憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の五
※其の四からの続きです。気軽にお付き合い下さい。
「メン!! メン!! メン!! メン!!」
6月に入り、少しずつ稽古には慣れてきた。久しぶりに剣道をやった当初は足の皮や手の豆が潰れたり、鈍っていた体がすぐに悲鳴をあげたが、徐々に体も馴染んできている。
「気迫がない!!!」
休憩中、藤咲が私に怒鳴る。
「んもぅ! 全力でやっているでしょ! あれから藤咲が強くなっているからそう思っているだけでしょう」
いいかげん毎日毎日突っかかられると、嫌にもなる。
「やめとけって! こいつはもう、あたしたちが倒そうと目指していた雪代響子じゃねーよ! 全くの別人だ!」
失礼な奴。八神め。
「……でも、本当。わたしたちが、倒そうって思っていた人物と違う。……あなた、本当に雪代?」
日野。お前もか。
「はぁ……」
思わずため息が出る。ドリンクをグイッと飲み干し、再度ため息が出る。こいつらは私の剣道に何を感じて、それを言っているのかわからない。たしかに私は石館中学時代に全国大会でベスト8まで勝ち進んだ実績がある。だが。
「……ふぅ」
思い出したくないし、それを考えるのも疲れてしまう。今は、まだ放っておいてほしい……。
「1年生。剣道はな、『気・剣・体』が一致してこそ本当の力を出す。お前たちが雪代のなにを期待して目標にしていたかはわからないが、今の雪代は、おそらくこれが限界だ」
3年の女子主将。高橋真悠子先輩が助け船を出してくれた。
「そうそう。焦らなくて大丈夫だよ~、雪代~。ゆっくりやって行こうね」
同じく3年女子副主将の宮本彩也香先輩。笑顔がとびっきり可愛い。
「まだ剣道復帰して1ヵ月も絶たないんでしょ? ならもう少しリラックスさせてあげなよ」
「そうそう。まだ1年生だし。私たちと違って先はあるから!」
西澤桂花先輩に菅野夢香先輩。3年生の先輩たちだ。
(うん。もう顔と名前は覚えた)
人呼んで、総武学園剣道部女子四天王。3年生の先輩はとにかく強い。周りの総武学園の評判が『普通』の剣道部と呼ばれないのも、この4人の先輩方が結果を出しているから。古豪と呼ばれる伝統の剣道部を。
「でも!! 先輩方!! 私は、私の代は、みんな雪代を目標にしていた奴は多いんです! 誰も敵わなかった、あの雪代響子を!」
藤咲が私を何度も指さして訴える。
「うん……。でもね、藤咲。剣道って、そんなに簡単じゃないから」
宮本先輩がニコッと笑って話にピリオドを打った。
「だからやめとけって! 藤咲、先輩方にこれ以上迷惑かけんな!」
八神が後ろから大きな声で叫ぶ。
「……くそっ!!」
振り向いて藤咲は行ってしまった。
「……すみません。先輩方……」
申し訳ない気持ちで私は先輩方に謝る。
「いいって。雪代。お前はまだもう少し時間が必要だ」
「そうだとも! いつか必ず雪代の力が必要な時が来る」
「その時の為に」
「今は、真摯に、できる限り稽古すれば良いと思うよ」
もう。先輩方、優しすぎ。涙出そう。
「あっ! 私が言おうとしたセリフを全部言ったな! 3年生!」
琴音先生がヒョイと顔を出し、みんなビックリする。
「おわっ! 先生!」
「ビックリしたー」
「良かったわ~」
「悪口じゃなくて」
「なにー!」と言って菅野先輩を締めあげる琴音先生。部の雰囲気にはだいぶ慣れて来た。メリハリある剣道なので、私にとってありがたい。
「雪代さん、地稽古あとで一緒にやろう! 私に稽古つけてよ」
休憩終わりに光と面越しに約束した。
「イャーー!! メーーン!!!」
少しずつ感覚も思い出す。
「メン! メン!! メーーン!!!」
だが、藤咲や八神が言っていることもわからなくない。今の私は中学生時代の半分も力を出し切れていない。剣道は毎日の鍛錬を積み重ねて地道に力をつけていく。それはなにも剣道に限ったことではない。なんにでもだ。
(よく、剣道場に戻ってきたと思うよ)
すべてを投げ出し、なにもかも嫌になった中学時代。私は逃げた。最後の頃は受験勉強の為とか言って、学校もほとんど行かなかった。
「コテッ! メーーン!!」
中身が空っぽな剣道。なにかを目標にしているわけではない。総武学園で必死に汗を流せば、また剣道が少しずつ好きになれるかも。そう信じて今はまだ、これで良い。
続く
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