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ウクライナーロシア長期戦化~”支援疲れ”のドイツで”幻の和平合意”が話題に①ウクライナ側の根強いロシア不信も合意発効を妨げた


【画像① 5月9日の対独戦勝記念日を挟んでモスクワでは「ウクライナに提供されたNATO兵器展示会」が行われた。画像の米国製M1A1主力戦車(残骸)など、弾痕などが生々しい状態でロシア軍によって捕獲された米、英、豪、仏、独からの供与兵器が一般市民に公開されている。】





◆「ウクライナNATO加盟不可だが、EU加盟は容認」~2022年3月”幻の和平合意”の背景がドイツで報道される




5月3日、ドイツ有力紙「WELT」が、2022年3月にトルコのエルドアン大統領の仲介で行われたウクライナとロシアとの間の交渉で「仮調印された」という”幻の和平合意”が論評報道された。実は、この内容について、ロシアのプーチン大統領はアフリカ諸国首脳を集めたモスクワで開催の昨年12月の国際会議で「われわれはいったん、和平に向けて合意し仮調印もした。ここにその文書がある」と公開していた。


そして、4月11日にベラルーシのルカシェンコ大統領と会談した際、同大統領から「2022年3月にイスタンブールでウクライナ側と話し合った停戦合意案に立ち返ってはどうか」との提案に、プーチン氏は同意したという。



【画像② 4月11日、モスクワを訪問したルカシェンコ大統領と会談するプーチン大統領は、2022年3月にイスタンブールで話し合われたウクライナとの停戦合意案に立ち返る意向を示したという。これは日本のメディアでも報道された。】




EU諸国で最有力国であるドイツは、現在最も熱心なウクライナ支援国でもある。しかし、3年目に入り長期化したウクライナ戦争に、ドイツ国民の多くが”支援疲れ”を感じており、この度の報道はそうした気分の反映ともいえそうだ。「いったい、これまでの戦いは何だったのか?」「終わらせるチャンスはなかったのか?」との疑問への答えの模索である。


以下は「WELT」紙記事の概要だが、3月に「仮調印された」といわれる和平合意が発効しなかった背景事情を、主にウクライナ側の交渉当事者に語らせた内容となっている。プーチン氏は「合意を壊したのは、英国首相だったボリス・ジョンソン氏の介入だ」と非難しているが、その介入を受け入れさせる上でウクライナ側当事者たちが開戦以前、長きに渡って募らせてきたロシアに対する不信感の強さも影響しているだろうことが見てとれる(小見出しについては、原記事にあるものと共に、読者の理解を助けるだろうと筆者(篠原)が判断した範囲で追加した)。



「ウクライナとロシアは2022年3月に戦争の終結について交渉していた。当時、合意は現実的だったのだろうか。ーそして、プーチンが主張するように、その交渉は新たな協議の基礎となり得るのだろうか。キエフの調停者は、驚くべき平行線を指摘する」


「来月(5月)、スイスでハイレベルの国際サミットが開催される。ロシアは現在のところ招待されていない。ウクライナを支持する西側の最も重要な国々は、法の支配や国際規範をほとんど気にしないロシアのプーチン大統領と話す理由はほとんどないと考えている。一方、中国は、ロシアが代表として出席しないのであれば、出席しないと警告している。…ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、『計画されている会議について、キエフへの国際的な支援をさらに組織化し、できるだけ多くの発展途上国をその陣営に引き込むための西側の作戦だ』と述べた」



<「和平交渉へ前向き」姿勢をちらつかせるクレムリン>




「ロシアは常にそれほど否定的なわけではない。時折、クレムリンは和平交渉に前向きであることをちらつかせ、交渉による戦争終結の障害とならないようにしている。そしてモスクワは、ウクライナとその西側諸国の支持者こそが意固地なのだと示唆する。例えば、プーチン氏は年初、ボリス・ジョンソン前英首相を非難し、侵攻後数週間の和平交渉のチャンスを台無しにしたと非難した」


「この交渉は、2022年3月にトルコのエルドアン大統領の仲介で和平案がまとまったが、交渉は膠着状態に陥った。ブチャととイルピンでのロシアの残虐行為が明らかになる前に。…2週間前、ドミトリー・ぺスコフ大統領府報道官は、これらの交渉が新たな協議の基礎となる可能性があると述べた。一方で、『新しい現実』を反映したものでなければならないと脅し文句のように付け加えた」


「プーチン氏は、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領との会談でも同様の発言をしている。ロシアのメディアはプーチンの発言を引用し、2022年からの提案は新たな協議の出発点となるべきだと述べた」



<”幻の和平合意”文書を入手>




「『WELT』は、ドイツ語圏で最初に”幻の和平合意”文書を入手したメディアである。他の国際メディアも草案について報じている。しかしながら、当時、本当にこの和平が成立する可能性はあったのだろうか?」


「まず第一に、ウクライナは戦争の最初の数週間で、ロシア軍をキエフから押し戻すことに成功した。とはいえ、2022年3月に草案が交渉されたとき、ウクライナはまだ守勢にあった。キエフが自国の立場を維持できるかどうかは不透明だった。ウクライナはまた、西側の同盟国が自国を支援するかどうか、どのように支援するかもわからなかった」


「合意協定の要点は、ウクライナがNATOに加盟せず、『永世中立』を約束することだった。一方、キエフのEU加盟はこの文書では否定されていない。しかし、ウクライナは軍隊を大幅に削減しなければならず、クリミアは事実上ロシアの支配下に置かれたままとなる。クリミアの長期的な将来や占領地ドンバスの地位を含む領土問題は、プーチン氏とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が個人的に決定することにされていた。しかしながら、よく知られているように、そのような会談は行われなかった」



<「去勢国家 」としてのウクライナ>




「アメリカ、イギリス、中国、フランス、ロシアなどの外国勢力は、条約違反があった場合にウクライナの中立を守ることになっていた。国際政治学者のサミュエル・シャラップ氏とセルギ―・ラドチェンコ氏は、米『Foreign
Affairs』誌に寄稿した論文で和平案を分析した。彼らの見解では、紛争当事者がこのような草案で合意できたという事実は、『ウクライナもロシアも、この戦争を終わらせるために交渉や妥協をする気がないわけではない』ということを証明しているのだという」


「2022年3月の段階でプーチン氏がウクライナのEU加盟を受け入れる用意があったという事実は、同氏が2013年にウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ前大統領に対して圧力をかけ、EUとの連合協定を破棄させたことに鑑みると、『異常というほかないほどの姿勢転換』だ」



【画像③ ロシア連邦軍はウクライナ東部のハリコフ(ハルキウ)州で攻勢に出ている。西側の軍事情報筋で「同地のウクライナ守備軍に崩壊の兆候がある」と心配されている。昨日の戦闘で破壊、炎上中のウクライナ軍戦車T-64。】




「『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、『プーチンの平和への懲罰的条件』と題し、もっと暗い見方を示した。この時の和平案は、ウクライナを『去勢された国家』に変えてしまうだろう。この評価は、最近『WELT』のパートナーである出版社『Politico』に交渉について語ったウクライナ政府高官も共有している」




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