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発達障害の女の子と自閉症のイヌの話


女の子は小学4年生です。

周りのお友達が考えていることがよく分からず、
いっしょけんめいみんなに合わせて
振る舞おうとしてもどこかうまくいかなくて、
いつもひとりぼっちです。

女の子は、普通にしているつもりでも、
みんなと少し違うみたい。
発達障害というのだそうです。

ある日、女の子のおうちに子犬がやって来ました。

女の子は、すぐに子犬が好きになりました。
子犬のやわらかな毛並みをなでると、
とても幸せな気持ちになるのでした。

「わんがいればもうひとりじゃないね」

その子犬は、とても賢くて
お手もおすわりもトイレもすぐに覚えました。

でも、少し変わった子犬でした。

他の犬みたいに、ワン!とほえません。
たまーに鳴くときは
「あっ!あー!」と鳴きます。

犬はふつう、
嬉しいとしっぽをブンブン振りますが、
その子犬はしっぽもほとんど振りませんでした。

犬は人間よりも早く成長します。
みるみるおとなになったイヌは……

……

……

ふとした拍子に
突然キレて暴れるイヌになりました。

パニックを起こして、
何が何だかわからないまま、
女の子に噛みついてしまいます。

そして、そのたびに悲しそうな高い声で
「ハーーーン」と鳴くのです。

急に暴れて噛みついてくるので、
女の子はとても驚いて
大好きなイヌを嫌いになりかけました。

でも、
その悲しそうな鳴き声を何度も聞くうちに、
本当はイヌだって
噛んだり暴れたりしたくないんじゃないか
いっしょけんめい普通に振舞っているつもりなのに
うまくいかないんじゃないかと思いました。

「わんはたったひとりのほんとの友達だから
 暴れなくてもいいようにしてあげる」

女の子は、どうしたらイヌが
パニックを起こさなくなるのか
いっしょけんめい考えました。

そのために、
イヌがどういうときにパニックになるのか、
イヌがどんなことを嫌がるのか、
注意深く観察するようになりました。

しつこく撫でられたり
抱っこされるのが大嫌い。
いつもお水が置いてある場所にお水がないと
不安になるみたい。

散歩は好きなはずなのに、
なぜかときどき行きたがらない日があります。

大きなカラスが飛び立つ音にビクビク、
トラックが通り過ぎる大きな音も苦手です。
嬉しすぎても、悲しすぎても、パニックになって暴れます。

女の子は、イヌがいやがることや
パニックを起こしそうなパターンを考えて、
なるべくそれを避けられるように、
イヌがおちついて暮らせるように、
工夫をし始めました。

できるだけ静かな散歩道をえらび、
遊びやナデナデもイヌが興奮しすぎないよう
気をつけました。

散歩に行きたがらない日は、
無理に連れ出さないことにしました。
イヌにはイヌの都合があるのです。

なるべく刺激の少ない、
淡々とした穏やかな毎日を繰り返すうちに、
イヌがパニックを起こす回数が少しずつ減ってきて、

いつも誰からも見えないところで
小さくなって寝ていたイヌは、
だんだんと女の子の近くで
手足を伸ばして眠ることが多くなりました。

女の子は、イヌがいやがることを観察して
イヌがいやがることをしないよう
工夫したのと同じように

周りのお友達がいやがることを観察して
周りのお友達がいやがることを
なるべくしないようになりました。
みんながどんな時にどういう反応をするのか、
パターンを分析しはじめました。

人間の世界は、イヌよりもずっと複雑です。
最初はなかなか上手くいきませんでしたが、
少しずつ少しずつ
うまくいくパターンと経験が増えて、
女の子はだんだんと周りのルールを覚えました。


それから10年経って、


女の子はおとなに、
イヌはおばあさんになりました。

イヌはすっかり落ち着いて、

老犬なのに、
まるで甘えんぼうのあかちゃんのようです。

大人になった女の子は、
普通にしているつもりでも、
やっぱり周りのみんなとは少し違うみたい。

でも、少しずつみんなに合わせたり、
みんなと同じようにできないときは
できなくてごめんねって言ったり、
困ったときは人に頼ったりできるようになって、

ちょっと変わってるけどいい子だよね、と
助けてくれる人や、友達ができました。

女の子はもう、
ひとりぼっちではなくなりました。

イヌは安心したように、
眠ったまま静かに死にました。





文:ヒツジ 絵:マンモン

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 この小さなお話のために絵を描いてくれたマンモンに感謝をこめて。



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