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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第35話

第35話 饅頭子

 三人の魔法使いと小鬼のレイ、そして鬼のダルデマ。
 三人の魔法使いとは、レイオル、ライリイ、ケイトである。
 剣士アルーンと元精霊のルミを除いたその五名は、朝露に濡れる下草を踏みしめ進む。

「皆は眠っていてよい。我ら魔法使い三名で、饅頭怪物の居場所を掴む」

 初め、レイオルの提言で、魔法使い三人の「早朝饅頭怪物捜索チーム」が組まれようとしていた。
 それは、昨晩の「即席宴」もそろそろお開きにしようかといったときだった。

「俺らは行かなくていいのか?」

 そのとき、杯をいったんお膳に置いた剣士アルーンが尋ねていたが、レイオルの答えは、

「明日の早朝、温泉の源泉に行って、饅頭怪物のおおよその居場所を調べるだけだ。実際の出発と捜索は、宿屋を出てからだから、皆は付いてこなくて大丈夫だ。そんなわけで、朝食の時間までゆっくり休め」

 とのことだった。朝食前には戻れる、とレイオルとライリイはうなずき合う。ただ、ケイトが、

「だいぶ昔の話みたいだし、怪物が掘ったという源泉に行っても、なにかわかるかなあ?」

 と少々自信がないようだった。

「大丈夫。お嬢さん。プロが三人揃えば、大抵のことはなんとかなるものさ」

 とはライリイの弁。杯を掲げ、低く笑い声をたてていた。少々酔っているようだった。
 レイが早朝探索メンバーに参加することになったいきさつは、

「俺は、レイオルと一緒だから! いつもレイオルと一緒に行動するのでありまあす!」

 と、手にしたミルクをぐびっと飲み干してから、挙手していたからだ。

「小鬼のおぼっちゃん。ミルクで酔ったのかな?」

 とライリイにからかわれるも、

「俺は、『律儀』なんです!」

 と、胸を張った。
 レイは、謎の言葉「律儀」を、今も誇りに思っていた。
 そして、鬼のダルデマが同行することになった理由は、

「源泉は、強い自然エネルギーの場所。エネルギー充填のため、ぜひ俺も行きたい」

 という本人の要望からだった。
 温泉の源泉は、三人の魔法使いの能力で、旅館の者に訊かなくても容易に辿り着くことができた。
 辺りは湯気に包まれ、硫黄の匂いが立ち込めている。

「うわあ。ぼこぼこいってるねえ!」

 地底から勢いよく湧きだす様子の湯。自然の凄まじいエネルギーに、レイは目を丸くした。

 俺の小鬼力こおにりょくも、高まっちゃう感じ……!

 付いて来てよかった、と思った。ダルデマとレイは、うなずき合い笑顔を交わしていた。

「ここが、饅頭怪物の最後の足取り。では、ここからやつの行方を探る。それぞれ、探索の魔法の術は異なるだろうから、ここは私が主導をとる。二人には、私のやりかたに力を添える、私の探索を強化する方向でお願いしたい」

 レイオルが、ライリイとケイトに提案した。

「もちろん」

「ええ。私の力が役立つなら」

 ライリイとケイトはうなずく。
 それから、レイオル、ライリイ、ケイトはそれぞれの手を取り合い、円陣を組むような形をとった。
 魔法使いの三人は、瞳を閉じた。やがてレイオルが呪文を唱える。

「この地を掘り、大地の熱き息吹を掘り出したる者。この地を飛び去り、いずこへ向かうか。我は望む、そして見るだろう、偉大なる力を持つその者の今を。レイオル、ライリイ、ケイト、三名の力により、答えを得ることを欲す――」

 さあっ、と風が吹いた。たちこめる湯気が、嘘のように消えていた。それと同時に源泉の湧きたつ音が静まり、高温の湯は鏡面のように凪いだ。

「あっ……!」

 レイは絶句する。大きな池のような温泉が、なにかを映し出していた。

「わあ、大きな地図みたい……!」

 湯の表面に、アルーンがいつも広げている地図のようなものが見えていた。そして、その地図の中には、点のような印が二つあった。

「二つの点は現在地と、饅頭怪物のいる場所だ。だが――」

 レイオルの声に、ため息が混じる。

「彼は、もう――」

「えっ、レイオル? どうしたの?」

 二つの点のうちの片方は、淡くくすんだ色だった。

「この世にいない」

「えっ!?」

「もう、いないんだ――」

 この源泉を掘った饅頭怪物は、とうに寿命を迎えてしまったとのことだった。

 ザン……!

 地面になにかを突き立てたような音がした。レイは、すぐさま音のほうを見た。ライリイだった。ライリイの手には、いつの間にか赤く長い槍のようなものが握られていた。ライリイが、槍の先を大地に突き立てていたのだ。

 もしかして、あの槍、レイオルの不思議な剣みたいに、空中から出したの……?

