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大石静脚本『光る君へ』

今年の大河が存外に面白い。
 60年以上の歴史を持つNHK大河ドラマでも、過去2番目に古い時代である『光る君へ』は平安時代が舞台。主人公は、世界最古の長編小説と呼ばれる『源氏物語』を執筆した紫式部だ。
 
『源氏物語』といえば、日本史史上最も貴族階級が権力を握った平安中期の時代を描いた作品。実際に宮仕えとして宮中に勤めていた紫式部がその内情を事細かに描写し、また作中では実に795首もの和歌が詠まれている。
 
『源氏物語』の主人公は誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、光源氏。
天皇の実子でありながらも天皇になれない宿命を背負った彼の栄光と没落から、栄華復活と死後、子と孫、そして紫式部自身が投影されたと思われる女性を中心に物語が展開される。
作中では光源氏ほか500人もの人物たちが登場し、およそ70年間の出来事を描く。作品の長さは全部で54帖、現代風にいうと原稿用紙2,400枚ほどになり、文字数換算で約96万字。これだけ聞いても頭がクラクラするほどの超長編作品なのに、現在では国内に留まらず30ヵ国語超の翻訳を通じて世界各国の人々に読まれ愛されている。実に1,000年以上も多くの読者を楽しませ続ける長編小説。まさに文学史に残る伝説的作品だ。

 
そんな壮大な物語の主人公、光源氏のモデルとされるのが、『光る君へ』では柄本佑が演じる藤原道長。
その名前を聞くと、やはり真っ先に思い浮かぶのが、道長が詠んだとされる和歌「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」だろう。
現代語に訳してみると、「この世には自分の思い通りにならぬものなど存在しない。満月が欠けることのないように、この世はすべて満足に揃っている」と詠っており、まさに藤原氏が摂関政治の最盛期を迎え、富と名声、権威さえも手に入れた道長がこの世の春を謳歌している様が読み取れる。
 
『光る君へ』では、その道長と紫式部がそれぞれ幼名として三郎、まひろと名乗っていた子どもの頃に出会い、絆を深めていく場面から丁寧に描かれている。
ある日、三郎に会おうと急いでいたまひろは、偶然三郎の兄である藤原道兼(演:玉置玲央)を落馬させてしまい、激高した道兼に母のちやは(演:国仲涼子)を殺害される。まひろは父の藤原為時(演:岸谷五朗)に道兼の犯行を訴えるが、為時は右大臣であり道兼の父でもある藤原兼家(演:段田安則)の紹介で師貞親王(演:本郷奏多)の教育職を得ていたこともあり、この事件を公にはしなかった。
それ以来まひろは父と確執を抱えることになるが、やがて市中の代書屋として歌の創作をすることに生きがいを見出すようになる。そして、まもなくして元服した道長と再会し……というのが序盤のストーリー展開だ。

 
すでにお気づきの方もおられるかもしれないが、舞台が平安中期であるため、大河ドラマ特有の戦や合戦は本作では描かれない。むしろ『光る君へ』では、戦国や江戸時代よりも女性が自由でアクティブだった平安時代を描くことで、今までにない切り口で新たな形の大河ドラマを作ろうとする心意気を感じるのだ。
 
そして、その骨組みとも呼ぶべき脚本を担当するのは大石静。
2006年の大河『功名が辻』や2000年後期の朝ドラ『オードリー』を書き上げた実績もあり、NHKとの親和性も高い。それに、これまで多くの恋愛作品群を手掛け「ラブストーリーの名手」とも名高い彼女の手にかかれば、平安ならではの雅な男女模様も現代人の心を掴むリアリティ溢れた人間模様に昇華されるのだから、その手腕には唸るほかない。

 
これまで主に三谷幸喜作品の大河ドラマに夢中になってきた身ではあるが、そんな僕でも今年の大河は一味も二味も違うように見える。
もちろん、その底流には当時の世相を映す重厚的な平安の風が吹いている。そうした、宮中の熾烈な権力争いが毎度のごとく繰り広げられる一方で、紫式部と道長を中心とした甘酸っぱい恋模様も繊細なタッチで描かれる。さらには主演の吉高由里子や相手役の柄本佑をはじめ各々の役柄を見事に演じるキャスト陣にも観るたび脱帽させられるのだから、脚本と演技の相乗効果は相当に高い。
軽快に頬を撫ででいくような雰囲気でありつつも、毎話観る者の心を震わすような展開が続く。こんな風に、いつも胸を高鳴らせながら観れる大河ドラマに、僕は魅了されっぱなしなのだ。
 
これから物語はどう転がっていくのだろう。
そして、世紀の傑作『源氏物語』はいかにして書かれ、完成していくのか。先々が楽しみな『光る君へ』の世界に、しばらくはどっぷり浸かることになりそうだ。


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