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演劇にとってあなたはどのような観客か

はじめに

気楽な「感想」を書くつもりだった。ここ数年でじぶんが観劇した作品リストをまとめて、ちょっとしたメモでも残しておこうかなって。

なのにいつもの心配性で、書き手である「じぶんは演劇にとっていかなる観客なのか」をまず打ち明けるべきだ、それがこの時代にものを書くものの公正な態度だと思えてきて、じぶんの観劇履歴をちまちまとふり返るうちに、「どうやらかなり偏った消費類型だ、ところで他のひとは年に何回くらい劇場に行くんだろう」と、関連統計を調べ始めたのが事のはじまり。

肝心の「感想」に辿りつけないまま1ヶ月が経ち、公開調査とオープンデータを眺めながら、「じぶん」の顧客ペルソナをどう定義すべきか考えることになった。このテキストはその名残りで、無目的なデータ消費が溶かしてしまった時間を、あなたが惜しんだことで生まれた。

先行きのグラデーション

とはいえあなたは業界関係者ではないから、このテキストには基礎的なデスクリサーチ以上の成果がないと思う。何も知らないひとの手引きになればうれしい。それより多くのことは望まない。

何しろ多くの公演が中止・延期を余儀なくされている。ベテラン作家が声明を公表し、同業者団体が政府に陳情し、無観客上演がライブ中継され、寄付金の募集と戯曲テキストの公開が各地で行われている。巣ごもり消費は活況だといわれ、中食需要が高まって、ビジネス会議ツールや月極動画配信サービスの株価が急騰したけれど、あらゆる「外出先」がぐっと静かになった。

OECDは世界経済が「金融危機以来最も深刻な危機に直面」すると3月2日に言った。日経平均株価は東日本大震災の直後よりも大きく下落し、先進各国の相場も大荒れ。市中感染は東アジアから北米や欧州に広がって、緊急の財政政策が先進各国で立案された。日本でも新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正された(翌日に施行)。感染症の専門家は長期戦の覚悟を決めつつあるようだ。WHOは途上国向け支援の資金拠出を諸国に求めている。

先行きが見えないからこそ、事実と虚構の狭間で、常識と非常識の線引きを見つめていたい。センチメンタルな救世願望に浸るのでも、やけくそのポピュリズムに加担するでもなくてね。

隔たりのモデレーション

『ドキュメンタリー映画史』(エリック・バーナウ)がいうには、サイレント映画からトーキーへの移行期は世界恐慌と重なっていて、その移行は、「経済的破綻に直面した製作者による捨て身の賭けとして始まったのだ」という。やっぱりね。負債は表現を洗練するのだ。あなたはそう考えたがる。無責任に。自粛は自由を損ねるけれど、制約のない表現に、あなたはあまり心を動かされなくなっている。

新しいことを考えるのにうってつけの時だと、そう信じるに足る理路を作りあげ、あなたはこの問いに行きつく。観客が劇場を「訪ねる」のではなく、劇場が観客に「届く」には何が欠かせないのか。その答えは「劇場」が持つ機能を再分解し、「放送」の黎明期を再評価し、「上演」と「観客」の実像を描き直すことでいくらか導き出せる。なかでもこのテキストは「観客」を扱う。顔のない公衆と、たったひとりの個人を。

(1)風通しのよい開かれた場所で、(2)まばらに点在しながら、(3)距離をとって言葉を交わす。その条件下で没入を生み出すこと。その試みが「声」と「身ぶり」の新しい使い方を考え出す期待もある。

はやくも「屋上」が再発見され、「街頭」が再利用され、「集会」の新しい配信方法が、「滞在」を問い直す物語設計が、局地的に試みられつつある。ライブチャットと動画配信の技術が年長世代に見直されていて、「観光地」における持続可能性をめぐる指標にも、公衆衛生やインフォデミックの視点がはっきりと加わるだろう。楽観はできないが、悲観材料ばかりでもない。

