若者はなぜ野党に投票するのか:「いないこと」にされる存在についての考察(新日本若者論史・1&青少年政策の計量分析4)【地下道-3150(第2回)新刊】

この記事は、2023年10月8日に開催された「地下道-3150(第2回)」2日目の新刊です。無料部分はサンプルです。PDFは下記で配信しております。


0. はじめに

93冊目の同人誌となります、後藤和智です。本書は、かつて弊サークルで刊行していた同人誌シリーズ「平成日本若者論史」を新しくスタートさせる「新日本若者論史」シリーズの第1冊目にして、2016年の「杜の奇跡26」で刊行した「青少年政策の計量分析」シリーズの続編になります。というか、テキストマイニングの絡まない統計解析なんてかなり久しぶりです。腕が鈍っていなければいいのですが……。

閑話休題、本書のテーマは、「若年層の投票行動」です。2005年の小泉純一郎政権におけるいわゆる「郵政選挙」から、「若者が自民党にこぞって投票した(から自民党が勝った)的な言説が、民主党政権下以外の国政選挙でよく出るようになっています。2021年10月31日の衆議院議員総選挙のときも、翌日(11月2日)のテレビ朝日系列「報道ステーション」が、そのような論調の特集を組みました。

しかし、奇妙な話です。そもそも番組が提示している図では、例えば立憲民主党の得票率(これはあくまでも「選挙に行った有権者における得票率」であり、実際には無投票者(ないし棄権者)がこのデータの外に存在することを考慮した方がいいと思います)は40代を谷間に若い世代ほど増えており、国民民主党も30代・20代で他の世代よりも顕著に多いように見えます。つまり、このデータを虚心坦懐に見れば「若い世代ほど #旧民主党支持」ということもできるわけですが、この手の言説では「自民党に投票する若者」だけがピックアップされてしまいます。

2023年10月現在で8万以上のフォロワーを抱える左派の有名アカウントの「但馬問屋」も、この論調を真に受けたツイートをしていました。

そんなことを言う前に、まずは自分の偏見に気付くべきだと思いますが、私のタイムラインでは、(主として”オタク”文化圏の左派が)若い世代をバッシングしていました。さすがに有名な左派アカウントの中には、性的少数派に関するアカウントの「LChannnel」のように、《「若い世代が自民支持と聞いて絶望した」なんて言わないで。うちら大人の責任でしょ。ネトウヨのさばらせて、世間体ばかりであっちにもこっちにもいい顔して、自分のことだけでいっぱいだった。我々よりさらに少数派として生きなきゃならない若い世代のこと考えてよ。つらい。》( https://twitter.com/lchannel_/status/1455400716319686658 )《「言わないで。」の前には、「他人事みたいに」「若い子の責任みたいに」「その子たちが悪いみたいに」という気持ちが省略されてるので。念のため》( https://twitter.com/lchannel_/status/1455400716319686658 )みたいなことを書くアカウントもありましたが……。

そんな中で、安直な「若者の政権支持」論に警鐘を鳴らすアカウントも、私を含め少数ながら存在していました。例えば教育社会学者の本田由紀は、報ステが提示しているデータはあくまでも出口調査のデータであり、《出口調査は投票に行った人のデータ。相対的に投票率が低い若者で自民への投票が多いのは、自民に投票するような若者が投票に行きやすいということ。若者全体で自民支持が高いように書くのは間違い》( https://twitter.com/hahaguma/status/1455661216563482625 )と11月3日にツイート。また、宗教学者の堀江宗正は、11月3日に次のようにツイートしています。

さらに堀江は、2023年4月30日には、統計数理研究所の「日本人の国民性調査」2013年調査や、NHK放送文化研究所の「現代日本人の意識構造」2018年調査を引き合いに出して、若い世代の自民党支持率は高くないことをよく強調しています。

堀江の言うことは本書で私が分析したことと一致しますが、堀江が《「若者ほど自民党を支持している」というのはデマだと事あるごとに言っているけれど、なぜか反応が薄い(8時間経過でRT数11)。地道に伝えるしかないな。》( https://twitter.com/NorichikaHorie/status/1652522399852789760 。ちなみに2023年10月6日に確認したところだと16)言うとおり、この手の事実や知見は本当に拡散されません。しかし、「若者の自民党支持」「若者は権力に従順」というステレオタイプを元にした大学教員のツイートはたくさんリツイートされ、引用も若者論で溢れます。

