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橘川幸夫 2024年の年賀状

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

2024年01月01日
橘川幸夫

『イコール』創刊のご挨拶

(1)お金と私

 長いのか短いのか、今年で生まれてから74年を迎えます。長いよなあ。
 都市の最先端だと思う東京の新宿の長屋で生まれ、ほのぼのとした思い出深い子ども時代を過ごしました。
 10代の半ば、自我の目覚めとともに、自分をとりまく幸福な生活を支える社会の構造に対して、すこしずつ違和感を感じはじめて、新しく出会う他者に対しても引っ込み思案の不安定な少年になっていきました。15歳の時に、町の小さな印刷屋を経営していた父親が倒産しました。1964年、私が14歳の時に開かれた東京オリンピックは、日本の産業界に特需を生み出しましたが、それが終わると反動の不況になりました。印刷の需要か急速に減って、町の印刷屋の経営に直撃したのだと思います。印刷屋というのは社会の動きに敏感に反応する産業です。
 父親は借金取りに罵倒を浴びせられました。なによりも辛かったのは、それまで無条件に私を可愛がってくれてた思った親戚の人から、父親が攻撃され、私への視線も冷たいものになったことでした。たぶん、その親戚に借金をしていたのだと思います。子ども心に、「お金って、怖くて、いやなものだ」と実感しました。

 高校時代は山岳部に入って、楽しい仲間と先輩に恵まれ、時間さえあれば山の自然の中に行きました。父親は、その後も事業を再開しては倒産を何度か繰り返しました。冗談が好きなトボけた親父が好きだったので、親父を苦しめるお金ってなんだろうと思いました。ある時の倒産では、父親は東京にはいられないので、地方へ逃げる。父親と母親は別の地方へ行くから、私と弟をそれぞれ連れていくから、お前はどちらと行きたいか、と言われたりした。突然の選択に震えました。幸い、親子別れての逃避行はしないですみました。

 1968年に大学に入り、本格的に自分自身と向い合わなければならない年頃でもあり、社会とは切り離されたところで、さまざまな模索をはじめました。そして、つくづく、私たちの社会の根底にあるものに対する、畏怖と違和感を強くしていきました。

 それは「お金」であり、お金があたかも空気のような都市生活者の生命維持装置のように機能している社会への違和感でした。お金さえなければ、平和な子ども時代のままでいられたのに、という思いもありました。大学2年生ぐらいの時に、親父が最後の倒産をし、はじめて破産手続きをすることになりました。私も20歳になっていたので、父親に相談され、破産手続きをする弁護士のところに同行しました。

(2)佐藤雅子さんの言葉

 1971年に1歳年下の浪人生、渋谷陽一と出会い、1973年に一緒にロッキング・オンを創刊をしました。父親は自分の工場を持たない印刷ブローカーになっていて、初期のロッキング・オンの印刷は父親がすべて管理してくれました。私も、会社経営やお金の怖さを知っていたから、ロッキング・オンの印刷費用をカバーするということもありましたが、同時に、腕に技術を身につけた方がよいと思い父親の紹介で日暮里の久野写植という小さな写植屋に弟子入りして、写植を覚え、東中野で写植屋を開業しました。そこは、写植屋兼ロッキング・オン編集部として70年代の後半まで、私の生活の舞台となりました。

 大学時代に出会ったたくさんの友人や先輩。ロッキング・オンで出会った仲間たちとの付き合いは、引っ込み思案で自閉的だった私を変えました。人間の可能性と関係性の豊かさこそが私が求めるものだと自覚しました。

 しかし、仕事を追求すればするほど、お金に対する違和感は増していきました。23歳ぐらいで、新宿ゴールデン街の関連で出会ったカミさんと東中野で生活していて、佐藤雅子さんという料理家の本に出会いました。1971年に出た『私の保存食ノート』1973年に出た『私の洋風料理ノート』の2冊は、我が家の料理の根幹にあります。佐藤さんは、戦前の上級軍人の娘であり、夫も高級官僚として日本国憲法の草案を書いた人と言われています。いわゆる上流階級の娘だが、その文章の上品なことと、戦前からのお嬢様が身に付けた日本の伝統料理と西洋料理のアレンジが見事で、カミさんと一緒に引き込まれました。

 佐藤さんに「お金のはなし」というエッセイがあって、その中に「お金って、大切だけど、いやなものですね」というフレーズがありました。まさに、私の人生の違和感をそのまま表してくれた言葉でした。

 お金は近代社会という都市生活の中を満たす空気みたいなものだと思います。なければ窒息死してしまうが、ありすぎても意味がない。適切な規模で満たされていればよいのに、使えない空気を溜め込む人たちが権力を持つようになる。誰かが溜め込めば、誰かが希薄になるのは普通の道理だと思う。

 長い人生を生きてきて、人生の嫌なことの80%は、お金にまつわることだという実感があります。お金さえ、普通に機能していれば、憎しみも対立も激減するのではないか。国家間の戦争も根本は、お金の奪い合いだと思う。

 とはいえ、お金は大切なので、私もいろんな仕事をして対価をもらい生きてきました。そんな私が、73歳、半世紀前にロッキング・オンの創刊の時に戻って雑誌を創刊します。どうせやるなら、既存の雑誌のような商品ビジネスを超えた、新しい社会に向けてのシステムと考え方を作りたいと思った。

(3)『イコール』のカラクリ(編集費)