結果の概要の要約

もちろん、あなたには今後の見通しが語れるほどの実績はなく、事情通でもないから、公知のことから分かることしか推せない。あなた以外のひとにとって、その事実がどれくらい有益たりうるかをあなたは知りたい。

だからこのテキストは前半で数種の統計を紹介し、中盤であなた自身の顧客プロファイルを行う。後半で演劇関係者の経済状況をめぐる調査結果を参照する。要するに次の3つが書かれている。

(1)舞台芸術を鑑賞するひとの割合は、日本人全体の15%前後で、1年に観る回数は平均して約5.8回に達する。公的助成の対象となる作品は「3ヶ月から半年に1回くらい観劇」され、初心者(1回)よりも常連客(20回以上)が多い。ステージ公演は2018年に6.9万回行われ、2,602万人が動員された。

(2)あなたは「舞台芸術の鑑賞者」の「平均」くらいは消費行動を行う「中級者」だ。バラエティシーキング型の変種で、身体的な驚きと癒やしではなく、ドラマツルギーの新規性と同時代性を求めて課金する。この選好は、生い立ちの貧しかったあなたが長らくテキストの生産-消費者だったことに由来していて、あなたにお気に入りの「劇団」「俳優」がないのはおそらく異端である。

(3)「興行場,興行団」のうち、「資本金1,000万未満」が64.7%を占め、全体の62.5%が「9人以下」で運営されている。「芸能実演家」の年間収入は58%が「400万円未満」。「演劇関係の仕事をするひと」の30%は雇用関係がなく、32.9%は有期雇用で働く。全体のうち「週60h以上の過剰労働を行っている割合は14%」で、「全国平均と比較しても労働時間が長い」。

脱線する考察、着地しない結論

調査結果は示唆する。舞台芸術の産業では、日本全体でみれば少数派の愛好者たちのために、多くの小さな事業者たちが、世間並よりも不安定な経済状態のなかで、少量多品種のものづくりに勤しんできた。この示唆はあなたを少しも驚かせない。そうだよね、だって芸術だもの。

でも、予想はする。この産業構造は、市場の寡占度が低い分、過当競争を起こしやすく、成長性を維持する体力を持てる事業者が限られるのではないか。分かりやすくいうと、みんながずっとつらいのは、みんながつらさにずっと耐えているからじゃないか?

こういうとき、産業政策の定石は、低収益に苦しむ組織の撤退、合併や事業譲渡、組織統合といった事業再編を促すのかもしれない。だけどこの考え方は、長い伝統と幅広い多様性こそがつよい価値を持ち、制作と配給と消費の区別がさほど自明でない、文化芸術の生産-消費様式とひどく相性が悪い。あなたはその相性の悪さを疑うけど、しばしばそう語られ、少なからぬひとが信じている。じっさい小組織の多い世界で、大半の生産物が現地消費される薄命のオーダーメイドだから、規模の経済がどうにも働きづらい。

集団としてのリスクマネジメントのために、ファンクラブやシアターカンパニーの導入、フェローシップ・研究員制度、財団・カウンシルによる公募助成、完成保証・興行中止保険の開発、傷害保険・旅行保険の応用といった方策がなされてきたことは知っている。その組み合わせが、事実上のプリセール(事前販売)――完成作品ではなく、劇団運営の、あるいは実演家個人の技能の――として機能してきた(らしい)ことも。その効用は否定しづらいし、否定する積極的な意義は思いつかない(普及率を知る意義はある)。

リアリティのある気晴らし

他方で、社交の制限が陰に陽に要請されたことで、興行中止の憂き目にあって、予期しない負債を抱える若者の姿をみかける。将来の活動再開の目途が立っていない劇団も少なくないようだ。それ以前から苦しい労務環境に置かれていたひとたちの話も人伝てに聞く。

