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【連載小説】惣菜屋 日出子の事件簿 第3話

 「ちょ、ちょっと、ここでは人目もあるしまずいので…。」
と涼さん。
「じゃあ、あそこの公園に行きましょ。」
私は、予備校の前の道を挟んだ公園を指さしました。

 「さあ、ここなら大丈夫でしょう。」
大きな噴水がある広場のベンチに、私とエミちゃんに挟まれる形で涼さんは座りました。
「涼、何か知ってるん?正直に言って。」
とエミちゃん。
「あ、うん…。」
「私を不安にさせへんって言ってたやろ?」
「わかった。今から俺が言うことは警察にも話してない内容や。」

 先ほどまで水音がしていた噴水は午後9時になり止まりました。
あたりはしんとしています。
「この前エミと喧嘩した内容あったやろ。予備校の生徒が二人俺の家に来たって話。あれ、実は立花さんと田所さんやねん。」
涼さんは重い口を開き始めました。
「田所さんて、満里奈?」
エミちゃんが驚いています。
「そう。」
なんてことでしょう。
涼さんも巻き込まれてしまっているのでしょうか。
「あの日、予備校で二人に相談したいことがあるって声を掛けられて、校内では話できない内容やって言うねん。立花さんは進藤先生と一緒に暮らしてるようなもんやったし、田所さんは実家住まいやし、しゃーないから俺の家に来てもらってん。」
「相談って、なんだったんですか?」
と私は聞きます。
「田所さんはストーカー被害に合ってたんです。最初、そのことを立花さんに相談したらしんですが、そのストーカー犯が、まさかの進藤先生やとわかって、立花さんは動揺してしまって…。」
私もエミちゃんも驚きました。
「まじで?進藤先生サイテーやな!」
エミちゃんは怒りを抑えられない様子です。
「俺は進藤先生と立花さんが付き合っていることは知ってたし、立花さんも俺だけが二人の関係を知ってることを進藤先生から聞いていました。だから俺のとこに来たんやと思います。」
「そうやったんですね。」
私は涼さんが不憫に思いました。
「俺も進藤先生が田所さんにストーカーしてるなんてびっくりしたし、立花さんの立場も考えなあかんし、その時は警察に相談しようとしか言えませんでした。そして田所さんは警察にストーカー被害の相談に行ったんです。」
「立花さんは、ストーカー犯の進藤先生にはどうしたのでしょう?」
「次の日に立花さんが、進藤先生が田所さんをストーカーしている証拠見つけたって、俺に言ってきました。田所さんからは、警察に相談に行ったけど、被害がない以上、警察は動かれへんって言われたと聞きました。」
立花さんは、どんな気持ちでいるのでしょうか。
生徒をストーカーしているのが自分の彼氏だなんて、私には考えられません
でした。
「満里奈はなんで一時的に行方不明になったんやろう。」
エミちゃんが聞きます。
「それからどうなったかは俺にもわからん。田所さんが行方不明になった日もストーカー犯の進藤先生は予備校に来てるし、証拠を見つけた立花さんは休んでるし。俺は進藤先生と立花さんが今回のストーカーの件で別れたんやと思ってた。だから立花さんが休んでるのは、単に進藤先生に会いたくないからやって思ってたんや。」
涼さんは自分を責めるかのように言いました。

 ピコーン!
「…ほな、立花さんのとこへ行ってみよう。進藤先生とはどうなったのか、聞きに行こう。」
と私が言うと、エミちゃんが、
「まって、日出子さん。この免許証に書いてある住所見て。」
と言います。
どうしたと思い、免許証の住所欄を見ると、
「え、ここから遠いやん。」
そうなのです。
立花さんはいつも自転車でお店にくるので、近くにお住まいだと思っておりましたが、住所を見ると、2駅となりの住所でした。
 あれ、そういえば、最近は自転車でお越しになってないわ。
ということは、店まで電車で行き来していたってことでしょうか?
なぜそんな面倒なことをしたのでしょう。
「進藤先生の家は、予備校から少し離れたところにあるマンションやったから立花さんと進藤先生は、ほぼ同棲状態やったんや。だから立花さんのほんまの住所は、その免許証に書いてあるところちゃうか。」
と涼さんが言います。
なるほど、だから進藤先生の所に行くときは自転車だったのですね。

