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権利は義務を伴う?

 「権利は義務を伴う」と言われることがある。これは正しいのだろうか。そもそも「権利は義務を伴う」という言葉は何を意味するのだろうか。この記事では、そうした視点から権利と義務を問いなおしたい。

※ 参考文献は記事の最後に示し、本文では著者名・刊行年・ページのみを括弧に入れて表記する。


Ⅰ.「権利は義務を伴う」とは

 まずは、次の例に即して考えよう[注1]。

【例1】はBに1万円を貸し、はAに1万円の返済を約束した。このとき、はBに1万円の返済を求める権利を有し、はAに1万円を返済する義務を負う。

[図1]例1の場合

 図1を見てほしい。この場合、Aが持つ〈Bに1万円の返済を求める権利〉は、Bが負う〈Aに1万円を返済する義務〉に対応している。ここでは「Aは権利を持ち、Bはそれに対応する義務を負う」という関係が成立している。

 それでは、AはA自身の権利に対応する義務を負うだろうか。いや、そのような義務はない。Aの権利に対応する義務を負うのはBである。

 次の例はどうだろうか。

【例2】は日本人である。日本国憲法の下では、は国家に対して自由権を有し、国家はCの自由を保障する義務を負う。

[図2]例2の場合

 図2を見てほしい。この場合、Cが持つ〈国家に対する自由権〉は、国家が負う〈Cの自由を保障する義務〉に対応している。ここでは「Cが権利を持ち、国家はそれに対応する義務を負う」という関係が成立している。

 それでは、CはC自身の権利に対応する義務を負うだろうか。いや、そのような義務はない。Cの権利に対応する義務を負うのは国家である。

 注目したいのは、例1と例2のどちらの場合も次の関係が成立していることである。それは、ある人が権利を持つならば、他の誰かがそれに対応する義務を負うという関係である。言い換えれば「ある人の権利は他の誰かの義務を伴う」ということである。

 権利があれば他の人の義務もあるということは広く認められている(瀧川/宇佐美/大屋 2014 p. 150)。よって「権利は義務を伴う」という言葉が「ある人の権利は他の誰かの義務を伴う」という意味で用いられるならば、これは正しい。

 一方で「権利は義務を伴う」という言葉は「ある人の権利はその人自身の義務を伴う」という意味で用いられることもある。これによれば、ある人が権利を持つならば、その人自身がそれに対応する義務を負うことになる。しかし、例1でも例2でも、そうはなっていない。

 ある権利に対応する義務を負うのは、権利を持つ人自身ではなく他の誰かである。よって「権利は義務を伴う」という言葉が「ある人の権利はその人自身の義務を伴う」という意味で用いられるならば、これは正しくない。

 ただし「ある人はXをする権利を持つと同時にXをする義務を負う」という場合はありうる。例えば、私は投票する権利を持つと同時に投票する義務を負うかもしれない。しかし、このような性質を持つ権利と義務は例外的であると思われる。

 本節をまとめよう。「権利が義務を伴う」という言葉が「ある人の権利は他の誰かの義務を伴う」という意味で用いられるならばこれは正しいが、「ある人の権利はその人自身の義務を伴う」という意味で用いられるならばこれは正しくない。

 ちなみに、ある英語圏の道徳・政治哲学の入門書にも “rights do entail duties.”(「権利は義務を伴う」)という文があるが(Smith 2008 p. 103)、やはり、これも「ある人の権利は他の誰かの義務を伴う」という意味で用いられている。

Ⅱ.権利と義務の相関性

 権利と義務の対応関係は「権利と義務の相関性」という言葉で説明される。ここでは、これを詳しく見ていきたい。法哲学者の長谷川晃は次のようにいう。

権利と義務とは多くの場合、一定の規範的な対応関係にある。ここからしばしば、権利が存在すれば必ずそれに対応する義務が存在しており、また逆に義務が存在するときは必ずそれに対応する権利が存在しているのであって、権利と義務とはそれぞれを担う人々の規範的関係というコインの両面であると言われることがある。この関係はしばしば権利と義務との相関性(correlativity)と呼ばれる。(長谷川 1991 p. 32 強調は引用者)

 簡単にいえば、こういうことである。

【権利と義務の相関性】
①ある人が権利を持つならば必ず他の誰かが義務を負い、かつ、②ある人が義務を負うならば必ず他の誰かが権利を持つ。

 先述のように「権利は義務を伴う」という言葉が「ある人の権利は他の誰かの義務を伴う」という意味で用いられる。これは①と同じことである。よって「権利は義務を伴う」という言葉は権利と義務の相関性の片面を表していると考えることができる。

 さて、権利と義務の相関性については2つの論点がある。「すべての義務は権利に対応するのか」という論点と「すべての権利は義務に対応するのか」という論点である。これらを順に見ていこう。

