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医療の歴史をデザインから眺めてみる

こんにちは、株式会社CureAppでデザイナーをしています、精神科医師の小林です。
以前にデザインと医療を組み合わせたときに生じる曖昧さについて言及しました。

今回はあえて拡大解釈による語弊をおそれずに、デザインとしての医療の功績について考えてみます。

医療のデザインというと、つい現在もしくは未来の新しいなにかを思い描いてしまいます。しかし医療の歴史に現代のデザインの概念を適用したとき、そこには多くのデザインがあったのではないでしょうか?医療には患者と医療者というユーザーが常に存在し、そのユーザー同士の営みにはデザインの痕跡があったはず、という仮説です。

私は医学史の専門家ではありませんので深い考察はできず、まずは探索的にざっくりと概観していきます。医療の複数の側面を時間軸を含めて分解し、その歴史にデザインはどう関わってきたのか?考えていきます。

診療の歴史

私たちは病気になると病院に行きます。なぜ病院に行くのでしょうか?
江戸時代まで日本では医師が患者宅に出向いて治療するスタイルが主流でした。そこに西洋医学の病院というシステムが導入され、医療の高度化と治療可能な病気の増加により病院が医療の中核を成すようになりました。

往診から病院、という診療デザインの変化は興味深いです。「より多くの人により適切な医療を」という大義を優先させると病院は理にかなっています。しかし、たとえば体調が悪いのに外に出て受診し、感染リスクの高い待合で長時間待たされるというユーザー体験は明らかに負の副産物であり、いまだ改善の難しい病院の欠点です。
現在は高齢化とユーザーニーズの多様化、ITの進化により病院に行かない診療デザインも増えつつあります。

また、現代の診療行為は科学的な根拠を重視します。医療の大元をたどると原始医療のシャーマニックな治療から始まり、中国、中東、ヨーロッパなどで多彩な発展を遂げた中から、現代の科学中心の医療にたどり着いています。

古代文明やギリシャ時代の医療を紐解いても、医療は常に「医学」という学問でした。人間に対して徹底的な関心を抱き、多くの発見から病に打ち克つ方法を公共の益として発展してきた医学は、人間を中心とした創造的な営みとも言えます。

診察の歴史

診察とは、問診や聴診、触診など、医師自身の感覚を用いて患者の状態を評価する行為です。検査技術が発展した今でもそのポジションは揺らいでおらず、的確な診察により無駄な検査をなくすことができます。長い歴史の中で診察の手技や道具は発展してきましたが、中でも聴診器はデザインとしてとても優れています。

聴診器は1816年にフランスのルネ・ラエンネックにより開発されました。最初期は木の棒を胸にあてて音を聴いていたようですが、振動を伝える弁と進展性の高いチューブを組み合わせることで、身体の各部の音を精緻に聞き分けられるようデザインがなされています。コンパクトかつ丈夫であり、戦地など過酷な状況でも行われる医療にとって優れた機能を有しています。
このイノベーションにより命に関わる多くの疾患をその場で評価できるようになり、適切な治療にも繋がりました。現代では電気的な処理を加えて音の解像度を上げる聴診器や、bluetoothで音を飛ばすタイプの聴診器も生まれています。

デザインとしての聴診器のすごさについて私も初めて考えました。

検査の歴史

検査は機器を用いて患者内部の情報を可視化する技術であり、科学的なイノベーションに溢れています。
古くはレーウェンフックによる顕微鏡の科学的応用や、レントゲンによるX線の発見などがあり、今でも日常的に検査の中心を担っています。

1896年にレントゲンが撮影した手のX線写真
Wikipedia

現代では血液検査により血糖値から微量金属、DNAまで測定することができ、MRIは生きた脳の神経線維の走行まで私たちに見せてくれます。
このあたりは化学、物理学、生物学、工学などが密接に結びついて医療に貢献しており、インダストリアルデザインが主役を担っている印象です。