 そこへ、
「車で連れて行ったろか?」
いきなり後方から山畑さんの登場です!
「え?ほんまですか?」
私は驚いてしまいました。
「ええよ、今日はもう終わったから。ごめんな、後ろで話し全部聞いてしもた。」
ここは車をお願いした方が早そうです。
「ありがとう!山畑さん!!」
私とエミちゃんと涼さんは、山畑さんの車に乗り、立花さんの家へ向かいました。

 立花さんの家は、駅から坂道を上がった高台にあるマンションでした。
まずは、私がオートロックの呼び出しを押すことにします。
部屋番号を入力し、呼び出し音が鳴りました。
しばらくして、
「はい。」
と返事がありました。
「夜分にすみません。かもめ屋の店主です。落とし物をされていたので、お届けに参りました。」
と私が言うと、
「えー?本当ですか?すぐ開けますね!!」
と立花さんであろう、声が返ってきました。

 自動ドアが開き、3人で中に入ります。
山畑さんは車で待機をしてもらいました。
302号室の前まで行き、エミちゃんと涼さんには、玄関内から見えない位置に居てもらいました。

 すぐに立花さんが出てきました。
「あー!かもめ屋さん!こんな時間に申し訳ありません!!」
立花さんは申し訳なさそうに頭を下げました。
「いえ、こちらこそ。カードケースだったので落とし主を知るために、失礼ですが中を拝見させていただきました。ごめんなさいね。」
「そんな、私こそ、落としたことに気づいていなかったです。助かりました!」
そんな会話をしながら、私は玄関を見ます。

 ブルーの花柄のサンダルがありました。
失礼ながら、立花さんには似つかわしくないデザインです。

ピコーン!
「あの、このブルーのサンダルは、あなたのもの?」
「え、サンダル?…あ、ああ、これは妹のものです。」
「そうなんですか。」
「はい。なんか、おかしいですか?」

 ここまできて、私の不信感を解消する突破口が見つかりません。
どうしようか、と思っていたら、
「立花さん!」
ブルーのサンダルと聞いて、涼さんとエミちゃんが入ってくれました。
「え、二人してどうしたの?」
立花さんが慌てます。
「私、そのサンダルを満里奈が履いていたのを知っています!」
とエミちゃん。
「立花さん…もしかして、満里奈さんはここにいますか?」
と私が聞くと、
「ちょっと何を言ってるの!」
立花さんがやめてと言うように、私たちを閉め出そうとします。

 すると、奥の部屋の扉が開きました。
「立花さん!もういいよ!」
そう言って出てきたのは、田所満里奈さんでした。
「満里奈!」
エミちゃんはすぐに部屋に入り込み、満里奈さんを抱きしめました。
立花さんは下を向いたままです。
「立花さん、ちょっと、入らせてもらっていいですか?」
涼さんはそう言って、私に目配せをし、二人で立花さんの部屋に入りました。

 リビングのソファに私たち3人は座りました。
テーブルをはさんで対面に、立花さんと満里奈さんが絨毯敷きの床に座ります。
「ごめんなさい。」
満里奈さんが謝ります。
「どうしてここに田所さんがいるんですか?」
涼さんは、立花さんの方に目を向けて聞きます。

