忘れてもいいのにね

長年の付き合いではなかった。
長年の付き合いになるとも思っていなかった。
「お疲れっす」
砕けた口調の、バイト先のひとつ年下の女の子。切長の目に、若干わかりやすい切開ラインを引いて、耳には小さなピアスが付いていた。瞼はいつもキラキラしていて、髪はサラサラで、規則に引っかからない程度のインナーカラーが可愛かった。彼女とは同期で、バイトでなければ話す機会のない世界の人だった。業務連絡から、ふとした他愛ない世間話をする程度で、連絡先も交換しなかった。
「このお酒、よく売れるね」
「お酒飲むんですか」
「全然。ほろよいしか飲めないや」
「可愛いですね。私はハイボールガバガバ飲みますよ」
なんでも、都会のクラブに顔を出すらしい。そうで無くても、家に友達を呼んでパーティをしているのだとか。滅多に酔わない所が羨ましい。彼女自身にも、彼女の生活環境とも、ほとんど無縁だった。
可もなく不可もない、不可の方が大きいのでは? と思うようなバイト先で働き始めて半年が経過した頃、彼女は忙しくなった。元々忙しい学校に通っているらしく、本当はバイトなんかしてられない程忙しいらしい。頻繁に休むようになった。本当は風邪なんか引いていなくて、行きたくないから仮病を使っているのでは? と疑われても仕方ないくらいには。本当の事は誰にもわからず、ただ、
「この間はすみません。大丈夫でしたか?」
と。わざわざ私の所に謝りに来るので、私はいつも「大丈夫です」と答えた。

「お疲れ様っす」
砕けた口調の彼女が出勤してきた。制服の下には何を着てもいいので、私は高校時代の変なTシャツばかり着ていた。彼女はというと、どことなくいつもお洒落だった。有線のイヤホンを外して、机にスマホを置き、再生中止に切り替えた。ふと見たCDのジャケットには見覚えがあった。
「あれ、好きなんですか」
「最近よく聴いてます」
「私もよく聴いてます」
その後、特にその話題が進展することはなく、いつも通り出勤打刻をして、働いて、
「お疲れ様っす」
いつも通りだった。

その数ヶ月後、彼女はバイトに来なくなった。無断欠勤を繰り返した末、どうなったのかはよく知らない。彼女が辞める少し前に新しく入ってきた子はとても明るい子で、話すのが楽しかった。彼女の方がきっと私よりこの子と上手く話せるだろうな、と、ふと思った。
彼女の名前がシフト表から消え、名前どころか存在すらも無かったように扱われ始めても、私は上手く忘れられないでいる。
マイナーな歌手ではなかった。音楽番組に取り上げられていたし、動画の再生回数はもうすぐ一億回に達しそうだった。でも、ありがちなラブソングではないし、少し過激な歌詞から、この曲を聴いている人とは友達になれそうだと勝手に思っていた。

もう二度と会うことはないだろう。それがなんとなく、寂しい。

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