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誰かのために怒れるひと|煙たい話

喜怒哀楽の「怒」が無いよね、と言われてきた。
自分でもそうだと思う。無いわけではないけれど、他の3つと比較すると存在感が格段に薄い。
友人が「こむぎが怒るところは見たことがない。だけどプンプンっていうのはたまにしているかも」と話していたことがある。思い返してみれば、ムッとすることがあったときに「やだ〜!」等と軽めに口に出してそれで終わらせていることが多い。長引かせたくない、そもそも怒りたくない、という無意識下での行動だろう。

大きな声や、強い言葉を使って怒るひとは苦手だ。
怖いし、近付きたくない。関わり合いたくない。「怒る」は嫌なことだとばかり思っていた。自分に「怒」が無いのは良いことなんだとも。

けれど、わたしの代わりに怒ってくれるひとがいた時に今までの考え方がガラリと変わった。怒ってくれることが嬉しかった。怒れない自分に悲しくなった。不快じゃない怒り方があることを知った。怒れないわたしは狡い人間なのかもしれないと落ち込んだ。

林史也先生の『煙たい話』に出てくる武田は、わたしと少し似ている。武田は怒らない。いや、おそらく「怒れない」。だけど怒り方が分からないことで、悲しむひとがいる。その事実に、わたしは武田を通して泣きたくなる。
成人男性2人の共同生活。そこには「日常漫画」という言葉では表しきれないほど多くの感情が くすぶっている。

高校教師の武田と、花屋で働く有田は、2人で暮らし始める。

彼らは高校最後の年を同じ教室で過ごした。当時は特に仲が良いというわけではなく、良い印象も、悪い印象も無い、ただのクラスメイト。
再会した時だって、武田が教師をやっていることに対して「意外」と思えるほど彼のことを知らないし、有田がコンビニスイーツを食べるのかどうか武田も知らない。

「なんでかなあ 友達って
繋がりを切らずにいるのが 意外と難しいんですよね」

林史也『煙たい話』1巻

せっかく再会したのに、この繋がりが切れてしまったら嫌だなあと武田は思う。会わなくなってもきっと普通に生きていける。でも、平気だとしてもつまらない。だって、有田はなんか違う。一緒にいて楽しいし、一緒にいて心地良い。
だから一緒に住まないかと武田は提案し、有田はそれに応える。

彼らを表す言葉は見つからない。
「かつてのクラスメイト」は合っている。事実だから。だけど今の彼らを表すとしたらなんだろう。同居人?友達?いや、そもそも表す言葉、って必要?
武田は、必要ないって思ってる。誰かに説明するときに有田のことを言い表す言葉が無いなあって思ってはいるけど、それだけ。なんで言葉が必要なんだろう、変なの、とすら思っている。だって、有田は有田だから。
有田は、武田が必要ないって思っていることに共感しつつも「でも」って思っている。でも、そのままじゃ良くないだろうって。自分たちが良くても、周りのことを考えると、って。

でも武田
普通人が期待するだろう「友達」の形と
俺たちのやろうとしてることの間には
多分大きなズレがあるよ

林史也『煙たい話』1巻

正しいことを考えてから動く有田。
自分のやりたいことに真っ直ぐ動く武田。

有田は武田のその行動力に憧れる。だけど武田のその行動は周りから理解されないことも多い。そこが有田は悲しい。やるせない。武田自身が理解されなくても仕方がない、と諦めていることだって有田は悲しい。

武田は優しい。
生徒が何を考えたのかを聞き、職員室では自分の意見を言い、なかなか話せない人には待つ姿勢を見せ、生徒の親の意見もしっかり聞く。迷子がいれば子どもの目線の高さで「大丈夫 見つかるまで一緒におるよ」と声を掛けるし、座り込んでいる人には声を掛けて肩を貸す。

だけどそんな武田のことを「他人事ですよね」「悪い人やったら」と言うひともいれば、タイミングを狙ってお財布を盗むひともいる。意見を言えば煙たい顔をされることもあるし、素直さ故に「見ててヒヤヒヤする」と同僚は話す。

正直さは美徳。心は誠実。それでも、いや、だからこそ武田の行動が裏目に出てしまうことがある。武田はそのことを「しょうがない」と思っている。

それでも有田は「…あんな言い方することないのに」と言ってくれる。
「でも確かに俺は子どもを持たんけん」と話す武田に目を見開く有田のカットにたまらなく胸がギュッとなる。なぜ武田がそんなことを言うんだ、って。武田がそんなことを思う必要ないだろ、って。
優しい武田が不憫な目に遭うこと、優しい武田に優しさが返らないことに腹を立ててくれる有田のその気持ちだって、間違いなく優しさだ。

そりゃそうだ
優しい人には優しさが返ればいいと思う
本当に それだけなのに

林史也『煙たい話』3巻

一見、武田が感情豊かに見えるけれど、有田だって心の内にはたくさんの感情が渦巻いている。表に出さないように飲み込まれたその気持ちにも、武田は気付いている。お互いに全ての感情を言葉にしているわけじゃない。それでも2人は互いのことを思いやりながら生活を続けていく。

有田が武田のために怒ってくれることが嬉しい。
自分以外のために怒れることも優しさだと、もう分かっている。
優しさに優しさが返らないこともある世の中だけど、せめて優しい人のそばに優しい人がいてほしい。「優しい」は良いことなのだと信じていたい。


現在も連載中の漫画です。
試し読みも出来るので、気になった方は是非2人の優しさに触れてみてください。

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