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【アメリカ文学】ポール・オースターが死んだ。

オースターが死んだ。

あの、アメリカの、
誰よりも、物語の
未来や可能性について
信じていた一人の作家が、
とうとうこの世から消えた。
77歳だったという。

唐突な知らせに、
新聞を見ながら、
私はふっと息を呑んだ。

まだまだ、何作か、
書いてくれると思っていたから。

思えば、
30数年前の大学4年の時まで、
まだオースターを知らなかった。
サークルにいた、
何でも機を見るに敏な仲間がいて、
彼がオースターの存在を
教えてくれた。

カフカのような神秘さと
プルーストみたいなシュールさが
奇妙にブレンドされつつ、
文学的な正統派を備えた、
多様さが、私にはちょっと
近づきにくかった。

90年代前半は、
オースターを読んでいる人と
オースターを知らない人で、
分けられていたような気がする。
無論、私は知らない方だった。

デビュー作『ガラスの街』を含む
ニューヨーク三部作
(『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』)は
日本の、それも太宰治や坂口安吾ら、
死ぬだの生きるだのばかりに
視野を奪われた野暮な私には、
その20世紀文学の果実について、
あまり馴染めない人だった。

それから、しばらくして、
おそらくオースターで
もっともポピュラーな作品
『ムーン・パレス』で
初めて私もそのカラフルな世界に
馴染むことができるようになった。
前途洋々な未来などはなく、
虚しさとあてのなさにもがく青年が、
周囲の人たちとの出会いから
生きることを受け入れていく、
ざっくりいったら、
そんな感じの物語ですが、
そこには、ありがちな生き辛さとか
癒やしとかは感じられない。
そこが「オースター宮殿」の
深さや大きさや遊び感覚の凄さだ。

そんなオースターは
ほとんどが、
柴田元幸さんが翻訳し、
ほとんどが新潮文庫から出てるけど、
個人的には、
中編短編のエッセイや論考を
まとめた『トゥルー・ストーリーズ』
という文庫がいちばん好きでした。

私が好きになると、
絶版になってしまう?
なんだか疫病神みたいですが(汗)、
この『トゥルー・ストーリーズ』も
例にはもれず、やはり
現在は絶版になっている(汗)。

この本には、
オースターの創作や借金や
離婚や出会いなどについて
すっかり赤裸々に語られていて、
この本を読むことで、
正統派、かつ、どこか神秘的な
オースターの世界について
理解するきっかけを
もらえた気がしたんですね。

そういえば、
いつも柴田元幸さんの翻訳を通して
オースターの作品はずっと
日本に紹介されてきた。

レイモンド・カーヴァーが
常に村上春樹の言葉を通して
語られ、紹介されてきたように、
ポール・オースターは
柴田元幸さんの言葉を通して
語られ、広まってきた。
いちばん、オースターの死去に
ショックを受けているのは、
きっと柴田元幸さんにちがいない。

まだ未訳の晩年作が
何冊もあるらしい。
柴田さんがその果実を
日本に紹介してくれることを
祈るばかり。

とはいえ、翻訳という仕事は
1冊訳すだけでも、
神経はめちゃくちゃ消耗する。
柴田さんも思えば、 
それなりに高齢ではあるから、
未訳のオースター本を全て
翻訳できるかどうか…。
柴田さんもおそらく、
どれを訳すか、どれを訳さないか、
頭を悩ませているかもしれない。

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