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白い花の咲く木

植物園に行って、知らない木に咲いた知らない花の匂いをすごく好きだと思ったのに、名前を忘れてしまった。
大きくも小さくもない白い花が、通り過ぎたときに匂ってわたしの足をとめた。
引き返して確かめる。あぁ、この花だったのか。
木に巻かれたプレートを見て名前を知る。きっと忘れてしまうな、と思った。
でも匂いは忘れないだろう。次に出会ったとき、この花だとわかる自信があった。クチナシ、バラ、水仙、どれも違うけれど、あえて言うなら水仙に一番似た匂いがした。春先の匂いに似ている。
5月の風が運んでくるあらゆる音や匂いを全身に受け止めながら歩く。
わたしの世界は穏やかだけれど、閉じている。
開いたらどうなるだろうか。
閉じられたものは一斉にうごめくだろうか。それとも、初めて外に出た飼い猫のようにじっと動けず目だけで何かを追うのだろうか。
日傘を畳んで、木漏れ日ばかり探した。風に揺れる影ばかり踏みしめた。
紫陽花やバラはまだだし、チューリップやネモフィラはもう終わった。
知らない木の花ばかり、ときどき咲いている。
言葉にできないことばかり、わたしは相変わらず探している。
そして閉じたものを開放するのかどうか、考えている。
わたしは先進的にはなれないなと思う。
今にも追いついていない人が先に行けるはずがない。
そうわかっていて、歩く。
少しでも何かに追いつくためではなくて、なるべくゆっくりと。
誰かの落としたものをときどき、拾いながら、確かめながら。

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