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#534 芸人のテレビ離れから考える職場の多様性

 私が中高生時代は空前の漫才ブーム。M-1が国民的行事となっていたころ。2007年のオードリーの敗者復活からの大躍進と、翌年のサンドイッチマンの敗者復活からの大会制覇の衝撃は、今でも私の脳裏に焼きついています。

 M-1はテレビ進出への登竜門。M-1をとったコンビは、翌朝の情報番組出演をきっかけにほぼ一年間休みがなくなる。自身が憧れていたテレビに出られる権利と引き換えに、自分の精神を知らずしらずのうちにすり減らしていく。

 テレビという媒体が、芸人の憧れであった時代。それはテレビという強者が、テレビにでたいという気持ちを煽ることによって、芸人という資本を必要以上に消費することがあったのだと思います。

『令和ロマン・高比良くるまが「テレビは基本的に出ない」持論に「英断」と讃える反応が出るナットク理由』という記事を見つけました。

 

2023年(昨年)のM-1を制した令和ロマンの高比良くるまさんは、あえてテレビへの露出を控えるようにしていると言います。

 「もともとテレビにあこがれがあった世代という正しい動機があるから挑むべきであって、ボクらの世代がそれを同じ文脈で食らいついたとしてもウソになるわけですよね」とも語ったものだ。さらに続けて、「(テレビを)オレたちは好きなだけ。『恋』と『愛』(の違い)ですよ。恋してますけど、愛してないから」

 とその理由を語っています。

 それは芸人の「職場の多様化」が、理由にあるのではないかと個人的には考えている。前述したように、以前は芸人さんが世間一般に活躍する場として「テレビ」の存在は非常に大きく、それはまさに一強。ですが、今はSNSなどを通じて自分がやりたいコンテンツを届けることができる。職場が多様化することによって、テレビへの独占が終わりを告げ、そこにこだわることが必要でなくなったと言えるでしょう。

 記事の中では、高比良氏が、あるテレビ番組に出演した際に、その企画内容に苦言を呈したと書いてありました。

 テレビにこだわりがないからこそ、企画に批判的でいられる。それはテレビというメディアの質を高めることにも繋がるし、出演者自身の尊厳を守ることにも繋がります。

多様性というのは、ある1つの絶対的な価値基準に一石を投じる力がある。そんなことを思います。


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