正しい夜の過ごし方

正しい夜の過ごし方

秋。風の強い夜だった。寂しさで荒れ狂いそうな、この世界にたった一人しかいないと思い込んでしまうような夜だ。闇の色も電球の光も、心なしか濃い。
台所まで降りて、ワインをとってこよう。こんな夜は、酒と分厚い本とあたたかいランプの力でやり過ごすのだ。和臣は部屋のドアを開けた。

この家は叔父夫妻のものだ。しかし叔父の仕事で二人とも海外で暮らしている。その間、和臣が管理を任されることになった。だから誰もいない。今は。猫のウィリアムを除いては。
なぜウィリアムなどという名がついたのか。和臣は聞いたことがなかった。それに「ウィリアム〜」と呼んでも素知らぬ顔を決め込む。クールというか生意気というか。その猫は階下のリビングのソファーで、ブランケットとクッションの間でぬくぬくと寝ていた。心地よく過ごせる場所を知っている生き物である。

さて。探しにきたのはワインだ。冷蔵庫には入れなかった。赤だから冷やさずとも飲めるとそのへんにうっちゃっておいたはずだ。米びつの隣か、テーブルの上か。はて。和臣は探したが、どこにもない。つい最近買ってきたんだぞ。なのになぜ見当たらない?
他に心当たりは。ソファーの方を向いた。ウィリアムが起きてこちらを見ていた。台所の小さな電球が彼の瞳を照らし、てらてらと怪しく光っている。ネコ科の瞳は和臣の心にひっそりと爪を立てた。
「いてっ!」
裸足の裏で、金属めいた固いものを踏んだ。あと、水。なんだこれは。
不快な感触に足の指を持ち上げて、かかとで壁まで歩き、部屋全体の電気のスイッチをつけると、テーブルの下にワインの瓶が転がっていた。和臣が踏んだ固いものはワインオープナーであった。そして床には溢れた赤ワインが水たまりをつくっている。キッチンシートやら布巾やら、とにかく水気を吸ってくれそうなものを集めてそれを片付けた。なんだっていうんだ。いつの間に瓶が割れたんだろう。いや、割れたわけじゃない。コルクが開いているもんな……
そのときだった。ガァーップ。
げっぷのような音がした。ひとり、いや、一匹しかいない。ウィリアムだ。
「おいおい……」
猫はもはや和臣のほうを向いてはおらず、ぺちゃぺちゃとただ無心に毛づくろいをしていた。
世の中には、どれほどありえなく思えても、そうとしか考えられないこともある。

酒は諦めた。和臣は二階へ戻り、叔父に手紙を書こうとした。けれどやめた。「叔父さんの猫はかなりへんてこですね」そんなことを書いて送ったところでどうなるというのか。部屋のドアもカアテンも閉めて、寝ることにした。こんな夜は、とっとと寝てしまった方がよかったのだ。


*文フリで配るために書いたいくつかの短編のひとつ。ここにはフリペ化しなかったものを載せます。

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