ツイッターではそのような若者論が流れる一方で、マスメディア、主としてテレビでは、多くの「若者論客」や「若者に人気の論客」が差別主義的、ネオリベラリズム的な言説を振りまいています。前者は古市憲寿や成田悠輔、大空幸星、そして後者は何と言っても西村博之が挙げられます。一方でリベラル系の若い論客としては、安田菜津紀や辻愛沙子、竹田ダニエルなどといった名前が挙げられますが、前者と比べて幅広いメディアで活動しているとは言い難いです。あたかも右派左派関係なく、メディア総出で「若者=反リベラル、新自由主義的」という空気を盛り上げている感じです。その一方で、リベラルな社会運動をするような若い世代は右派だけでなく左派にも無視されます。

例えば白石草は、2021年11月7日に次のようなツイートをしました。

選挙直後の「若者の自民党支持」ムードに押されてこのようなツイートをしたのでしょうが、実際には我が国でも11月7日に東京や仙台など全国20箇所で若い世代による「脱石炭」デモが行われたようです( https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000234372.html テレビ朝日)。白石の言う「わずか」というのは何を指しているのでしょうか。むしろ、「若者の自民党支持」論の流行に乗るために、若い世代のリベラルな運動を切り捨てているような気がしてなりません。

「若者の自民党支持」論は、元々2002年に刊行された香山リカの『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ)を皮切りにし、2005年の東京新聞の特報欄などで「若い世代が小泉政権を(特に考えもなく)熱狂的に支持した」という言説が煽られ、その直後に刊行された三浦展の『下流社会』(光文社新書)をベースとする「(男らしさ・女らしさなどではない)「自分らしさ」を追い求める社会性の喪失した若者が自民党を支持する」という言説が勃興し、そして2012年の斎藤環による「自民党=ヤンキー」論によって、若い世代における知性・社会性の衰退が自民党政権の支持基盤であるという議論が定着しました。しかし、そのような議論の流行によって、「若者」を否定することこそ左派のアイデンティティという態度が定着し、そしてそのアイデンティティのためにはリベラルな若い世代を切り捨てる、という本末転倒が起こっていないか。

本書では、若者論をぶって左派としてのアイデンティティを確立している左派と、テレビや出版業界を中心とする右派、というよりも左派嘲笑系の論客の「ゴリ押し」の共演によって「いないこと」にされる、「(立憲)野党に投票する若者」の特徴をデータにより描き出すことにより、若い世代を切り離す左派の風潮に警鐘を鳴らしたいと思います。

本書が刊行される「地下道-3150」というイベントは、「少数派に開かれたマーケット」というコンセプトで開催されています。本書はそのコンセプトに対する私の回答です。党勢や同志、賛同者の拡大よりも若者論を優先する、その態度を本書で終わらせることはできないでしょうが、それでも本書の存在が、「いないこと」にされるリベラルな若年層に気付き、再考を促すきっかけになれば幸いです。

1. 統計のマジックとしての「若者の自民党支持」

本書では、若い世代の投票行動について、朝日新聞社と東京大学・谷口将紀研究室が国政選挙のときに行っている「東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査」( http://www.masaki.j.u-tokyo.ac.jp/utas/utasindex.html 以下、「東大朝日調査」と表記)の分析を通じて見ていくこととする。

まず本書の議論を始めるに際し、東大朝日調査のデータを使って、前節で述べた「若者の自民党支持」「若い世代が自民党に多く投票している」という言説の正体を明らかにしていきたい。

東大朝日調査には、有権者調査と政治家調査の2つがあり、最近の有権者調査は2022年、2020年、2017年に行われ、それぞれ直近の国政選挙における投票行動について質問を行っている。それぞれ、2021年の衆議院議員総選挙、2019年の参議院議員選挙、2017年の衆議院議員総選挙についての設問がある。例えば、2017年の調査においては、次のようなものである。

