博士新卒でITベンチャーに入って、辞めた話

2018年4月に博士新卒で入ったFreakOut株式会社を退職しました。世に言う退職エントリです。辞めたけれど、とてもいいところだったのでその旨を記しておきます。なぜいいところだったかというと、たぶんカルチャーにハマっていたからなので、そのあたりを主に書きます。

ここで書くのはフリークアウト株式会社のTech部門の2018年における体験の話です。小さい会社なので今後変わるでしょうし、営業部とかはまた文化が全く違います。しかし、博士新卒で民間企業→再びアカデミアというキャリアパスは特に生物系ではまぁまぁレアなので、あくまで一つのケーススタディとして誰かの参考になればと思い筆を取ります。

また、アカデミア戻るにあたってマストで挨拶すべきだった人がめちゃくちゃいるのですが色々考えすぎた結果めんどくさくなり、結局誰にも直に報告できていないので、僕のここ一年ほどの動きを要約して公開することでその罪滅ぼしとしたいと思います(めちゃくちゃ不義理ですいません@各位)。

要点

カルチャーの合うベンチャー行くとただただ楽しい

FreakOutの社風

アメリカ音楽史上トップクラスの変な人であるFrank Zappaの1st albumにちなんだFreakOutという社名が示す通り、破壊的なもの、急進的なものを尊ぶ風潮がありました。僕は入社面接で訪ねたオフィスの壁にZappaの「Don't Eat The Yellow Snow」という最高の金言が刻印されていたのにグッときたので入社を決めました。

それぐらい分かりやすく、尖った社風を内外にアピールしているため、パンク/ギーク/ハッカーとかその辺のセンスが強い人が多かったです。何をおもしろがるかという文化的センスがかなり共有されており、おもしろのセンスが近い人たちが集まるとそりゃ楽しくて、社会人としての距離はありつつも大学のサークルみたいな仲良しさがありました(偶然ですが実際に大学のサークルの後輩も居ました)。

パンク強めの人とかギーク強めの人とか集めるとどうなるかというと、みんな我が強いのでだいたいろくなことにならないのはいろんな歴史が証明していると思うんですけど、そんな人たちが集まってめちゃくちゃ仲良くやれてるのにはヘテロな集団だった、というのが一つ要因にあったのかなぁと思います。

IT広告サービスという製品の特性上、いろんな方向に尖った、優秀な能力持ってる人たちがいました。例えばいわゆるOSSのコミュニティでかなり優秀で名の通ったベテランのエンジニアでも、機会学習分野で博士号持っている新卒とはお互いに敬意を払いながら情報交換したりとか。そんな風土だとどんなに専門性に秀でたエンジニアでも技術力だけでイキるのがほぼ不可能だし、異なる専門性の人たちへの尊敬も自然と生まれるので、喧嘩になりづらいのでしょう。

そんな風に、カルチャーがめちゃくちゃ合う環境というのはエンジニアにとっては転職のやる気を削ぎます。「今の環境が良すぎて年収1.5倍くらいにならないと転職考える気にはならない」と言っていた先輩がいましたが、特に新卒で入った人たちはカルチャーで選んでることが多いのでそういう人が多いようでした。転職していくエンジニアの人たちは地理的な理由とか、より小規模なベンチャーでチャレンジしたい、というケースが多かったように思います。僕のいた時でもそれなりに色んな人事ありましたが、年収上げたい系の転職は見なかったのでそれぐらいエンジニアにとってはいい環境だということでしょう。カルチャーマッチは会社と従業員双方にとって幸せだと思うので、それなりに重視したほうがいいと思います(wantedlyとか、カルチャーを見せやすい求人サイトが流行っているのはそういう理由もあるのでしょう)。

お仕事の話

退職直前に一番たくさん書いたGitHubリポジトリ見てみたら自分の書いた分で15000行とかだったので、たぶんデータサイエンティストとしてはそれなりにコード書いたのかなと思います(行数に意味がないのは重々承知ですが、あくまで目安です、許せ)。集計/統計解析とかもやっていたので新卒10ヶ月としてはそこそこ働けたのではないでしょうか。この辺はいきなり実戦投入されて、やりながら覚えろ形式のベンチャーのスピード感がありがたかったです。

情報系出身でもなく企業でのエンジニアリング経験もないため当然技術力はべらぼうに低かったのですが、なぜかそれなりに自分の能力生かして会社に貢献できたなぁという実感があります。多分その理由は(僕がやや自意識過剰なことを除くと)、与えられる裁量の大きさとそれに付随する働き方の自由度にあります。僕はどちらかというとプロダクトマネジメント的な視点で考えるのが好きだったので、自分で開発要件を考えて上司に持っていったり、降ってきた開発要件を(当然相談の上で)変更したりとか、そういう進め方をさせてもらっていました。入って半年ぐらいの新人でもそういう動きができて、またそういう姿勢を求められるというのもベンチャーの醍醐味という感じでした。