立花さんは目線を下に向けたまま話始めました。
「涼先生に相談しに行った日、その後私は進藤先生の家に行きました。
その日は先に進藤先生が帰っていて、私を迎え入れると、彼はすぐにお風呂に入ったんです。進藤先生がストーカーやなんて信じたくなかったけど、田所さんの言っていることも嘘やとは思われへん。なので、進藤先生がお風呂に入ってる間に、ストーカーをしている証拠を見つけようと思い、ひとまず彼のスマホをみようと思ったんです。けどロックがかかっていて、見ることはできませんでした。証拠を探すなんて無理かと思って、仕方なくバスタオルとスウェットを取りに彼の部屋に行ったんです。その時、部屋にあったノートパソコンに電源が入っていたことに気づきました。きっと、私が来たので慌てたのか、ロックもされていなくて、マウスを動かすと画面が明るくなりました。そこには、複数の写真がありました。…全て…田所さんの写真でした。」
 ああ、最悪です…。
こんな事態に淡々とお話しする立花さん。
彼女の心痛は測りきれないでしょう。
「その写真は、田所さんを隠し撮りしているものでした。それに別のフォルダをみると、そこには日記のように、田所さんの行動が時系列で書かれてあるメモがありました。私は、彼がストーカー犯だと確信しました。証拠となるそのデータは、急いで私の自宅のPCに送りました。」
「進藤先生には聞いたんですか?」
と涼さんが聞きます。
「ええ。彼には、ノートパソコンのデータを見たとは言わず”田所さんがあなたからストーカー被害を受けているという相談をされた”と言いました。彼は当然白を切りましたが、私は”以前、あなたが田所さんを追いまわしているところをみた”と嘘の証拠を言い問い詰めました。私のPCに証拠は送りましたが、そのことを言うと証拠を消されると思ったからです。すると彼は怒り狂ってしまい”もう別れよう、そんな女だとは思わなかった、出ていけ”と言いました。」
「サイテー…。」
とエミちゃんが言います。
「私は悲しさよりも、こんな人を愛してた自分に情けなくなってしまいました。私は彼の言いなりでしたし、何があっても歯向かわない女だと思われていたんでしょう。私は進藤先生から田所さんを助けなあかんと思いました。きっと、私が彼から田所さんを助けるということで、彼への悔しい思いを晴らそうとしてまったんやと思います。」
復讐心でしょうか、女心は複雑です…。
「おまけに彼を問い詰めた時、長期出張だと嘘をついて、私を彼の家に来させないようにしていたことがわかったんです。その間に彼が何を企んでいるか、私は安易に想像出来ました。そしてこの場に及んでも、進藤先生はストーカーを止めないのだ思いました。このままでは、田所さんに被害が及ぶのは確実です。そこで私は予備校に向かう田所さんに声を掛けて、彼女を説得するのに時間がかかりましたが、私の家に避難させました。すると田所さんは実家住まいで、両親にはストーカ被害に合っていることを言っていないというのです。それを聞いてすぐに、私は田所さんのご両親には連絡を入れました。ですが、連絡をするのが遅かったので、ご両親は連絡がとれない田所さんを心配して、すでに捜索願を出した言いました。」
「両親には言えなかったんです。私浪人してるし、これ以上心配かけられへんと思って。」
満里奈さんが泣き出します。
「私が田所さんのご両親にストーカー被害のことを伝えると、ご両親の怒りは相当なものでした。ですがすぐに冷静さを取り戻して、ご両親は、捜索願は取り下げるが、私に田所さんをかくまっていてほしいと仰いました。その間にストーカーの証拠を押さえて、進藤先生を捕まえると言い出したんです。」
すばらしい。
そのご両親の考えに、妙に賛同してしまう私でした。
「でもまさか、かもめ屋さんに突かれるとは思いませんでした。注文するお惣菜から、彼がいないとか、早い時間にご飯ものを買ったら、仕事は休みか、とか、妹がいるから冷凍保存できるものを選んでたんですね、とか、鋭いご質問をされるんですもん。」
「そりゃ、お得意様ですからね。それに最近は徒歩で来られてたでしょう。このご自宅からなら、自転車ってわけにはいかないですよね。」
私は得意げに言ってしまいました。
「はあ、さすがです。」
とため息をつく立花さん。
「田所さんのご両親は、進藤先生のストーカーの証拠を見つけると言っていましたが、すでに証拠は立花さんが持っていますよね。」
「そうです、そのこともご両親に伝えました。ですが、逮捕につながる証拠には薄いと言われました。それに、進藤先生は田所さんが一時的に行方不明になったことで、進藤先生の他にも田所さんを狙っている人がいるのではないかと思うだろう、そうなれば進藤先生が無茶な行動に出るのではないか、と言いました。実際、進藤先生は思い通りにならないと気が済まないところがありますから。」
「わーヤバいヤツやん。」
とエミちゃん。
「ほんまに、ヤバい人やわ。」
と立花さん。
 この時、私が進藤先生へ向けた感情は、なんて言ったらいいのでしょう。
むなしい、とか、かわいそうな人、でしょうか。
そこへ立花さんのスマホが鳴りました。
「あ、田所さんのご両親からです。」
直ぐに電話に出る立花さん。
「はい、立花です。はい、はい。ちょっと、待ってくださいね。スピーカーにしますから、満里奈さんにも伝わる様に言ってください。」
そういうと、立花さんはスマホをテーブルに置き、スピーカー設定にした。
「満里奈か?聞こえてるか?」
「うん、お父さん、聞こえてるよ。」
「満里奈、お父さんはつかまえたで!犯人を!進藤を!」
「ええええ?」
立花さんと田所さん以外のメンバーは声を出さずに驚きます。
「進藤がお前の部屋に入ってきたんや。裏庭に置いてあるゴミ箱を台にして、ベランダから這い上って満里奈の部屋に入ったんや。住居侵入罪や。」
「お父さん、捕まえたってどういうこと?大丈夫なの?」
「お父さん一人でじゃないで。山畑と一緒に捕まえたんや。」
山畑?
山畑さんとは?
「日出子さん、おるんやろ?俺や、山畑や。」
は?
あの警備員さんの山畑さん???
「なんで?車で待機してたんちゃうの?」
「俺な実は田所とは高校の同級生やねん。で、警察から呼ばれた日に行方伊不明になった予備校生は、あの田所の娘さんて言うやん。予備校を守る警備員としては黙ってられへん。さっき日出子さんと別れた後、なんか胸騒ぎがして田所の家に向かったら、進藤先生が丁度ベランダから娘さんの部屋に入るとこやってん!!俺スマホで写真撮ったで!!動かぬ証拠やで!!とっ捕まえたったわ!」
なんてナイスなタイミングを持った方でしょう。
ご両親は既に警察に連絡をしており、まもなく来るだろうとのこと。
「田所さん、家に戻れるね。」
と立花さんが言います。
「ありがとうございました。立花さん、皆さん。」
満里奈さんは泣きながら私たちに頭を下げました。
そして私たちは、満里奈さんを家まで送ることにしました。