 すべての義務は権利に対応するのか。いや、すべての義務が権利に対応するわけではない。困っている人を助ける義務は「慈善の義務」と呼ばれるが、これは〈権利に対応しない義務〉であると言われる(長谷川 1991 p. 33、Smith 2008 p. 103)。つまり、私が慈善の義務を負っても、他の誰かがその義務に対応する権利を持つわけではない。

 また、法は人々に交通規則を守る義務を課すが、これも〈権利に対応しない義務〉である(ワックス 2011 p. 90)。つまり、私が交通規則を守る義務を負っても、他の誰かがその義務に対応する権利を持つわけではない。

 一方、すべての権利は義務に対応するのか。基本的には、すべての権利は義務に対応すると思われる。ある法哲学の教科書によれば「権利に対応しない義務が存在するとしても、権利があるならば、それが他の個人・組織を義務づけるという点は、広く認められている」(瀧川/宇佐美/大屋 2014 p. 150)。

 ただし、倫理学者・法学者のジョエル・ファインバーグがいう「マニフェスト的意味の権利」は〈義務に対応しない権利〉かもしれない(Smith 2008 pp. 103-104)。「マニフェスト的意味の権利」とは何か(ファインバーグ 2018 pp. 230-231)。世界中の貧困に苦しむ人々は衣食住などを必要としている。しかし、多くの場所ではそれらの財の供給は不足しており、すべての人に食糧などを届けることは困難である。それでも、そうした基本的ニーズの充足を「権利」と表現することで「すべての人々の基本的ニーズは同情と真剣な配慮に値する請求権だと認識すべきだ」と国際社会に訴えることができる。ファインバーグはこの意味での権利を「マニフェスト的意味の権利」と呼ぶ。ただし、これについては「その権利は国や国際社会が負う貧困撲滅の義務に対応する」といえるかもしれない(Smith 2008 pp. 103-104)。

 本節をまとめよう。権利と義務の相関性とは「①ある人が権利を持つならば必ず他の誰かが義務を負い、かつ、②ある人が義務を負うならば必ず他の誰かが権利を持つ」ということである。しかし、慈善の義務など〈権利に対応しない義務〉はあるから、すべての義務が権利に対応するわけではない。また、基本的にすべての権利は義務に対応するが「マニフェスト的意味の権利」は〈義務に対応しない権利〉かもしれない。

Ⅲ.権利を重んじること

 しばしば〈権利を重んじること〉は〈義務を軽んじること〉だとみなされることがある。本節では、そうした見方が誤っていることを指摘したい。

 先述のように、権利と義務には「ある人が権利を持つならば、他の誰かがそれに対応する義務を負う」という関係がある。このことから「私たちがお互いに対して権利を持つならば、私たちはお互いに対して義務を負う」ということがいえる。

 例えば、私たちがお互いに対して〈セクハラされない権利〉を持つならば、私たちはお互いに対して〈セクハラしない義務〉を負う。私たちがお互いに対して持つ権利が多くなれば、私たちがお互いに負う義務も多くなる。

 つまり、私たちがお互いに対して持つ権利を重んじることは、私たちがお互いに対して負う義務を重んじることでもある。よって〈権利を重んじること〉は〈義務を軽んじること〉ではない。

おわりに

 最も重要な点を繰り返したい。「権利が義務を伴う」という言葉が「ある人の権利は他の誰かの義務を伴う」という意味で用いられるならばこれは正しいが、「ある人の権利はその人自身の義務を伴う」という意味で用いられるならばこれは正しくない。これがこの記事で最も伝えたいことである。

 読んでくださって、ありがとうございました!

[追記1]2022年8月4日、記事のタイトルを〈「権利は義務を伴う」とはどのようなことか?〉から〈「権利は義務を伴う」?〉に変更した。
[追記2]2022年9月5日、記事の一部を大幅に削減した。

注・参考文献

[注1]以下で挙げる例1と例2は、法哲学者の長谷川晃が挙げる例を参考にした(長谷川 1991 p. 31)。

瀧川裕英/宇佐美誠/大屋雄裕 2014『法哲学』(有斐閣)
長谷川晃 1991『権利・価値・共同体』(弘文堂)
ファインバーグ、ジョエル 2018「権利の本質と価値」(同『倫理学と法学の架橋――ファインバーグ論文選』嶋津格/飯田亘之編集・監訳 東信堂 第8章)
ワックス、レイモンド 2011『法哲学』(中山竜一/橋本祐子/松島裕一訳 中山竜一解説 岩波書店)
Smith, Paul 2008 Moral and Political Philosophy: Key Issues, Concepts and Theories (Palgrave Macmillan)

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