とコメントで問いかけられたときに、「大丈夫です、病んでます」って答えてますからね(笑)
ティーヌ 
結局さ、二〇一六年の単発版、ハセの物語の時点においては、何か面白いドラマをつくろうと考えて、古風な日本の会社を舞台にした社内ドロドロ恋愛事情を男同士、おじさん同士でやったというのがアイディアとしてすごかったわけだよね。このアイディア自体は当時、すごかったんだと思う。でも、それを二〇二四年になっても繰り返しているだけなんじゃないかということになると、さすがにもう、これはちょっと、社会のほうが変わってしまった、という……
益岡 
とはいえ、「おっさんずラブ」というコンテンツ自体、いろんなところがアップデートしてるっちゃしてるんだと思うんですよ。でも、今回、「家族」みたいなことをテーマにした途端に古くなってしまった。これはこれで現実を反映しているんだろうなと僕は思ったんですよね。結婚して家庭を作って家族として生きて行くって言ったときに、今までアップデートしてきたはずの「個人」が一気に古い価値観に捕らえられてしまう。その言い訳のようなかたちで「多様な家族」が語られて、「武川さんと猫の信玄」という「家族」までが引き合いに出されていく……
ヘイデン 
「みんなちがってみんないい」は聞き心地はいいんだけど、これには、「みんな同じ権利がある」ということが前提として必要だと思うんだよね。結婚する権利のない同性カップルに対して、「みんなちがってみんないい」と言ってしまうのは、「それ以上、あなたたちの権利はなくていいんだ」ということを強いるわけだから、そういった意味ではダメだと思う。このドラマのテーマが「春田と牧の結婚」にあるんだとすれば、それが「みんなちがってみんないい」で終わっちゃうのは、やっぱり、「時代」を考えたときにはダメよ。こういうこと言うと、三人以上で結婚していいか、とか、ペットと結婚していいか、と同列に扱われちゃう恐れもあるわけだけど、少なくとも、同性婚について、同性カップルに婚姻制度が適用できないという現状については、いくつもの「違憲判決」が出ているようなこの時代に、そこにまったく触れずに「みんなちがってみんないい」を謳ってしまうことは、やっぱりダメだと思う。
ティーヌ 
このドラマは、一応、「結婚後」を描きたかったんだよね。恋愛ドラマの続編として描かれる「結婚後」のエピソードをやりたかった。
ヘイデン 
その時に、法的根拠はないから結婚は実際にはしていないんだけど「結婚生活」というような言葉がでてくるのにすごく混乱した。正直、意味が分からなかった。何の話をしてるの? 君たち結婚できないよね?という……
ティーヌ 
結婚という概念が不明瞭なんだよね、このドラマにおいて。「一緒に同じ部屋に住む」っていう意味と「結婚式をあげる」っていう意味と「婚姻届を出す」っていう意味、少なくとも、この三つを全部、誰も説明せずに、混同して使ってくるから「これは一体どの結婚のことを言っているの?」と。
美夜日 
そんなこと言ったら、姑とかもさ、それってなんなの?と(笑)
ティーヌ 
これは本来、制作側にしっかりと意見表明していただかないといけない問題だったと思う。この「結婚」という言葉の使い方はまったくわからなかった。
ますく堂 
一緒に住んでいるだけならルームシェアだしね。式はあげているわけだけど……
ヘイデン 
結婚式あげるのは全然いいんだよね。今でも同性カップルでも結婚式あげられるんだから周りに祝福してもらおうっていうところで結婚式を描くのは全然ありだと思う。ただ、それは社会的には「結婚」とは認められないという現実があたかもないかのように描かれていく「おっさんずラブ」には問題があった。同時期に放映していた「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか」も同性カップルの結婚式が描かれるけど、同じことをやっているようで、この二つのドラマはまったく違う……
益岡 
うーん。この「おっさんずラブ」における結婚の問題は、息の長いコンテンツになってしまったが故の苦悩というか……とにかく、劇場版ですでに、きわめて雑に結婚してしまったんだよね。このシリーズは、あの混乱の中での「結婚」を受けて始まっているから、結婚自体を描けなくなってしまったというか……
ティーヌ 
最初からホームドラマ、不倫ドラマを始めていい土台が整っているという認識が制作側にあったということなんだよね。
益岡 