問2 比例区では、あなたはどの政党に投票しましたか。1つだけ○を付けてください。

東大朝日調査2017年有権者調査コードブック

本書では、比例区での投票についてデータを用いて検証していくことにしたい。まず、直近3回の国政選挙についてのデータを図2に示す。前節で採り上げた「報道ステーション」のように、投票行動に関する通常のグラフでは国会における勢力が反映されておらず、与党側にどのくらい、(立憲)野党側にどのくらいの票が集まったがわからなくなっているので、本書では左側に与党である自由民主党・公明党と、与党の補完勢力と見なされる日本維新の会、そして右側にはいわゆる立憲野党の代表格である立憲民主党を最も左側に、2021年の勢力に基づいて国民民主党、社会民主党、日本共産党(立憲とこの4党がいわゆる立憲4党とされた)、そしてれいわ新選組を右側に置いた(ただし2022年頃から国民民主党は日本維新の会や自民党に接近しようとしており、立憲野党の枠組みからは外す見方もあると指摘しておく)。そして無投票者を中央に置いた。中央の黒い部分が無投票者にあたる。

図2

ここでは無投票者という記述をしているが、これは一般には「棄権(者)」と呼ばれる。しかし、東大朝日調査においては、投票に行ったかという設問については、「関心を持てなかったり、体調がすぐれなかったり、時間をとれなかったりして、投票に行かないのは決して珍しいことではありません。あなたは、今回の衆議院選挙で投票されましたか。」(2017年調査)となっており、投票に行かないことを「棄権」という行動ではなく状態として捉えるべきとして無投票と呼ぶことにする。

データを見ると、特に若い世代において、中央の黒い部分が広く、一番左側である無地の部分、すなわち自民党については全世代であまり変わらないか、もしくは若い世代になるにつれて低くなる傾向がある。前節で引用した本田由紀のツイートの通り、出口調査においては無投票者の存在が無視されるため、「投票に行った集権者」の中においては若い世代ほど自民党に投票する割合が高くなる、というのがわかるはずだ。特に自民党については、出口調査のデータに関しては「下駄」を履いたデータであることに注意を払う必要がある。

従って、特定の世代における政権党の支持率と、選挙に行った有権者における得票率を混同することの危険性がわかるのではないかと思う。また、立憲野党及びそれに近い政党への投票についても、2017年調査では若い世代ほど低くなっているが、2022年調査では、20代~50代においてはそれほど差が見られない。

それどころか、2022年調査においては、無投票者を取り除くという「下駄」を取り除いても、20代から70代までの自民党の得票率はほぼ横ばいになっている。そして、東大朝日調査では現れていないが、それこそ前述の「報道ステーション」が提示した図が(同番組の意図に反して)示しているのは、「下駄」を履かされたところで20代の日本維新の会の得票率が、30代より顕著に低くなっていることであり、多くの左派の認識に反して、実際に起こっているのは「若者の自民党離れ」「若者の維新離れ」であることがわかるはずだ。

2. 若い世代は本当に自民党を信頼しているのか

以上の議論を馬得た上で、若い世代の投票行動や意識についての俗説を検証していくこととする。それらの俗説をよく示しているツイートとして、第一に2023年10月現在で1万のフォロワーを持つ左派系のアカウント「Sonota」の書き込みを採り上げたい。

また、『13歳からの天皇制』(かもがわ出版、2020年)の著書がある弁護士の堀新の次のツイートも採り上げてみる。

Sonotaと堀のツイートを総合すると、若い世代の投票行動や意識に関する俗説は次のようになる(ただし、Sonotaのツイートで示されている、若い世代の中で自民党を支持する層については、堀江宗正の示すように俗説とも言い難い。)。

  • 若い世代はリベラルな心性を持っているが、自民党のことを「人権重視のリベラル」だと思っている。(Sonota)

  • 若い世代は「現実的に政策を遂行できそう」という理由で自民党を支持している。(堀)

本節以降では、2022年の東大朝日調査のデータを用いて検証する。まず、堀の言説について検証を行うために、次の設問のデータを使用する。

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