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『ハラスメント』 # シロクマ文芸部

桜色の写真を見て、便座で微笑むのは健志さん、41歳。
満開の桜を背景に、当時4歳の娘を挟んで妻とのスリーショット。
何度も見ているために皺がより、角は擦り切れています。
おや、誰かが入ってきました。
彼はそっと写真を内ポケットにおさめると、水を流し、わざとベルトをかちゃかちゃ言わせながら個室を出ました。

きっかけはひとつの投稿でした。
あるバーガーチェーンのCMで、三人家族が楽しそうにハンバーガーを頬張っているシーンが流されました。
パパとママと、幼稚園くらいの女の子です。
そのCMに対して、一件の書き込みがありました。
「自分はこのCMを見ると、お前も早く結婚して子供を作れ、そう言われているようで辛い」
そして、これに続くようにして、
「まるで結婚できない自分への当てつけだ」
「幸せじゃなきゃ、ハンバーガー、食べちゃダメですか」
そんな書き込みが殺到したのです。
事態を重く見た政府は、CMや広告での家族、家族を思わせる映像、画像の使用を禁止する法案を可決しましまた。
これで騒ぎは治るかに見えたのですが、そうではありませんでした。
今度は、道で楽しそうに歩く家族を見るのが辛い、そんな意見がわいてきたのです。
これに反応したのは都でした。
これをファミリーハラスメント、略してファミハラと名付けて、公道を3人以上の家族連れで歩くことを条例で禁止しました。
全国の自治体も後を追いかけます。
もちろんファミリーマートも店名の変更を余儀なくされました。
ひとりでも楽しい「ロンリーマート」

「あなたたちの幸せそうな姿を見ていて、精神的に追い詰められ、仕事を休まざるをえなくなりました」
こう言って、ある男女が訴えられました。
これをきっかけに、路上では腕を組んだり、手を繋いだりすることが、マナー違反として認知されるようになったのです。
人前で幸せそうにしてはいけません、人前で幸せそうにすることは、ハッピーハラスメント、ハピハラです。
そんな教育が、学校や企業でなされるようになります。
ハピハラのポスターにカピバラが使われましたが、これには動物愛護協会からクレームがつきました。

みんなの笑顔が辛い。
ついに人前での笑顔が禁止されました。
スマイルハラスメント、スマハラです。
当初は、飲食店や新幹線、飛行機などでも、一部にスマイル席、スマイルコーナーなるものが設けられていましたが、それも時代の流れには勝てず、いつのまにか無くなってしまいました。

さて、冒頭の健志さんとは縁が無さそうなタワーマンションですが、これもついに建築が許可されなくなりました。
ことさらに下界を見下ろすような建物をいつまで放置するのか、こう野党が問いただしたのです。
今では建築基準法が改正されて、見える部分の大きさが規制されています。
タワーマンションはその一階のみを地上に残して、そこから上は、逆に地下に潜ってしまいました。
地下何十階の、超低層マンションです。
マンハラと呼ぶ人と、タワハラと呼ぶ人がいます。
まあ、品性の違いでしょうか。

すべてのきっかけとなったハンバーガーチェーンのCMですが、今では、ここに限らずすべての企業、サービスのCMが、動かない文字だけの映像になりました。
一部の高齢者からは、
「懐かしい」
「昔、深夜にあったやつだ」
と好意的なコメントが寄せられているようですよ。

さて健志さん、今度家族写真が撮れるのはいつのことでしょう。
今では、お花見も、自粛されるようになっています。
皆さんもお気をつけください。
最近は罰金も高くなっているようですから。


昨日、妻から「めんどくさ」と下の記事が送られてきました。
それを元に書いたディストピアです。


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