まあ、そこは制作側としては腹をくくったところだと思うんですよ。二〇一八年版、「天空不動産編」としてのオリジナルシーズンでは、最後に春田が牧に「結婚してください」と言って終わるわけです。結婚の約束自体はここでしている。まあ、ここで既に婚約しているわけです。ただ、この後すぐに春田は上海へ行き、香港を経て東京へ戻ってくる、そこから始まる劇場版があって、劇場版というのはとにかく三十秒に一回くらい面白いことが起こらないといけない、とでも言わんばかりの勢いでがんがん進んでいくクレイジーな続編だったわけです(笑)あのなんだかわからない廃工場の炎の中で愛を誓いあうわけじゃない? さらにラストシーンでは指輪をいつの間にか交換して、「結婚しました」という図が出来上がってしまった。そしてそれには牧のシンガポール行きというエピソードもくっついてくる。結婚とともにふたりのしばしの別れも描かれる終幕には「結婚」をゴールにしない、互いの「自立」も描かれていたような気がして、象徴的な描写としては悪くなかったと、僕自身は整理しています。そんな劇場版とある種のパラレルワールドとも解釈できる「インザスカイ」を挟んで、待望の続編ということになった。この間には、コロナウィルスの蔓延という「現実」が挟み込まれてもいるわけです。現実世界がアフターコロナを迎えた今、そのウィルスパニックをなかったこととして描く創作物もあるんだと思うんですが、「おっさんずラブ」はアフターコロナとしての続編を選んだ。この設定が、従来の家族観ではありえなかったいくつかのシチュエーションを解決している部分があると思うんですね。あの時期、現実においても、ちょっとそれ以前ならありえなかったことが「しかたがないこと」として受け入れられた実態があったと思うんです。かなり近しい親戚の死を知らせないとか、婚姻届を出したことをあえて言わないとか……春田と牧は、春田のお母さんに結婚したことはおろか、つきあっていたことすら説明していない。牧のお母さんが劇場版で二人の恋愛をアシストしていたことと比べても、これは実に不自然ですが、なんとなく言わないままコロナが来て、言い出せないまま三、四年経ってしまったという展開はぎりぎりあり得るシチュエーションだと思うんです。
ヘイデン 
そんな風には読み取れなかったよ(笑)
益岡 
まあ、そうかもしれないんだけど(笑)……でも、このカップルというか、ふうふ自体が、まともなふうふ生活を送れていなかったわけですよね。「コロナで一度もシンガポールへ行けなかった」と春田が牧に言うシーンがありますが、つまり、このカップルのふうふ生活というのは「リモート飲み」だけなんですよ。リモート飲みしかやっていないふうふなんです、この二人は。だからなんか、ちょっとそのあたりはファミリーコントみたいな感じなんですよね。
ヘイデン 
ぶっちゃけ、本当はそこはあんまり深く考えちゃいけないところなんだよね。
益岡 
そう。制作サイドとしては、まさに腹をくくったところではあるんですよね。結婚とかそういう問題については制度として認められていないんだから、逆に言えば本人たちが結婚だって思ったら結婚でしょ、っていうところにしちゃったんだよね。
ヘイデン 
これがあんまり良くない方向だったよね。
益岡 
うん。これはやっぱり良くない、でも、その一方でこの二人に限っていえば、二人とも男性で、牧くんはエリートで、はるたんだって係長だからそれなりに収入もある。生活スタイルが乱れて家事ができなければそれを外注する経済力もある。このカップル個別の問題としては、一定のリアリティが担保できているという見方も、実はできる。
ティーヌ 
この男女の経済格差は現実世界でも強く感じることがあって、SNSとかを見ていて、セクシュアルマイノリティの当事者たちが市区町村のパートナーシップ制度に登録したことを公表したニュースや、女性たちの結婚に関するいろいろな苦労話への反応を見ていると、ゲイの男の人たちは、「早く私も結婚したいわ」とか無邪気に言っていることが多いような気がするんだよね。そういう反応を見ていると、結婚ってもしかして簡単なものなのかなと、みんななんとなくしているものなのかなって、私はちょっと思っちゃう。このドラマを見て、この人たちのほうがリアルで、私のほうが厳密に「結婚ってなんなんだろう」って考えすぎててさ……自分の意識がない時の意思決定とか相続の権利とか、事実婚との違いとかをさ、私が知りすぎちゃっているから素直に受け取れないのかな、とか……みんな、そんなの全然考えないで、なんか、二人でなんとなく楽しい幸せなもの……なんていうかもう「恋愛市場から上がります宣言」ぐらいの感じで、「浮気しません宣言」みたいな感じで、「結婚」って言っているのかな、って……「おっさんずラブ」が描いている「結婚」の方が大多数のイメージする「結婚」なのかもしれないとも思えてきているところがある。
益岡 
そこが怒られてるところでもあると思うんですよね。マジョリティに寄ったでしょっていう……
ヘイデン 
そうそうそうそう。
益岡 