拡散テンソル画像による脳の神経線維の描出
porterrennie.com

治療の歴史

検査に対して治療は患者の日常に大きく関与しており、体験のデザインにより効果や継続性に差が出やすい領域です。
たとえば私たちは当たり前のように薬を服用しますが、錠剤、散剤、カプセル、注射、点滴、塗布剤、貼布剤など様々な形があります。かつては植物や鉱物を煎じて処方するのが主流であり、患者や医療者にとって有効で、使いやすく、管理のしやすい形に進化してきました。

また、治療は薬だけでなく外科手術をはじめとした物理的な治療法も多くあります。患者の苦しみをできるだけ軽減するための麻酔の開発もさまざまな紆余曲折を経て今に至ります。
現在では超音波、放射線、光、磁気、核酸、デジタルデバイスなどあらゆるものが治療手段として導入されており、より有効で安全な医療を目指し複雑な進化を遂げています。

磁気を用いて神経疾患を治療する反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)
Magventure.com

予防の歴史

予防は将来の疾患リスクを予見して未然に防ぐ方法であり、デザインの観点からも興味深い分野です。
初期の予防医学として 1850年代John Snowにより人間の行動と社会の分析によりコレラの流行を食い止めた研究があります。端的にいうと市街地のコレラ発生状況をプロットすることで発生源である水源を突き止めたという経緯ですが、これがコレラ菌そのものが発見された30年も前の功績というのは驚きに値します。

John Snowによるコレラ患者の発生マップ
Wikipedia

飢餓や衛生状況などの外的な要因で亡くなる人が減り、いわゆる生活習慣病ような個人の行動が影響する疾患が増えました。行動の変容を促すことはなかなか病院でできない予防策であり、まだ未成熟な分野です。
心理学、行動経済学の発展とともにデジタルを中心としたデザインの介入も期待されています。

制度の歴史

医療は医師と患者個人の関係だけで行われるものではなく、マクロ視点でのコントロールも求められます。
たとえば日本は国民皆保険とフリーアクセス(患者が受診する病院を自由に選べる)を実現させていますが、このあたりの制度は国によってバラバラです。
万民を救う理想の医療制度の実現は非常に困難であり、政治状況、経済状況、人口動態などにより常に揺るがされる問題でもあります。

この根本的解決は相当大きなレベルのデザインですが、どのようなデザインであれ医療に深く関わるほど避けては通れない領域です。

ここからどうするか

医療の歴史を複数の側面から概観し、デザインとのつながりに触れてみました。まだまだ際限なく書けそうですがこのあたりでいったん止めます。
デザインをきちんと定義しなかったためフォーカスの甘い考察になりましたが、書いてみてやはりデザインで医療を語る難しさを感じています。
どれもデザインの要素が含まれる気がしますが、どこまでをデザインと呼ぶべきかがわからない。

ここから議論を重ね、医療の歴史におけるデザインとはなにかを考えることはできそうです。ただ、その境界線の探索にあまり実益があるとは思えません。

それよりも大切なことは、さまざまな医療イノベーションのプロセスに、現代のデザインの技術や発想がどう介入できるかを考えることです。
今回は主に結果だけを列挙しましたが、科学的、社会学的なアイデアを臨床現場に実装するまでのプロセスには、もっとデザインで改善可能な領域があるかもしれません。
歴史の中のこうしたプロセスをより詳細に分析し、現代にもつながる開発過程のバイアスを知ることで、より優れたデザインを生み出せると考えます。

そのためには医療と医学についてこれまでと違う角度で学び直す必要があります。本当に、書くほどに知りたいことが増えていきます。

医学史を学ぶ書籍

まんが医学の歴史 (2008)
今回最も参考にした本。いわゆる学習漫画ですが、医学史のハイライトをしっかりと押さえてくれており、そこにまつわるドラマも豊かに描かれていて読み物として面白いです。

図説医学の歴史 (2019)
立ち読み程度ですが、膨大な量の視覚的資料がフルカラーで掲載されており、圧巻の読み応えです。この本を日本人が書いたことに驚かされました。より深く学ぶ上でぜひ一読したいです。

追記
2023年2月6日に「医療者のスライドデザイン プレゼンテーションを進化させるデザインの教科書」を出版しました。医療がデザインに関心を持ってもらうきっかけになるよう努めていきます。


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