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たんぽるぽる

 人生で初めて買った歌集だった。きっかけは好きなアーティストがあとがきを書いていたから。それくらいたわいもないことでも、というかむしろそれくらいたわいもないことが意外と新たな道をくれたりするのだ。


目がさめるだけでうれしい人間が作ったものでは空港がすき

たんぽるぽる/雪舟えま

 これは巻頭歌なのだが、初めて読んだ時から下の句はなんでもいいんじゃないかとなんとなく感じていた。もっと言ってしまえば下の句に意味はほとんどない。上の句とちょうどいい距離にあるものを持ってくることができればそれでいいのだ。昔読んだある人の批評で「遠い距離のあるもの同士を繋げるのが詩や短歌の根本的な性質としてある」という文があり、あまりに芯を捉えた表現だったのでその衝撃は大きく忘れられなかったのだが、この歌でもそれがまさに言えると思う。 

 解説動画でも雪舟えま本人が言っていたが、この歌で伝えたいのはとにかく「目がさめるだけでうれしい」ということなのだ。短歌はたった31音しか使えない中でどれだけの心の揺らぎ、煌めき、情景などを伝えられるかが鍵であり、読む側もその制限を逆手にとって解釈を広げ自由に楽しむことが定石だと思っていたのだが、その定石をあざ笑うかのように雪舟えまは句の主張を上の句で完結させ、下の句に意味や重みをほとんど持たせなかったのである。


指なめて風よむ彼をまねすれば全方角より吹かれたる指

たんぽるぽる/雪舟えま

 初めて読んだときには思わず笑ってしまった。あまりにも健気で可愛すぎる無翼天使がここにいた。「彼」と一緒にいるのが幸せすぎて、子どもが親のまねをしてリップを塗ったり、おままごとをするような愛で「彼」のまねをしてみたものの、実際は少しも風を読むことができず、むしろ全方位から風が来ているように感じてしまった主人公のお茶目さと別に風を読むことが目的ではない、彼と一緒にいられれば十分なのだという気概がそれとなく伝わってくるとてもかわいらしい一句だと思う。

 たんぽるぽるは一番好きな歌集なのでまたいつかもっとしっかりと紹介をしてみたい。余力があれば。

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