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何を売るのか

前に予告したとおり、今回は「何を売るか」について書きます。わたしたちは自分で作ったソフトウェアを売るわけですから、「何を売るか」とはすなわち「何を作るか」とほぼ同じ意味です。実際には売るのは製品そのものではなくて、サポートとかその他もろもろの付加価値を付けて初めて売り物になるわけですが、それでも作った製品が主役であることに間違いはありません。

売り物になるソフトウェアを作るのはまあまあ大変な作業です。クローバ PAGEは最初のリリースまでに開発に1年半かかっていて、当然その間は収入がありませんでした。1年半という期間は何を作るかにもよりますが、決して長いほうではありません。前にも書いたようにサブスクリプション型のWebサービスでは、リリースしてから売り上げがついてくるまでにも、それなりに時間がかかります。そんなこんなで3年くらいはあっという間に過ぎてしまいます。

少なくとも3年間は貴重な時間と労力とお金を注ぎ込むわけですから、何を作るかは前もって慎重に検討しておきたいですよね。もちろん完全に予測することはできないので、あとになってこうしておけばよかったなと思うことはあります。わたしもリリース間もない頃などは、お客さんがまったく使ってくれなくて、やべえ完全に間違ったものを作ってしまったと絶望に襲われたことが何度もあります。一時期リーン開発といって、試作品を顧客に見せて反応を見ながら作るものを調整していきましょうみたいな手法が流行りましたが、顧客に未完成のものを見せても、有益なフィードバックをもらえたりはしません。せいぜいアイコンがきれいだねとか文字がでかいねとか、全然好みじゃない、ターゲットはだれなの?(この質問マジでいらないです)といったくらいのものです。作っているものがなにかのコピー製品であれば、すこしはましなフィードバックがもらえるかもしれません。少しでも新しいものを作っている自覚があるのであれば、完成するまで自分が作っているものを評価できる人など誰もいないことを覚悟しないといけません。このへんの話は前にもブログで書きました。

何を作って売るか、実際に作る前によく考えないといけないことはわかりました。じゃあひとりで、できるだけ長く収入を得ていけるために何を作ればいいのか。乱暴にいうと、作ってみるまでわからないのだから好きなものを作ればいい、です。がやっぱりなるべく失敗はしたくないと思うので、よくある失敗例を挙げてみます。一番おすすめしないのは、個人開発でコンシューマー向けの無料サービスを作ってしまうことです。それなりに知識があると、なんとなくインスタくらいなら自分でも作れるぜ! と思うかもしれません。実際似たような機能を持つSNSを作れる人もいるでしょう。無料でもユーザーが増えたら広告収入でがっぽり儲かるかも。いや冷静になってください。そのSNSは友達を誘って100人で使うなら動くかもしれませんが、100万人のユーザーに使ってもらうのに必要なマーケティング費用とサーバー費用を考えると、それはもはや個人でやる領域ではありません。もしかしたらうまくいきそうな頃合いを見て売却することを考えているかもしれませんが、サービスを長く続けるというこの話の趣旨から外れますので触れないことにします。

なので、マネタイズはあとで考えるとか悠長なことは言わずに、やっぱりここは利用者からきっちり対価をいただくことを商売の基本として考えるべきです。もちろん広告など、そうでない形態も否定しませんが、外部の影響を受けやすいので長く継続するには不利という考えです。

ほかの条件をいくつか挙げてみます。まずひとりかもしくはごく少人数で作れること。自分たちで作ったサービスを売るのが大原則なのですから自ずとそうなります。どこかで仕入れてきたものより焼き立てのパンを食べたいですよね? 開発を外注するとコストが跳ね上がりますし、何より差別化が難しくなりますから、内製は必須です。今持っている技術で作れるかどうかは問題ではないです。なんとかして作れるように頑張りましょう。もし人に真似のできない特別な技術をもっているのであれば、大きなアドバンテージになるので有効活用しましょう。