どうにもならなくなる前に、もよりの市役所で家計を相談してほしい。信頼できる金融機関の返済猶予や緊急貸付に頼ってほしい。それでも公的資金による救済には限界があるだろう。なにせ損害は旅行観光、接客サービス、文化施設の全域に広がった。予約キャンセルや入場券の払い戻しは事業収支を悪化させる。無料サービスも長続きすると疲れてくる。

地方自治体の文化行政も変わるのだろうか。事実上の検閲と恣意的な法運用の懸念が、つい半年ほど前に顕在化したばかりなのだ。世間体への配慮が苦肉の策を後押しする姿は見たくない。補償や還付を決めた施設はちらほら見かける。秘密保持義務の水面下で誠実な判断がなされていてほしい。

周知のとおり、危機は日本国内だけに訪れているのではなく、米国の映画興行が、中国のアニメ制作が、フランスの文化施設が、臨時休館、公開延期、撮影休止、制作中止に踏み切ると報じられる。業界が丸ごと苦境にあるとき、セーフティネットは末端まで届きにくい。貯蓄に余裕のない多くの個人事業主にそのリスクを際限なく負わせてよいのか。財務諸表に深い傷を負った組織に持ちなおす元気が残っているのか。はっきりした答えはまだだれの手元にもない。

どうすればいいのか。あなたは拙速な提言を望まない。判断を下すには情報不足だ。だからこそ地続きの事実でも、根も葉もない空想でもない、リアリティのある将来を思い描きたいと痛感する。その先は――to be or not to beを問うことは――あなたの出番じゃない。

あなたはあくまで「観客」として舞台を観ている。あなたにこのテキストを書かせるに至った、つい最近までの観劇履歴と社交関係をあなたは得がたいものだと感じていて、そのせいで、謎の義侠心に駆り立てられているだけかもしれない。

いますぐあなたにできることはない。このテキストが何よりの証拠だ。リアリティのある気晴らしを考えたい。その意味では、あなたはこれから一種の敗戦日記を書くのかもしれない。ここから先はずっと事実だ。

舞台芸術の鑑賞は日本全体の15%前後で、1年に観る回数は平均約5.8回になる。

総務省統計局「社会生活基本調査」は、5年に1回行われる大規模な生活調査で、無作為に選定した約8万8千世帯の、10歳以上の世帯員約20万人を対象とする。調査回答者は、「47都道府県ごとに人口に基づく確率比例系統抽出」と「等確率系統抽出」を組み合わせた層化2段抽出法によって選ばれる。バイアスを減らす統計学の王道技術。

質問票はA票とB票に分かれている。A票では「ふだんの健康状態」「学習・研究活動の状況」「ボランティア活動の状況」「スポーツ活動の状況」「趣味・娯楽活動の状況」「旅行・行楽の状況」「スマートフォン・パソコンなどの使用状況」「生活時間の配分及び天候」などを質問していて、行為者数、行為者率、平均行動日数などが分かる。B票では15分おきの生活内容も調べていて、日本人の平均的な暮らしをざっと知るのに役立つ。

「趣味・娯楽活動の状況」の調査結果をもとに、2017年に「統計からみた文化・芸術活動-「文化の日」にちなんで-」が発表されていて、文化消費の概況がジャンル別に分かっておもしろい。2016年度調査のデータセット(URL)をもとにふたつの統計を作ってみた。

(※傾向は変わらないけれど、数字が微妙にちがっていて不安なので、気になる方は元表をみてください)

こちらは「舞台芸術(演芸・演劇・舞踊)」(青色)と「映画館での映画鑑賞」(灰色)の「平均行動日数」と「行為者率」を比べたもの。「映画館」の利用は10-20代がやっぱり多くて、加齢につれて足が遠のいているのが分かる。この推移は「テレビゲーム・パソコンゲーム」に近い。消費人口の多さや、体験コストの低さも背景にあるのだろう。

