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ポスト・ポストカリプスの配達員〈4〉

 ポスト・ポストカリプス世界では、スーパーカブが畑で採れるということは子供でも知っている一般常識である。
 増殖したポストのそばには時々、カブの種が落ちている。種――高密度圧縮されたカブの空間情報体は丁寧に耕した畑に埋めると、ポストカリプス前から存在する、かつて生産インフラを動かしていた地下ネットワーク茎へとタキオンファイバー製の根を接続する。そしてコンポストと呼ばれる特殊なポストから公開暗号鍵とエネルギーや資材やらを受け取りすくすくと成長するのだ。
 旬は3~5月の春と、10~11月の秋。通年出荷されているが、春物は乗り心地がやわらかく、秋物は排気ガスの匂いの甘みが強くなると言われている。スーパーカブ農家はポスト・ポストカリプス文明の基盤を支える大事な第一次産業だが、近年後継者不足に悩まされており、特に全世界規模での厳しい人口減による嫁不足が深刻化している。
 畑産カブのサイズは凡そ1.8メートル。よほどの大物でも2メートルを超えるくらいであり、祭事に使われる特別な種類でようやく3メートルほど。
 10メートル超のカブなど、俺はこれまで見たことも聞いたこともない。

「この誓約は、郵便の軍務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによって、公共の福祉を増進することを目的とし、ひいては郵政省の勝利にこの身を捧げる為のものである」
 白い女の子がこれまでのどこか投げやりで気怠げだった口調から一転、朗々と、滔々と口にするその内容に俺は覚えがあった。郵政省の部隊の中でも最精鋭と謳われた、カンポ騎士団〈ポスタル・オーダー〉の入団時の誓詞だ。
 カンポ騎士団とは謎めいた総帥、ロード・カンポに率いられた神出鬼没の軍団であり、第二次環太平洋限定無制限戦争時、八丈島の戦いで南アメリカ連合王国軍相手に陸海空全てを走行可能なスーパーカブの機動力を最大限活かした、圧倒的包囲殲滅戦を仕掛けたことで名高い。
 だがカンポ騎士団は人類最後の戦争となった第四次環太平洋限定無制限戦争の時代には既に解散していた筈だが……。
 俺が訝しんでいる目前で、女の子が詠唱する入団誓詞と共に、巨大スーパーカブ――アルティメット・カブがパワーラインに沿ってパーツ展開を始めた!
「郵便の軍務は、この誓約の定めるところにより、カンポ騎士団が行う」
 ガゴンガゴンガゴン! 巨大パーツ同士が擦れ合い立てる音は、これから戦場へと向かう兵士を鼓舞する銅鑼鐘の音の様だ! パワーラインを走る光の色が女の子の瞳と同じ赤色に染まり、吹き出す圧縮蒸気を払暁の空色へと染め上げる!
 アルティメット・カブのカウルの〒マークからレーザービームが投射され、空間に巨大な〒マークを拡大投影する――と、〒マークが形を歪め、まるで人型のように直立した。アルティメットカブもそれに合わせた形へと姿を変えていく。
 変形! 変形である!
 サイドスタンドとメインスタンドはバシャバシャッという音とともに前後・左右に二段階展開、チェンジペダルやキックスタータペダルと組み合わさり、逞しい脚を形成。
 タイヤも分解、再結合が行われ、分厚いゴムは肩パーツとなる。スポークが絡み合いスカスカな腕を作り上げる。隙間はすぐにエネルギーラインが走り、謎めいたチューブやシリンダーで埋められていく。
 フロントカウルは頭部へと移り、折れ曲がって武者兜のような装甲となった。ポジションランプとヘッドライトが顔面部分に縦に並び、カバーが内側から炸薬破砕され広域センサーとモノアイカメラが露わになる。
「郵便に関する任務は、郵便事業の能率的な作戦の下における適正な戦闘を行い、かつ、適正な勝利を含むものでなければならない」
 グオオオオオオン!! 胸部の5000馬力級横型エンジンが排気を開始した! まるで大地そのものが震えて音を出しているかと錯覚する凄まじいアイドリング!
 二足で大地を踏みしめるその威容、凡そ全高12メートル。神々しき佇まいは、まさにこの世に顕現した郵便の神ヘルメスの如し!
 しかし胸の部分に未だ空白がある。だがそこに生えている二本のハンドルグリップを見ればその役目は明らかだ。