基本的な統計の知識とpythonでtableをこねくり回すのはよくやっていましたが機会学習で予測問題と向き合ったことはなく、そのあたりの専門知識ほぼゼロ、くらいのスキルセットの僕が機会学習エンジニアとして潜り込めたときは「この会社大丈夫か」ぐらいの感覚だったのですが、生物系出身の自分の強みも案外生きた気がしています。

ビジネスにおける機会学習プロダクトは、さまざまなビジネス要件に応えるためのロジックが複雑に絡み合って、コード全体を把握できる立場にあったとしてもその全体としての挙動はかなりブラックボックス的でした。インプットとアウトプットの傾向からブラックボックス的なモノの挙動を捉え、仮説を立て、ある部分に変更を加えることでその仮説を検証していくというプロセスは生物系で培ったセンスが結構使えます。コードいじるのは遺伝子いじるより楽ですしね。

あと「ログの速さが早い業界は楽しい」というベテランの先輩の言葉は結構印象に残っていて、新しい機能の追加や新モデルのA/Bテストとかしてるときはユーザーデータのログを集計するのがめちゃくちゃ楽しかったです。僕の場合はアドテクだったのでユーザーの広告クリックや購買のログデータでしたが、スマホゲームだと課金、ECなら購買とか業界によって色々あります。自分のさじ加減で世の中の人の行動が変わったことがダイレクトに実感できるのはtoCビジネスの特権で、早くログが見たいという理由で出社が楽しみな日もかなり多くありました。この辺のスピード感は研究始めてから論文発表まで3~5年とかかかることもざらな生物学分野では味わえないものでした。

エピソード集

1. 「(退職後に自分の実名で自分の責任で書くんだからとやかく言われる筋合いも無いけど)退職エントリとか書きたいんですけどどうすかね?」と人事の人にチラッと聞いたら「退職後に自分の実名で自分の責任で書くんだから会社からとやかく言う筋合い無いので、あまりに悪意あったり嘘書いたりしない限り内容のポジネガに関わらず好きに書いていいよ」と言われて「まぁそうだよな」と思いました。こんな感じで、「だいたい僕がOKだと思ったことは会社的にもOKだった」ということはストレスなく働けた一因かと思います。

2. 上司と退職の面談を最初にしたときに「私も元々研究業界にいたので気持ちはわかるし、個人的にはおめでとうという感情です。しかし立場的にはちょっと寂しいな、という感じですね」という趣旨のコメントを頂き、「マジでいい人だな」と思ったこと。だいたい他のエンジニアの人たちも似たようなリアクションぽくて有難かったっす。

3. エンジニアだけで酒飲んでて夜2時とかに誰からともなく出てくるのが「会社褒め」で、しかも特に思想強めの人から特にそーいうコメントが出ていました。エンジニアは会社の飲み会あんま無いんですが、その分飲み会あると明け方までガッツリ飲むことが多かったです。

以上で書くべきことだいたい書いた気がするので、以下は蛇足です。主に自分語りです。長くなっちゃったので、興味ある方いれば。

僕のキャリアに関して

学部時代は純粋生物学。iPhoneゲームを趣味で作ったり、プログラミングが好きだったので修士課程から生命情報学分野へ片足を突っ込む。そのまま博士課程まで行き学位取得。本業としては海洋微生物学であり学位は博士(環境学)。生命系でよく使うアルゴリズムは一通り学んだけれど情報系の体系立った学習をする機会が無かったのにやや負い目があった気がします。

民間就職を決めた理由

基本的には怖いもの見たさと逆張りしたくなる自身の性分です。でもそれだけじゃあまりにアレなので、以下のような感じで僕の中では言語化していました。

1. 文部科学省とか日本学術振興会の一挙手一投足にいちいち心を揺さぶられたりするのがなんか窮屈だったので、アカデミア外でも生きていける実感が欲しかった(親父の会社継ぐ前に、一回就職して社会見てみようかな、みたいな気持ちです、たぶん)。

2. (これは異論出てくるところだとは思いますが)日本の就活市場だと博士新卒はそれなりに有利なので、せっかくの機会なのでカード使っとくか、みたいな気持ちもありました。民間とアカデミア両方知ってから選びたかったので、博士新卒はひとつのいいタイミングでした。

3. プログラミング自体はずっと好きだったので、エンジニアという生き方も気になっていました。

就職に際して給与はそこまで重視しませんでしたが、一般的なアカデミアのポスドクの水準よりは新卒時点で待遇良かった気がします。個人的な意見として、もっと民間経験のある大学教員や研究者が増えた方がいいと思っているので、将来的にアカデミア戻るにしろ一回民間行くのは悪くないかな、とかも楽観的に考えていました。

 IT広告業界及びFreakOutを選んだ理由

昔からIT広告自体がなんとなく好きで、興味がありました。iPhoneアプリとか作っていたのもあるかもしれないし、一番身近なところにある人工知能だからかもしれません。また、会社としてどう動いているのかがある程度見えた方が良かったので大企業はあんま考えておらず、しかしある程度の規模あったほうが学習効率が良さそう、と考えて、FreakOutはサイズ感がちょうどいいなと思いました。