対する「演劇」は、年代ごとの行為者率、年間平均行動日数ともに、さほど変わらない。10代と80代を除けば、舞台芸術を鑑賞するひとの割合は、日本人全体の15%前後で、1年に観る回数は約5.8回といったところ。もちろん平均であり、「かなりたくさん観るひと」と「全然観ないひと」の間をとった数値だけど。これを多いと感じるか、少ないと感じるかはひとによる。参考に(狭義の)「文芸」や「読書」と比べてみる。

「趣味としての読書」をするひとは、「20-60代」に限れば約40%と別に少なくない。「60代以上」でも約30%は「読書するひと」がいる。10代でも行為者率は28%に達する。日本の義務教育課程でまったく読書せずに過ごすことは難しい。「学業としての読書」をする10代は極めて多いだろう。

(特定世代の)読書離れが(もう何十年も前から)言われるものの、穏当に考えればこういうことだろう。日本人のなかには「読書するひと/しないひと」という大きな溝があるのだ。ただし、年間平均行動日数をみても、年間51.1日(20-24歳)から111.7日(85歳以上)ほど。いくら愛好者といえど、読書習慣にすべてのプライベートを捧げるわけじゃない。本を読むひとは、だいたい3日~7日に1回は読書する

一方で、(狭義の)文芸の行為者は、約2%ほどと非常に少ない。推計人口比で考えると22.8万人はいるようだけど。日本語圏の「もの書き」はそれくらいの人口を擁する「共同体」みたいだ。年齢別にみると「25-29歳(70.3日)」が多く、「40-44歳(34.0日)」が少ない。若者向けの文章教室が手堅い人気を集める理由がちょっと分かる。「原稿が売れたか」も「何人に読まれたか」も問わないなら、同世代の平均より何倍も多く書くひとは――例えば、毎日書くひとは――「書くことをライフワークにしている」と言える。

舞台芸術と比較すると、演劇鑑賞は(狭義の)文芸よりは消費人口が厚く、映画館での映画鑑賞や(趣味としての)読書と比べると、まだ伸びしろがあると言える。そしてあなたという観客は、どうやら「舞台芸術の鑑賞者」の「平均」くらいは消費行動を行う、要するに「たまに来るお客さん」だ。

公的助成の対象作品は「3ヶ月から半年に1回ほど観劇」され、初心者(1回)よりも常連客(20回以上)が多い

 日本芸術文化振興会が資金助成を行った舞台芸術の団体に、来場者アンケート調査の配布を依頼して行った調査がある。2016年度調査(URL)は99,636枚を配布し、24,893枚を回収した(回収率25%)。回答者は延べ24,419名(調査性質上、重複は排除されない)。2016年度の助成対象となった団体は、こちらに公表されている。小劇団から合同会社、人形劇、児童演劇など、支援対象は幅広い。

「公演会場でアンケートに答えた方」が1年間に舞台芸術を鑑賞する回数は、「2~4回」がもっとも多く、どの区分で切っても「1回」の2倍近い人数に達する。「全体」でみると、「2~4回」(6,135)「5~9回」(3,394)「20回以上」(3,122)「1回」(3,056)「10~19回」(2,391)。言い換えると、「3ヶ月から半年に1回くらい観劇するひと」がよくある顧客像である。これは社会生活基本調査とも整合する。一方で、初心者(1回)よりも常連客(20回以上)が多いところに、この調査結果の特色がある。

この調査には、協力者となった団体が「公的助成を必要としている」「助成金の申請書を作成できるだけの体力がある」というバイアスがある。逆に、宝塚歌劇団や、劇団四季、劇団EXILEのように経営基盤のしっかりした団体の動向は分からない。テレビタレントの主催劇団、2.5次元ミュージカル、声優のトークライブ、アイドル演劇なども含まれない。学生演劇やビジネスワークショップ、街頭パフォーマンスもだ。