それから、運用コストが極力かからないものを作ること。運用コストとひと言でいっても、なかなか広い範囲を含みますが、まずサービスを運営するために費用がかかりますよね。うちもAWSとかに毎月支払っています。これがリリースしてお金を払ってくれる顧客もいないのに、毎月うん十万かかるとかだと、最初からもうアウトって感じがします。そんな複雑もしくは大規模なインフラが必要なサービスはそもそもの固定費に加えて、それを維持するための人的コストがかかります。はい、これでもうNetflixやYouTubeを作る選択肢はなくなりました。Kubernetesのことはしばらく忘れて、EC2のチューニングのことを考えてください。

人的な運用コストといえば、Webサービスには無料で利用できる、フリーミアムと呼ばれるタイプのものがあります。クローバ PAGEも機能は制限されますが、無料で利用することができます。無料で利用させるには各社いろんな思惑があって、利用者からデータを収集することが目的のものもあれば、広告収入を得ることが目的のものもあります。単なるお試しの場合もあります。無料で利用してもらっても固定費に大した影響は出ないから、有料のサービスであってもフリーミアムを採用すべしというのは昔からいわれていたことではあるのですが、フリーミアムにはちょっとした罠があって、それは無料のユーザーにもサポートコストはかかるということです。いくらサポートしませんよといっていても、パスワードを忘れたとか退会したいといった問い合わせはやはりあるわけで、個人開発でフリーミアムモデルを採用する場合は、費用対効果について一度考えてみることをおすすめします。ちなみに、うちでフリーミアムモデルを採用しているのは理由があります

あともうひとつ挙げるなら、なるべく付加価値をつけなくても売れることも重要です。ビジネス向けのWebサービスなどでは、利用料が非常に高額なものもありますが、それはソフトウェアの利用料というよりは、専任の担当者がついたり導入支援やカスタマイズをしてくれたりと、ほとんど付加的なサービスを受けるための人件費によるものです。そういったものが悪いというわけではなくて、単にスタイルの違いではあるのですが、売るたびにどんどん人件費がかさむモデルでは、人の手がボトルネックになってしまいます。本来ならサービスの改善や顧客サポートに時間を使いたいですよね。日々サービスの運用さえしていれば、何も手をかけなくても売り上げが入ってくるしくみが理想的です。

といろいろ書きましたが、で結局何つくればええねんと言われるかもしれません。自分としてはビジネスツール最強説かなと思っています。個人で定期的に課金するサービスってほとんどないじゃないですか。仕事で使うものなら経費になるのでハードルは下がります。とたんにワクワクしなくなりましたよね。なのでうちは個人向けと企業向け両方のプランを提供しています。個人事業ってのも経費が使えますし。まわりを見てみても、継続して商売をやっているのは派手に利用者を増やしていた人たちではなくて、顧客から必要とされるものを作り、きちんとお金を払ってくれるコアなファンがついているサービスのような気がします。

最後に、開発を始める前にわたしが確認することにしているリストを紹介します。よかったら参考にしてみてください。

  • その製品は既存の何を置き替えるものだろうか。置き替えるものが何もないなら、そもそもニーズが存在していない可能性が高い。

  • その製品のキャッチコピーは人の目をひくか。そうでないのはコンセプトが気に入られていないことを意味している。

  • 人々はこの製品を「欲しいと思う」ではなく、「必要とする」だろうか。

  • 競合他社が提供するものとは異なっており、しかもよりうまく問題を解決するものだろうか。

  • 人々は進んで対価を支払ってくれるだろうか。自分が顧客の立場であれば、進んで対価を支払いたいと思うだろうか。

  • その製品の売り方がよくわかっていて、最初の顧客が誰であるかをイメージできるだろうか。

  • その製品は我々の価値観に従っており、社会をほんの少しだけ良くするものだろうか。

次回のテーマは「人を使うな。機械を使え」です。