辞める理由

元々、とりあえず二年ぐらいは働こうと、社会科見学のようなつもりで就職しました(アカデミアに戻るかどうかを二年後くらいに決めればいいかなという感じです)。思ったより早く、10ヶ月で辞めたのは以下のような理由です。ちなみに次職(現職)では海洋研究開発機構の任期付き特任研究員として、海洋微生物の研究をやります。

理由1. アカデミアに戻る可能性があると給与がモチベーションに繋がらない
会社勤めのモチベーションの一つに給与があります。FreakOutはマトモな会社なのでがんばれば順当に給与が上がっていきます。しかし、どんなに前職の給与が高かろうとポスドクでアカデミアに戻れば前職の給与は加味されないので、いつかアカデミアに戻るとすると、年収を上げるレースに参加するモチベーションが低下します。給与上げるための活動と自己の能力上げるための活動は必ずしも一致しないので、どうしても後者にリソースを割きがちになり、そうなってしまうと会社への貢献度が相対的には低下することになるなど、やはり給与に対してある程度がっつけないと民間企業でガリガリ働くモチベーションに繋がりづらいなと思いました。

理由2. 趣味と仕事分けるのが性格的に無理だった
もしかするとアカデミアに戻って無理に仕事を通して自己実現せずとも、ほどほどに働いて趣味の部分でハッピーに過ごすことは可能なのではないかと思い、趣味のカードゲーム(MTG)をちょっと本気でやってみたりしました。そこそこ大きな大会でまずまずの成績を残せたりもしたのですが、本気でやればやるほど「おれは何をやっているんだ」という虚しさみたいなものがすごい出てきたので、たぶん趣味に打ち込むというのが苦手な人間なのでしょう。趣味と仕事を一本化させる生き方がしたいならアカデミアの方が良さそうでした。

理由3. 生物学
ずっと近くにいたから気づかなかったけど、居なくなってはじめて思ったより大事なものを失ったことに気づく、みたいなアレですね。博士時代の終わりの方は学部から9年やった生物学にやや食傷気味だったのですが、やはりたまにオープンジャーナルの生物系の論文読むとべらぼうに楽しかったです。

理由4. タイミング
結局はこれで、たまたまなんとなくアカデミアの求人見たときにでたまたま現職のポストの公募が出ていたので応募したという感じです。アカデミアにおける職としては自分の求める条件全て揃っており、これ以上の公募逃すと次どうなるか分からんなという状況でした。もっと長くFreakOutで働きたかった思いもそれなりにありますが、まぁ結局はタイミングです。

就職して良かったこと

・アカデミア志向の人は民間にも多くいて、彼らは彼らで日本のアカデミアに対して愛憎入り混じる複雑な思いを抱いていることを知れたのは良かったです。
・なんとなくですが、多分これからアカデミアに一生いるにしろ、民間戻るにしろ、視野が広くなったことでいろいろシンプルに考えられるようになった気がします。
・世の中のバックグラウンドで動いている利害関係について、少しだけ理解できました。知らないことばかりのビジネスの世界は思ったよりも面白くて、学びが多かったです。

その他

・時期もあるのか、最近博士取得者のキャリアパスっぽい記事がちょいちょい流れてきます。みなさん文章うまいし論理的だし抽象度の高い理解をしているので読むと凄い真理っぽい印象受けますが、結局だいたいN=1の話なのでそんなに真面目に受け取らなくてもいいんじゃないかと思います(少なくとも僕の場合はあまり共感できる記事ないです)。民間企業行くってだいたいマッチングの話なので、先輩の恋愛経験聞くぐらいのスタンスで読むのがいいんじゃないでしょうか。

・目指すものにもよりますが、博士新卒で1年ぐらい民間で働いて辞めるの、キャリアパスとしてアリかなと思いました。遅れた分取り戻せるかとか、世界においていかれはしないかとか、色々あるかとは思いますが博士号取得までに得たものは1年や2年で陳腐化するものではないはずです。

・たまたま学振取れて生活にそれほど困らなかったこともあり、僕としては博士号は「なんか研究楽しかったから続けてたら取れたもの」ぐらいの感覚だったのですが、生きる上でも結構使えるようでした。とにかく個人で仕事する能力を担保するものなので、僕のように基本的に大きな組織が苦手で、昔ながらの終身雇用制度とか経団連のアレコレとかじんましん出ちゃうよ、という人は博士号、いいと思います。ミュージシャンとか漫画家とかその類の商売よりはずっと生活の保障を得やすく、社会的尊敬度もそこそこ。分野選びミスると死ぬというのもありますが、学融合的な流れは分野問わず流行っていますので要領よくやれば案外なんとかなると思います。博士進学には割と悲観的な意見も多いですが、僕は博士課程に進んだことを正解だと心から思っています。日本のアカデミアの状況は最悪ですが、世界の広さに対して博士号に値するほどの能力がある人はそんなに多くいません。

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