見出し画像

古賀政男音楽記念館を訪ねて

「影を慕いて」「酒は涙か溜息か」「丘を越えて」「東京ラプソディ」「人生の並木路」「誰か故郷を想わざる」「湯の町エレジー」「無法松の一生」「悲しい酒」「柔」ーー枚挙に暇がない古賀政男メロディーの名曲の数々。
 その古賀が気に入って「音楽村」を作ると意気込んで移り住んだ代々木上原に「古賀政男音楽記念館」(東京都渋谷区上原3-6-12)がある。
 2024年5月4日(土・祝)に訪れた。

古賀政男音楽博物館の入り口


 名曲の数々を作曲した”大衆音楽の父”古賀政男。
 福岡県大川市に生まれ、大正12年に上京し、明治大学予科に入学。明治大学マンドリン倶楽部の創設に参加した。
 本格的な音楽教育を受けたことがなかったため、古賀は学生時代に図書館などで音楽理論や作曲法などを独学で学んだ。
 明治4年、明治大学マンドリン倶楽部定期演奏会で「影を慕いて」を発表。翌年、レコード作曲家としてデビューした。
 昭和34年、第一回レコード大賞が設けられるが、その設立に大きな役割を果たし、赤字を補填するために古賀は私財を投じたほどだった。
 昭和53年、永眠。没後、国民栄誉賞が授与された。

 

 古賀政男音楽記念館は毎年、大衆音楽の歴史を振り返ってその発展に貢献した人の功績を顕彰している。
 令和5年には阿木曜子(作詩家)、加山雄三(歌手)、西郷輝彦(歌手)、ボニージャックス(歌手)、八代亜紀の「愛の終着駅」などの池田充男(作詩家)、ロマンチカとの「小樽のひとよ」などの鶴岡雅義(作曲家)、「人造人間キカイダー」や「マジンガーZ]などの渡辺宙明(作曲家)、伊東ゆかりの「小指の想い出」などの鈴木淳(作曲家)ら10組。
 2Fには歴代の受賞者たちが紹介されている。
 3Fは古賀政男を訪ねる「常設展示室」だ。その部屋に至るには古賀政男の家の正門と玄関を結ぶ石畳をイメージしたスロープがある。
 また玄関の一部が復元され、書斎も移設されている。
 代表曲が書かれたパネルもある。

古賀政男



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?