これがむしろ好都合で、この調査は(平凡な言い方をすれば)「文化芸術を振興する名目」で作られる演劇の観客が、どのような姿をしているかの一端を示してくれる。常連客(20回以上)が初心者(1回)より多いのも、回答者層が、この歴史ある文化を愛好するひとたちの集まりだからだと解釈できる。それらのひとたちと比べると、あなたは入門者(2~4回)を脱して、中級者(5~9回)に転化しつつある顧客である。調査票「2-2-7 来場動機」でいえば、上位を占める「出演団体ファン」(8,138)「出演者・スタッフ」(6,663)ではなく、「誘われた」(4,716)がよく当てはまる。

ステージ公演は1年に6.9万回行われ、2,602万人が動員された。

「ライブ・エンタテインメント白書」は、ぴあ株式会社 ぴあ総研が毎年行う調査にもとづく報告書だ(URL)。公演回数は「チケットぴあ、ローソンチケット、イープラス、CNプレイガイドが取り扱う公演」及び、「公表情報や専門誌・フリーペーパーの掲載情報」を集計し、重複を除外する。「音楽」「ステージ」の2大区分で、「公演回数」「動員数」「市場規模」の3指標を調べる。

もちろん、私信・手売りの集客や、新興ECのチケット販売までは、さすがに対応しきれていない可能性がある。街頭演劇や個宅・個室を舞台にした上演も調査対象になりづらい。とはいえ広範で網羅的な調査設計がなされていて、大多数の動向を知るには十分すぎるほどのデータ品質だ。小冊子とデータ編のセットで10万円(税別)と、法人向けデータ製品としてはお値打ちな価格設定だと感じる。

10年超の長期推計が得られるところも魅力だ。2000年から市場規模の推計を始め、2009年に統計の公表が休止されたものの、2011年からライブ・エンタテインメント調査委員会(2017年度は13社で構成)の委託事業として復活し、いまも統計調査が続く。

2019年9月に公表された最新のサマリー(URL)によると、2018年間の「ステージ」の公演回数は69,126回。前年に比べてやや増え、2009年と比べて約1万回増えた。推計市場規模は1,987億円(前年比17.9%増)で、ぴあ総研はこう言う。

ライブ会場不足により、会場収容人数1,000人以上というステージ分野においては比較的大規模な会場での公演回数が頭打ちとなっていますが、主にミュージカルにおいて1公演当たりの動員数の増加と、動員一人当たり単価が上昇したことが、市場規模の伸張を牽引しました。
――ぴあ株式会社「ライブ・エンタテインメント市場、前年比13.8%増で6,000億円に迫る勢い/ぴあ総研が2018年調査結果(確定値)を公表」(URL

「ミュージカル」には2.5次元ミュージカルが含まれる。2019年7月に公表された調査結果(URL)によると、197タイトルが3,695回公演し、総動員数は278万人。1タイトルあたり平均18.7回の公演があり、年間で平均1.41万人の来場がある試算になる。1公演あたりでは752.3人だ。

現実には、たいていの文化芸術がそうであるように、超人気タイトルとそうでないタイトルの2極化が起きていて、新興タイトルの動員は、きっともっと少ない。

それでも、2.5次元ミュージカルの市場規模は「ステージ」の11.4%ほどを占める。その10倍近くの観客を、現代日本の演劇という表現は抱える。ぴあ総研は2018年の「ステージ」動員数は2,602万人だと推計する。あなたはそのひとりだった。これからもそのひとりでいられるかは分からない。

たったひとりの顧客プロファイル

あなたの直近10年の観劇リストは示唆する。あなたには演劇への先入見がなく、予備知識もなく、潤沢な支出もできていない。(時代区分ではなく、広義の)アンチテアトルに類される作品ばかり観ていて、(これも時代区分ではなく、客席数でいう)小劇場の来場が多い。