 私が「かもめ屋」に戻ったのは午前0時。
智樹が鬼の形相で迎えてくれました。
「落とし物の主は、山奥にでも住んでる人なんか。」
「ごめんな!ほんまにごめん!時給払うから、許して!」
智樹と店番を交代し、あー疲れたと思いましたが、爽快感もあり、私は少々興奮気味で朝を迎えました。

 2月9日 午前7時。
店のシャッターを閉め、自宅に戻ります。
何時ものように、お惣菜の残り物で朝ごはんの準備をし、
夫と智樹を起こします。
 朝刊には間に合わなかったようですが、地方局のニュースでは、今回の事件をとりあげておりました。
「有名大手予備校講師、ストーカー、住居侵入罪で逮捕」
といったタイトルだったかしら。
「進英予備校」の名が出なかったのは、働いている人からしては幸いですが、大体地元の人ならわかりますけどね。
 「お母さん、昨日はなんや深夜まで忘れ物を届けに行ったんやって?」
と夫。
「そうや、それも持ち主は超山奥に住んでるらしいわ。」
と智樹。
「そうやー。大変やったけど、助かりましたーって言ってくれたから、行っって良かったわ。」
と私。
「そりゃ、カードケースやったら大騒ぎや。」
「まあ、そうやな、クレカとか入ってたりしたらあせるわ。」
夫と智樹が言います。
「予備校講師がストーカーに住居侵入までする世の中や。山奥までカードケース届けたお母さんは立派やで。」
「ほんまな。」
続けて夫と智樹が言います。
「ほんまにそう思てるん?ありがとさーん。」
私がそう言うと、フンっと二人が笑います。

 今日、夫は有給ですが、智樹は仕事です。
智樹を送り出したあと、夫とコーヒーを飲んでいました。
「お母さんの布団敷いといたから、ゆっくり寝えな。」
「ほんまに?ありがとう。お父さん。」
夫は休みの日になると家事をしてくれます。
「じゃ、寝るわ。お父さんおやすみー。」

そう言って寝室に向かう私の背に
「あんまり無茶するなよ。」
と夫が言います。
ピコーン…。
何か感づいてる?と思いましたが、
「大丈夫。私にはお父さんと智樹がおるし。」
そう言って私は寝室に入りました。




















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