たとえば、同性カップルの苦悩の代表的な部分として、パートナーが突然事故にあったり、重い病気になったときに、「家族とは認められない」という問題については、今回のドラマでは和泉さんと菊様の病院のシーンに集約されていると思うんだけど、このシチュエーションは、実は劇場版で武蔵が記憶喪失に陥った時、みんな総出で駆けつけて、「ご家族の方ですか?」と聞かれて「はい」って答えて、看護師さんがそのまま連れて行っちゃうという……病院側がそれで通しちゃってるというトンデモシーンとしても描かれているんですよね。
そのシーンを許してしまったこのシリーズにおいて、男同士の法的に認められていない「結婚」を現実の様々な問題と向き合う形で描いていくというのは……もはやそうした議論が展開できるフィールドではなかったというのが、今回、二〇一八年版から見通した僕の雑感なんです。特に、かなり脅迫的に「面白い」を重ねてしまった劇場版の後ではもう無理だったのではないのかな、と。
もちろん、だからこそ、改めてやるっていうのは一つの方法だったと思うし、せめてそのパートナーシップ制度のあるところに引っ越すとか、現実の状況というものを踏まえたエピソードが挿入されてもよかったと思うんですよね。
だから、こうした、やろうと思えばできたはずの「配慮」をあえてしないことで、「何か」をしたんじゃないかっていう……「おっさんずラブ」という存在がやっぱり、かなり巨大なコンテンツになってしまったでしょ、と。その続編として、あえてマイノリティのための権利を叫ぶような展開は避けて、ふわっと楽しいラブコメディをやった方が多数のお客さんを獲得できるんじゃないかといった算段、議論が、制作陣に本当になかったのか、というのはもちろん気になる。気になるんだけど、この「天空不動産編」を、ただ厳密に……まあ、厳密じゃないんだけど、このコンテンツ自体が厳密じゃないから、厳密に追っていったってしょうがないんだけど(笑)
ヘイデン 
そう、ふわっとしてんのよ(笑)
益岡 
ふわっとしてんだけど(笑)……ただ、追っていくと……無理なのよね。やっぱりあの劇場版で、いろんなファンタジーが起こりすぎてしまって、あの世界観を踏まえたうえで、続編をつくっていくにあたっては、もう、真面目に同性婚について議論するとか、無理だったんだろうな、とは思うんですよ。
ティーヌ 
いっそハッピーに振ってもよかったと思うんだけどね。それこそもう、同性婚ができる世界になっているという設定で描いちゃうとかさ。私はやっぱり、春田と牧だけじゃなくて、カップルじゃないけれども、和泉さんと菊様が一緒に住んでいることとか、武川さんが出場する恋愛リアリティーショーの演者が当然のごとく全員男なんだよね。そういうところに誰も何も突っ込まないっていうのはよかったと思う。
益岡 
そうだよね。「グータンヌーボー」とかでも、「好きになっちゃいました」「それでなんとなく付き合い始めちゃいました」みたいな男同士の恋バナを自然に受け入れて盛り上がってるじゃない、ああいうところは本当、いいな、って思う。
ヘイデン 
そういうさ、カミングアウトの葛藤みたいなのがないんだったら同性婚ができてる世界観で作った方がよかったんじゃないかね。例えば、春田と武蔵は一度、結婚式をあげようとしているけど、「あのときは制度上の結婚はできなかったけど、今はできるんだよ。変わったよねー」ぐらいさ、一言入れておけば済んだ話だったんじゃないかとも思うんだよ。それを「法的根拠がない」みたいなことが何回も出てくるからさ……
ティーヌ 
春田のお母さんに結婚の報告をするときも、お母さん、サイコパスに見えたもんね。
ヘイデン 
うん、うん、わかる。
ティーヌ 
「あーそうなんだー」みたいな(笑) 「ATARUくんの友達にもそういう子いるし」とか「お前は人の母親か」と思うような不自然さが……
ヘイデン 
本当にちょっとのことで、いくらでもいいものにはできたんじゃないか、そこはクリアできたんじゃないかなっていうもやもやは残るけど、まあまあ、でも楽しかったですよ。
一同 (笑)
ヘイデン 
悔しいけど(笑)……つーか、情報量が多すぎるんだよ。一話四十五分という尺にいかに不慣れになってしまったか、という……
益岡 
日本のBLドラマの一般的な尺は、その半分だからね。
ヘイデン 
そう。それに慣れちゃってるからさ、情報量の多さにやられちゃう(笑)

※ここまでで、冒頭12頁ほどです。全体でこの4倍ございます。気になった方は是非、2024年5月19日開催の「文学フリマ東京38」にて初頒布する『ますく堂なまけもの叢書⑯「おっさんずラブ」という伝説』をお求めください!

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