古典作品にはろくにふれていない。大衆演劇はさらに疎い。パフォーマンスやミュージカル、ライブ、ステージと呼ばれる催しはお手上げだ(通いつめる知識も資金も用意されていない)。

演劇理論にも明るくない。戯曲撰集やシナリオ執筆指南を除けば、手元にあるのは『演劇最強論』(2013)と『遡行』(2013)くらい。けれども演技と演出の技法は何も知らない。言わずもがな、お気に入りの俳優や憧れのスター、好きなアイドルのふるまいをたのしむ技術が全然育っていない。

この分析から導かれる顧客ペルソナは、バラエティシーキング型の変種だろう。身体運動や音響・照明への感度が鈍く、身体的な驚きと癒やしではなく、ドラマツルギーの新規性と同時代性を求めて課金する。選好に一貫性がなく、といって多様性もない。誘われるがまま、直感的な消費に身を任せている。新鮮な体験で、むしろその無軌道を楽しんでいる。主戦場ではない安心感がある。この選好はあなたが長らくテキストの生産-消費者だったことに由来していて、これまでの調査結果と比べる限り、かなり異例である。

パーソナライズされたプロモーション効果測定

記憶をたどると、じぶんで稼いだお金で初めて演劇を観たのは、どうやら2010年らしい。次に劇場を訪ねたのは4年後で、3回目はさらに3年が経った2017年のこと。2018年は5本、2019年は7本観ていて、今年はまだ2本だけ。いまだに観劇した舞台より、読み終えた戯曲のほうが多い。

あなたにとって演劇は「終わった作品の記録をさかのぼって読むもの」だった。生で、間近で観たことがなかったから。演劇とは同時体験できない芸術だった、なんて書くと箴言めくけど、なんて味気ない事実確認だろう。

国語の教科書に掲載されたテキストを除くと、まとまった戯曲をはじめて読了したのは「偉大なる生活の冒険」(2008年)か。「下北サンデーズ」(2006)が低視聴率で1話短縮されたのを覚えている。NHK芸術劇場で「フリータイム」(2008)が放送された。「お芝居はおしまい」を知ったのはいつだろう? ストレートなストレートプレイを観た覚えがない。

身近な親族に観劇習慣があると、子どもの頃から舞台芸術に親しみやすい。この正攻法のマーケティング戦略は、残念ながら効力を及ぼせなかったのかもしれない。あなたの住まいは、公演・劇場が集中するという東京圏どころか、人口50万都市でさえなかったから。せっかく1990年代の文化政策が全国の県市に文化施設を建築したのにね。これは行政の不徹底でも、舞台芸術の不作為でもなく、あなたの生い立ちの貧しさを伝える挿話だ。

それでもあなたは10年かけて、舞台芸術という表現の移り気な顧客になった。これは少しだけ希望みたいに聴こえる。じっくりと時間をかければ、少しずつ変えられる。極度の無関心でさえ。

文化と労働、その他の統計

文化庁「文化に関する世論調査」(2019年)

文化庁が毎年行う調査で、2019年度はWebアンケートで3,053人の回答を得た。たとえば、「あなたが、この1年間に鑑賞した文化芸術のジャンルは何ですか(複数回答)」という設問は、「ミュージカル(12.5%)」「伝統芸能(略)(8.0%)」「演芸(略)(7.7%)」「現代演劇、児童演劇、人形劇(7.7%)」だった。ただし、この割合は「この1年間で、どの程度、コンサートや美術展、アートや音楽のフェスティバル、歴史的な文化財の鑑賞、映画その他の文化芸術イベントを鑑賞しましたか。」という質問に「年に1回程度」から「月数回以上」と答えた1,647人のものだ。

