【詩】肺

最早水没は明らかだ
僕の怠慢はクーラーの冷風さえ
呑み込むほどに肥大した
やがて充溢したここは水没、
満たすのは停止することの安寧、
穏やかなここでは風は何も裂かず、
何も焼かぬ直射日光、
であれば何故、僕の疲労は
未だ絶えず続いてゆくのだろうか

   ――何にせよ僕の部屋は、
   密室。であるならばいっそ、
   僕は水槽の中の魚であったなら。

すると表情のない魚たちが
一斉に僕を凝視している気がした
口先だけをぱくぱくとさせ、
僅かに気泡を吐き出しながら
永久に続く薄明のような
微睡みの柔らかさを焦燥せず、
その中へ棄てられる
幾つものことばを無関心に
或いは関心を持たずして拾い上げ、
酷く罅割れたガラスのコップを
決して裂けぬノートの余白を
僕らの談笑を。彼らは
眼球のみを以て風景を風景とする
この生臭い水槽でさえも

   ――鼓膜にまで水が入っているんだ。
   それで近頃はどんな、
   耳障りな音も聴こえなくなってきた。

しかし依然として
僕の肺は正常だ。まるで狂気染みて
耳を澄ませば音波としての吐息、
故に静けさ、或いは畝る水流、
風も吹かぬ水面を夥しく震わせ、
ざわめかせ。ぼくには変則的な
波。波の、絶え間にばら撒かれたガソリン、
そのあらゆる虹色の兆候を黙殺する
その呼吸のみを僕へ告げている
告げ続ける

二〇十九・八

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