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「数字」の魔力と統計の誤用

前回の投稿で、ディラックの主な業績について触れました。

ほぼすべてが対称性を意識した美しい理論ですが、1つだけ美を追求しすぎて、ほぼ後世に継承されなかったディラックの仮説があります。

大数仮説と呼び、下記が同値(大体10の40乗)していることから、時間的に物理定数は変化する、というものです。

  • 陽子-電子間の電磁気力と重力の強さの比

  • 宇宙の年齢と光が陽子の半径を進む時間の比

  • 宇宙に存在する陽子と中性子の数

現時点でこれを本格的に検証しようという研究は見かけませんが、ただこの奇跡的な符号に何か理屈をつけたいのは分かります。(勿論全否定は出来ません。しかもあのディラックの仮説なので)

我々の脳は、偶然でも何か因果関係を作ろうする癖があるのは何となく共感できるのではないでしょうか?

もう少し日常になると統計の力がそういった誤解を糺すのに役立ちます。

科学雑誌Scienseのカバーストーリーで、これに関する興味深い話がありました。

ちょっと長い記事なので、要約します。

オランダで、ある看護師が立会った時間で患者の死亡が多発したため殺人で起訴された。ただ、よく見ると統計の誤用であり、この領域の統計に長けたBill氏は同じような事件に対して正しく統計を使うことで冤罪を防いでいる、
という話です。

一番その差が激しかったのが、DE BERK'S CASEと呼ばれる事件です。
偶然患者の連続死亡に立ち会う確率を、当初警察は70億分の1、検察側の専門家でも3 億 4200 万分の 1と割り出し、納得いかない被告は上訴中に脳卒中で亡くなってしまいます。

Bill氏は、この事件を後に知り独自に再調査した結果、2018年の共同論文でなんと49分の1と割り出します。

要は、人間の「認知バイアス」があったということです。

Bill氏は権威にこびず、常に疑いの目を向ける性格で、実は物理学とちょっとしたつながりがあります。

Bill氏の当時の趣味は量子力学の研究で(その時点ですごいですが)、オランダを代表する物理学者のヘーラルト・トホーフトとの親交がありました。
余談ですが、上記の冤罪活動でトホ-フト氏も協力しています。

トホーフト氏は1999年にノーベル物理学賞を受賞した有名な研究者で、弱い力と電磁気力の研究で主に評価されています。

で、この方は権威に媚びない、いい意味で批判的な人だったことで知られています。Bill氏とはその姿勢も相互共鳴したのかなと想像します。

トホーフト氏の取り組みについてはまた改めて触れたいと思いますが、いずれにせよ、「数字」というのはある意味魔力的で、その使い方を誤ると危険な作用を引き起こします。

認知バイアスも色んなパターンがありますが、この「パターン」が曲者で、とにかく「人間はパターンを求めたがります」。そうでない人もいるのかもしれませんが、少なくとも私自身はそうです。(多分意味をラベル貼りして生理的にすっきりしたいのかもしれません)

元々のScience記事では、これらの冤罪を「魔女狩り」と称していますが、まさに過去の人類が犯した非科学的な過ちを象徴する悲劇です。

ということを強く自戒しながら、常に自分も疑いつつ、批判的に物事をとらえられる姿勢を持てるよう努めたいと思います。

ちなみに、Bill氏とトホーフト氏が同じ批判的な性格であったのは、因果ではなく相関です☺

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