文明論の凱略/文字の発明=文明の始まり/#002
文明とは「言語わけても文字言語を用いて世界を解明するプロジェクト」である。
文字言語を用いて世界を解明するプロジェクト
文 明
略して、「文明」、となる。
さて第二回の今日は、
「文字の発明」と「文明」の関係について振り返りながら、少し掘り下げてみよう。
思考の見える化
「文字によって思考が可視化されてから暫くたって、
数字によって、モノコトの価値が見える化された。
何故ならば、数字は明確に価値を示す手段であり、
目に見えるカタチでモノコトの価値がわかるようになったからだ」
といった具合に、文字は「思う」と「考える」を見える化した。
いままさに、
筆者の「思う」と「考える」が可視化され、
読者の目を介して、読者の頭の中に突撃しているところである。
思考の集団競技化
文字の発明によってなされたイノベーションは「思考の可視化」だけではない。
「思考の集団競技化」が起こったことも文明史において重要なファクターだ。
思考の集団競技化とは何か?
説明しよう。
文字による思考の集団競技化
「一緒に文明について思考しようぜベイビー。オレは思う方面をメインにやるから、オメエは考える方面をメインにやってくれ。(だって思う方面の方が楽っぽいじゃん)」
なんて具合に、
文字の発見によって人々が文字文章を駆使して思考をシェアできるようになったんだ。
思考の集団競技化である。
従来は話し言葉一辺倒であり、言葉の意味のシェアすなわち共有概念の構築すらも覚束なかった。
Aさん 思考しようぜベイビー
↑ ↓
Bさん シコウってナンだよ、ベイビーってナンだよ
話し言葉は口を離れた瞬間に、宙空に雲散霧消してしまう。
そのことも加わり、人々の間で言葉の意味のコンセンサスがとれていなかったのだ。
平たくいえば、話しがまるで噛み合っていなかった。
だから、文字以前の話し言葉の時代において、
思考はもっぱら個人競技だったという訳である。
思考が個人競技だった時代においては、知識が個人個人の中で引きこもり、
知識はまるで発展せず、世の中もまた発展しなかった。
つまり文字前の時代においては、人類は停滞しつづけていたのだ。
これは文明前の時代である。
文明とは、「文字言語によって世界を解明するプロジェクト」だからだ。
文字による言葉の意味のシェア
男という字は、「田に力」と書く。
男 = 田 + 力
つまり田んぼで力をもちいて働く方が「男」であり、
これを「男」という文字は可視化して、人々にコンセンサスを提示しているのだ。
田んぼで力を使って働く方の性別を、おとこ、ということにしようぜベイビーと、
文字が語りかけているのだ。
こうして「男」の意味合いが人々に共有つまりはシェアされていった。
文字による思考の集団競技化
「オメエ、さっきも似たようなことをプレゼンしてただろ。しつけえっ。
さっさと、つぎをっ説明しねえかっ」
これは上の方でご説明させていただいた「思考の可視化」の例示で申し訳ない。
怒っていらっしゃるので、どちらかといえば「思うの可視化」と推察するところ。
不得の致すところであり極めて遺憾であります。
文字による思考の集団競技化
「一緒に文明について思考しようぜベイビー。オレは思う方面をメインにやるから、オメエは考える方面をメインにやってくれ。男だったらグダグダいってねえで、サッサとやりやがれっ」
こうした文字による思考の集団競技化は、文字による意味のシェアがなされているからこそ成立する。
「思考」というワード。
「方面」というワード。
「男」というワード。
これらの単語の意味が共有されているからこそ、文章の意味を分かち合い、思考は集団競技化されたのだ。
文字の発明から、思考の集団競技化までの経路
文字の発明
⇩
文字による意味の共有
⇩
文字による思考の可視化
⇩
文字文章による思考の集団競技化
こうした経路を経て、文字によって思考は集団競技化されたのだ。
それまで個人単位で行っていた思考競技が、集団競技になったのだから、
当然、思考のレベルが飛躍的に向上し、人類は知恵・叡智をブラッシュアップにブラッシュアップさせられるようになった。
つまり、
文字以前において停滞していた人類社会が、文字発明によって初めて発展軌道にのったのだ。
文明の始まり = 文字の発明
このようにして、
文字の発明は、
①人々に言葉の意味を共有させた
②思考の可視化を可能にさせた
③思考の集団競技化を可能にさせた
①②③を引き起こし、人類社会を停滞から発展の時代に飛翔させた。
ここで思い出して欲しい。
文明とは、
「文字言語を用いて世界を解明するプロジェクト」だった。
文 明
だから、
文字の発明によって、①②③が起こり人類社会が発展軌道に乗った。
この文字の発明、
つまり「文」と「明」を掛け合わせることで、
発展軌道に乗った人類社会のことを、我々はこう云う。
「文明」と。
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