見出し画像

駅のホームの赤キャップくんが消えた

駅のホームを歩き、ベンチに腰をおろす。「そういえば」とふと思い出したのは、2年前までいつもいた赤キャップくんのことだ。

当時、僕はアルバイトをしていて電車で出勤していた。朝、だいたい決まった時間に駅について電車を待つ。

そのときに同じホームでよく見かけたのが、赤キャップくんだった。

いつも赤いキャップをかぶっているから、赤キャップくん。彼はときどき大きな声を出す。同じく赤いリュックにはヘルプマークをさげていた。

僕はちょっと彼が苦手だった。急に大きな声を出すからびっくりしてしまう。

でも、出勤時間がかぶっているようで、僕の中で彼は駅のホームで見かける常連さんというポジションの人だった。

ある日、いつものように駅に向かっていると、やけにサイレンの音が聞こえた。駅の方角からだった。

なんとなく嫌な予感がした。遅れるならバイト先に連絡しなきゃ……そんな億劫さがあった。

駅は騒然としていた。救急車と消防車が何台もとまっていた。

やっぱりかー……。僕は今の状況が知りたくて、とりあえずホームに向かった。

ホームに向かう途中の階段で、何人か救急隊員がおりてきた。そして、ブルーシートでなにかを囲っていた。

僕は気分が悪くなってくるのを感じた。事故は起きたばかりで、ブルーシートで目に触れないように運ばれているのは遺体だと察したからだ。

逃げるようにやりすごして、駅構内の窓からホームの様子を確認する。

たくさんの人がホームに取り残されている。運転再開を待っているのだろう。

学生やスーツの大人たちであふれているホームから下、線路におそるおそる目を向けた。

すると、荷物が散乱している線路の隅の方に、赤いリュックがあった。

遠くだったからよく見えなかったけど、赤色のリュックだった。「もしかして」と思った。

それから、いつもの時間にあの赤キャップくんは現れなかった。

僕は赤キャップくんのことをぜんぜん知らない。話したことはもちろんないし、顔も真正面から見たこともない。

まちがって線路に落ちてしまったのか、それとも自ら飛び降りたのかも分からない。そもそも本当に彼なのかも確証がない。

だけど、あの日を境に見なくなったのは事実だった。

ずっと見かけていた駅のホームのメンバーだったから、少なからず親近感を持っていたんだと思う。

そして、リュックにぶらさげたヘルプマークを思い出して、きっと彼は彼なりに苦悩があったのかもしれないと想像した。

今でもホームで電車を待っていると、赤キャップくんのことが頭に浮かぶときがある。

なにもたしかなことは分からないけど、唐突に消えたしまったもやもやとぽっかりとした空虚が心に残っているのを感じる。

ただの他人だとしても、いつもいる存在がいなくなるのはさびしい。

足元を横切る黄色の点字ブロックをぼんやり眺めて、そう思った。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

よろしければ、サポートお願いします!いただいたサポートはライティングの書籍代に使わせていただきます🙏