同じ設問に「まったく・ほとんど鑑賞していない。」と答えたひとは46.1%で、だからこの報告書は「鑑賞しなかった理由としては「関心がないから」が 35.4%と最も多く、ついで「特にない・分からない」の 22.8%となっている。この2つを合わせた 58.2%については、文化芸術の鑑賞にそもそも目が向いていない層である可能性が高い。」というのだけど、回答の選択肢に「テレビドラマ」「テレビアニメ」「ビデオゲーム」「オンライン動画」「音楽ライブ・フェス」「コミックの展示即売会」その他に類するものがないから、それらの愛好者を取りこぼしているおそれはある。分類上は「メディアアート」に含まれるのだろうけど。調査対象者に十分に伝わっていないおそれはある。定期調査だから設問設計を変えづらいのが悩みどころか。

経済産業省「特定サービス産業実態調査」(2019年)

この調査は「経済センサス-活動調査」の調査対象者を母集団として、全国の事業所約47,000に質問票を送付し、回答を集めたもの。「標本理論に基づき業種別、事業従事者規模別、都道府県別に層化抽出している」うえ、「調査票に掲げる事項について報告することが統計法第13条(報告義務)で義務づけ」られている。

「24 興行場,興行団」では1.劇場、2.興行場、3.劇団、4.楽団、舞踊団、5.演芸・スポーツ等興行団に類する事業所の経営概況が調査されていて、年間売上や従業者数、事業従業者数、都道府県といった単位でセグメントできる。2019年度の調査結果(URL)をみると、2,138事業所のうち、資本金1,000万未満が64.7%(1,977団体)を占め、「資本金なし」も24.7%に達する。全体の62.5%(1,337)が「9人以下」の事業従事者で運営されている。

日本芸能実演家団体協議会「第9回 芸能実演家・スタッフの活動と生活実態調査」(2014)

日本芸能実演家団体協議会(芸団協)は、「俳優や歌手、演奏家、舞踊家、演芸家など、さまざまなジャンルの実演家の権利を守る実演家著作隣接権センター(CPRA)事業と、実演芸術の振興を図る事業及び調査研究・政策提言事業等」を行う公益社団法人で、1965年に発足した。この調査は1974年から5年に1回行っていて、公共劇場や芸能実演家団体の労働環境や人材育成の概況をアンケート調査している。

実演家の「収入分布をみると、400~700万円の層は一般平均の割合が高くなっていますが、700万円以上の層は実演家の方が高い傾向があります。実演ジャンルごとの傾向をみると、いずれも200万円未満の層が多くみられます。その多くは、若い世代の実演家や、舞台に立たず教える仕事を中心にしている女性など」だと報告書はいう(「一般平均」は国税庁「民間給与実態調査」による)。全体の58%が「400万円未満」で、「現代演劇」は「300万円未満」が全体の63.5%を占め、他のジャンルと比べて突出している。

NPO法人Explat「舞台芸術のアートマネジメント専門人材の人材育成と労働環境を考えるシンポジウム~統計・調査から分かる労働環境とこれから必要な人材育成~事業報告書」(2016)

文化庁委託事業「平成28年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」として行われた統計調査および全6回のシンポジウムをまとめた資料。舞台芸術団体・組織に属するひとの雇用状況や年収分布、残業を含む労働時間などの統計を収録する。

舞台芸術に関わる仕事をする回答者(n=844)のうち、30%は雇用関係がなく、32.9%は有期雇用で働いている。年収の中央値は200~299万円で、「週35時間以上従事している方について、全職業の状況と比較すると舞台芸術は200~300万円への集積度が高い」。また、「週60h以上の過剰労働を行っている割合は14%」で、「全国平均と比較しても労働時間が長い」。そのせいか、女性の有配偶者率は、どの年代も全国平均と比べて20-30%ほど低く、有子率は同業界の男性と比べて半分ほど。

この調査結果をもとに、全国6都市(札幌、仙台、東京、名古屋、京都、福岡)で行われたシンポジウムでは、専門性やキャリアパス、労働環境、人材の流動性、アートマネジメントが論点に挙がっている。

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