「……何人も、騎士団の庇護下において差別されることがない」
 白い女の子はぐっと屈むと砂煙を巻き上げながら大跳躍、空中で捻りを加えた回転をすると地高8メートルの部分にあるコックピットにピタリと収まった。同時に透明なキャノピーがコックピットと外界を遮断する。
『定形外スーパーカブ型決戦配送機〈アルティメット・カブ〉・個体識別用概念住所『トリスメギストス』起動完了。配達員〈ポストリュード〉による誓約認証突破を確認。おはようございます配達員・ナツキ』
 モノアイを〒型に光らせながら、アルティメットカブ・トリスメギストスが穏やかな男性の音声を発した。
 白い女の子――ナツキというのか――は目を文字通り輝かせながらそれに応える。
「おはよう、トライ。だいたい1200四半期ぶりかな?」
 四半期というのはポストカリプス以前に存在した神秘的な時間の単位だ。主に軍事用の暦として用いられ、戦争もこれに合わせて行われていたという。
『正確には1211四半期ぶりです、ナツキ』
 のんびりした会話を行う一人と一機。今はそれどころではないだろうが!
 スタンプコレクターはアルティメット・カブを叩きつけられたダメージから既に立ち直り、なおかつその体躯を二回りほど膨らませていた。その巨体は今やトリスメギストスに匹敵するほどだ!
 俺の銃撃からの回復といい、異様にタフなその秘密は周囲のポストに巻きついて何らかの郵便エネルギーを吸い上げている触手にあると見て間違いないだろう。
「SHUSHUSHUUUUUU!!!」
 スタンプコレクターは複数の触手を束ね高速回転させる。溶解粘液の飛沫を撒き散らしながら周囲の大気を引き裂く唸りをあげるそれはまさに肉色をした岩盤掘削機。悪夢!
 対するトリスメギストスは6本のマニピュレーターが生えた腕をガードするでもなく前後にぶらぶらと揺らしているだけ。おい大丈夫なのか。
「少年、そこ危ないから伏せといて」
 ナツキが外部スピーカーを通して俺に警告を送った、瞬間――颶風が荒れ狂った。
「うおおお!?」
 俺は手近なポストに咄嗟に掴まり、空高く吹き上げられての落下死を辛うじて防ぐ。
「ハッハアァッ!!」
 高揚の笑いとも裂帛の気合ともつかないナツキの声が遅れて聞こえてきた。網膜ナノアイカメラの120fpsスロー撮影モードでも上手く捉えきれない、それは言ってしまえばただの踏み込みだった。地面が爆発し、砂とポストを跳ね飛ばし、音の波は発生するそばから前方の波にぶつかって甲高い破裂音を作り出し周囲一帯にぶちまける。それは破滅的な有様だったが、全高12メートル重量50トンの鉄塊がこの速度で動いたにしては静かすぎるし破壊の規模も小さかったのを俺は看破した。
 俺はつい先程、ナツキが片手でトリスメギストスを持っていたことを思い出す。これは、やはり――重力制御が行われていると見て間違いないだろう。
 ポストカリプス前文明で、人は4つの力のうち3つまでに服従を強いることに成功した。常温核融合炉、常温超伝導、テレポテーション等の技術はその賜物だ。だが最後の壁、重力だけは頑迷に人の軍門に降るを良しとしなかった。そのはずだ。
 俺は周囲を見渡す。奇妙に歪んだ景色を。重力制御によって空間に偏在するダークマターを超圧縮し、それを触媒にしてさらにダークエネルギーを呼び込んで燃料とする4ストローク単気筒二段階重力エンジン。ポストカリプス前のデータライブラリでも仮説として概要だけが載っていたオーバーテクノロジー。
 一体何者なのだ、こいつらは。
 トリスメギストスはあっさりとスタンプコレクターの背後をとることに成功、両腕を弓のように後ろに引き絞る――その指先が陽炎のように揺らめいているのはダークエネルギーがそこに集中しているからだ。
「アークデーモン級なんて」
 弓が――放たれる。
「もう食い飽きてるんだよね」
 トリスメギストスの両腕はスタンプコレクターの胴体を貫通し、一息に左右に切り裂いた。
 SPLAAAAAAAAASH!!!!
 バラバラに飛び散った肉片や危険な粘液は空中で即座に陽炎に食われて消滅していく。怪物は断末魔すらあげることが能わず、完全に、無欠に、消失した。
 ナノアイカメラが録画を停止する。録画時間は、1.98秒だった。

【続く】

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