 レイが驚きライリイを見上げていると、ライリイは笑みを浮かべる。

「子が、いるかもしれない。饅頭怪物の。そいつを探してみようじゃないか」

「探すって、どうやって!?」

 ケイトが尋ねる。気配の痕跡を辿った饅頭怪物本人ではなく、その子を探すなんて、見当もつかない、さすがに不可能ではないかとケイトは主張した。

「あの地図の印。そこを起点にして探る。血を。今を生きる、血脈を探る」

 そう言い終える前に、素早くライリイは槍を引き抜き、鋭い槍の刃の側面で自らの腕を切り裂いた。

「ライリイ!」

 レイとケイトは同時に叫んでいた。レイオルとダルデマは、黙ってライリイの次の言動を見守る。

「これは私の魔術。黒い技法だ。レイオル、ケイト。私の補佐を頼む。その方法は、私の術を補強するような念を送るだけでいい」

 腕から血を噴出させつつ、鋭い笑みを浮かべ、ライリイはそう述べた。

「心得た」

 レイオルがうなずく。ケイトは青ざめながら、動じる様子もないレイオルにならい、大急ぎで同意するしかなかった。
 ライリイは、地図が浮かんだままの源泉に向かって、べったりと己の血の付着した槍を振り下ろした。
 そして、呪文を叫んだ。

「かの地に没した偉大な怪物の血よ……! 今なお続く熱き血脈を教え給え、我が黒き血に応じよ……!」

 あっ……!

 レイは息をのむ。ライリイの腕から噴き出し続ける血が、引っ張られるように腕からまっすぐ源泉へと向かって行く。
 源泉の上に浮かぶ地図上に、ライリイの血で赤く染められた、新たな点ができていた。

「生きている……! 饅頭怪物の子か孫がいるのは、あの場所だ……!」

 ライリイが、肩で息をしながら叫んでいた。

「ライリイ……! 大丈夫なの!?」

 ケイトがライリイの腕を止血しようと急いだ。

「ああ。今度はお嬢さんの出番だ。お嬢さんは、治癒の魔法の名手と見たよ」

 ライリイの手から忽然と槍は消え、同時にライリイはその場に倒れ込みそうになる。ケイト、レイオル、ダルデマがそれぞれ支えようとしたので、なんとか倒れずには済んだが。
 大量の出血と、強い術を行使した激しい疲労で、ライリイは立っていられなくなったようだ。

「ライリイ。無茶をする――」

 ケイトがライリイに治癒の魔法をかけている横で、レイオルが声をかける。

「まあ、今回手掛かりがなさすぎた。捜索の難易度に応じて、犠牲も大きくなるのは仕方ないことさ」

 ライリイは、ケイトに微笑みかける。

「ありがとう。ケイト。あなたは、立派な魔法医にもなれるよ」

 ケイトは、念や魔法の行使で疲れたのか、ちょっぴりため息をついてから、ライリイに笑みを返した。

「私。実は星聴きにもなりたいの。ちょっと欲張りかな……?」

「ああ。なれるさ。君たちは、未来を続けるために、旅をしているんだろう……?」

 レイオルとケイトは顔を見合わせ、そして笑った。

「ええ……! ずっと先まで、この世界を、この世界にいる皆を――、そして私を、続けていきたいの……!」

 ダルデマが、ライリイを背負った。歩けないわけではないが、強い魔法の行使による心身の疲労はまだ残っているため、ダルデマの厚意に甘えることにした。

「次の目的地は、饅頭怪物の子孫のいる場所だな」

「饅頭怪物の子孫も、饅頭好きかな?」

「好きだろう。実際うまいし。それに、念のため饅頭には魔法もかける。それできっと、我々に従うはず」

「そういえば、お団子を使って動物たちを旅のお供にするという物語、どこかで聞いたことがある」

「うまい団子。食ってみたいなあ」

 などと口々に話しながら旅館へと歩いていく。
 レイオルの隣を歩きながら、レイはふと空を見上げていた。いつの間にか空はすっかり明るくなっていた。

 レイオルの呪文。ライリイの呪文。それから、ケイトの治癒の魔法。

 そういえば、と思う。

 レイオルが空に隠した、角笛を取り出す呪文、どんな言葉なんだろう……?

 そのときまで、わからない。でも、大切なそのとき、うまくできるだろうか、レイはちょっぴり心配になった。

 でも――。

 空に広がる、青の色。地平線に登る、金色とオレンジ色、あたたかな光。

 まるで空のどこかに、レイオルのお手紙があるみたい。

 責任感に背筋が伸びる思いだったが、わくわくもしていた。



 宿屋には、宣言通り朝食前に着いていた。

「ふうん。この辺りに、饅頭怪物の子孫がいるのかあ」

 改めて、アルーンの地図で場所を確認する。そして話し合った。

「意外にも、そんなに離れてはいない」

 アルーンの地図で見ると、饅頭怪物の子孫がいる場所は、それほど遠くない山だった。

「饅頭怪物は、初め村を襲いに来たらしいけど、今、饅頭怪物子孫は、なにを食べてるんだろう」

「饅頭を喜んで食べ、お礼に温泉まで掘った。もともと人間を襲う怪物ではないのだろう」

「村を襲ったのは、森の食べ物がその年不作だったのかもしれない」

 この宿の従業員やこの宿を訪れる旅人の話などに、それらしき怪物の話がないことから、饅頭怪物本人もその子孫も、自然の中でひっそりと暮らしていたのだろうと思えた。

「よし。全饅頭に魔法をかけた。それでは、いざ、饅頭子のいる場所へ……!」

 レイオルの掛け声で、宿を出発する。饅頭怪物の子孫は、いつの間にかレイオルの脳内で「饅頭子」、略してそんな名称になっていた。
 皆に付いて荷車を引くライリイが、そのネーミングに爆笑したのは、言うまでもない。

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