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詩みたいな【おまじない】#シロクマ文芸部

小牧幸助さんの企画「春の夢」に参加させていただきます☆

お題「春の夢」から始まる物語

【おまじない】(744文字)


春の夢を見ると好きな人と幸せになれる。
そんな言い伝えを信じて、若い娘たちはおまじないをする。

……枕の下に桜の花びらを敷く。
……満月の夜にローソクを灯す。
……春の女神様に祈りを捧げる。

おまじないに効果はあるのかって?
あるような、ないような……
それでも娘たちは嬉々として、春の夢を見ようとする。

一方、ひとりの老女がいる。
彼女は毎晩冬の夢を見る。
たったひとり暮らす家で。
でも、ある日老女は思う。

やれやれ、冬の夢にはもうウンザリだよ。
あたしだってたまには春の夢が見たいわ。

老女もおまじないを試してみようと思い立つ。
と言って、若い娘たちのマネもしたくない。
老女は独創的な人であった。
ひとりで生きる人が、得てしてそうなりがちなように。
老女はおまじないを考えた。

……

老女のおまじないは効果てきめんだった。
今では好きな時に、春の夢を見ている。
しかし、ここで気になることがある。
老女が創ったおまじないはどんなものだったのか。
そして
「春の夢を見ると好きな人と幸せになれる」
この言い伝えは正しかったのだろうか。
老女であっても適用されたのだろうか。

老女自身に聞いてみよう。
あなたは好きな人と幸せに暮らしている?
老女は答える。
あたりまえじゃないの。
あたしは大好きなあたしと暮らしてるんだから。
他の誰かに好かれなきゃ幸せになれないなんて
若い娘みたいに思っちゃいないよ。
老女はニヤッと笑った。

老女の創ったおまじないはこうだ。
「春の夢よ、愛する者すべてに訪れよ」
そう三回唱えて眠りにつく、それだけだ。

老女のおまじないによって
計らずも恩恵を受けた者がたくさんいた。
娘たちだけでなく
老いた者にも、幼い者にも、男女の別なく春の夢は訪れた。
その理由に誰も気づかなかったけれど。

老女の愛する者すべてに、春の夢が訪れた。
それだけのことである。



おわり


© 2024/4/28 ikue.m



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