 現状の社会で雑誌を出すためにはお金がいる。そのため資金力のあり販売力のある大出版社しか雑誌が出せない。とみんな思っている。だから若い連中は、Zinなどに走る。ものすごく良質なリトルマガジンが、コミケや文学フリマに行くと出会うことができる。

 しかし半世紀前、ロッキング・オンは、資金も組織も経験すらもない中で雑誌を創刊し、4号から取次店に雑誌口座を開設して全国販売になった。同時期、矢内宏くんは、映画好きの仲間を集めて「ぴあ」を創刊した。彼も、有力書店の店主の推薦で取次の口座を開設している。出版社でなくても全国雑誌は創刊できるのである。

 最近「映画秘宝」が復活して雑誌を創刊するらしい。新会社を立ち上げて取次に口座開設を打診したら、そういう打診は30年ぶりだと取次の人が言ったという噂が流れてきた。若い連中が、自分たちのコミュニティを作ってその中で活動したい気持ちも分かる。しかし、全国販売の雑誌には、多くの魅力と可能性があるのも確かなのだ。

 半世紀前に、金も組織もなくて、なぜ雑誌が出来たのか。それは、仲間がいたからである。ロッキング・オンは4人の同人からはじまり、雑誌を出すたびに投稿が増え、スタッフとして協力してくれる仲間が増えていった。仲間だから、通常のビジネスのような受発注関係はない。原稿料もなければ、交通費まで各自の持ち出しだった。ただ、「新しいロック雑誌を作りたい」という意欲だけで人が動いた。ビジルスになるのは、そうした意欲の蓄積が社会的に認められてからである。

『イコール』は、橘川幸夫の友人と私塾・深呼吸学部の塾生たちなど関係者が50人集まって創刊する。みんな仲間なので、原稿料はない。仕事発注ではないので、テーマは相談するが、書きたいことだけを書いてくれればよい。原稿料の代わりに現物支給として雑誌を10冊程度送る。

そして、0号が終わって、次の創刊号から本格的に開始するのが「KitCoin」の構想だ。これは、原稿料の代わりに「KitCoin」という独自通貨を発行する。当面は紙幣になるが、こういうデザインになった。

1000Kit札

 イラストは、友人の小泉吉宏くん。橘川千手観音の手が他人の握手しているのがポイントである(笑)

 この独自通貨で原稿料を支払う。この通貨は日本の貨幣経済では使用出来ない。何に使えるのかというと、『イコール』が買える。今後バックナンバーも買える。『イコール』の中から新しい書籍を発行していく予定なので、その書籍も買える。

 また、『イコール』が主宰する講演会やイベントなどにも使える。つまり、『イコール』の発行に具体的な作業で支援してくれた人は、KitCoinで対価を受け取り、『イコール』の動きで発生する各種コンテンツの費用として交換できるというものだ。

 単行本「ゲームは動詞で出来ている」のような本も購入出来ますが、既存の通販やシステムは利用出来ないので、直接、私や『イコール』の関係者からの手渡しになります。

「ゲームは動詞で出来ている」通販サイト

KitCoinは、橘川幸夫の活動圏の中でのみ成立し、私が死んだら香典となります。私の棺桶に入れてもらえると、金にまみれた橘川を目撃出来ます。発行者が死んだら終了という貨幣です。葬式の日に、誰が橘川の人生に貢献したかが可視化されるという、素晴らしい構造を描きました。

(4)『イコール』のカラクリ(印刷費)

 雑誌を出すためには、編集費(ソフトコスト)のと印刷費(ハードコスト)が必要になります。ソフトコストは人間関係で対応出来ますが、ハードコストは印刷屋さんなので、KitCoinで支払ったら訴えられます。

 そこで登場するのがクラウドファンディングです。クラファンに違和感を感じる人は多いと思います。支援の仕組みですが、毎回支援支援ではいやになるでしょう。私は、既存のクラファンの構造を換骨奪胎して、全く新しいものにします。

 最初に書いたように、私は、近代というもの、とりわけ近代の貨幣制度に嫌悪感を持っています。

 私の認識では近代とはコピペの時代だと思っています。大量複製社会です。自動車でも飛行機でも新聞でも雑誌でも、最初に版になるような原型を作って、それを複製技術で大量生産します。生産物には、原価や制作費、販売管理費、租税公課などの経費が計算され利益がのって単価あたりの定価が設定されます。大量に作った方が単価が安くなるので、企業は競って量の拡大を目指して、定価を下げて、ライバルと戦ってきました。

 しかし、この定価という考え方は、生産者側での論理でしかありません。消費者の側の金銭感覚は多様です。お金持ちにとって10万円はたいした金額ではないかも知れませんが、貧乏人にとって1万円は慎重になる金額だったりします。『イコール』の定価が1200円というのは、発行側の論理で、購入者としては安いと思ったり高いと思ったりするでしょう。

 私は、クラファンを単なる資金集めの募金箱にはしません。
例えば、『イコール』のクラファンには、2000円から10万円までの各種リターンによる価格が設定されています。

 これはリターンの対価ではなく、購入者が『イコール』に対して支払える金額を選べるシステムとします。今後は、例えば一万円を支払うと「イコール1冊と1万分のKitCoin」という形を考えています。

 また「橘川との会食会」をリターンにして、橘川とメシしたい人は、『イコール』発行の支援をお願いすることになります(笑)。

 そして、無職で大変な人は連絡ください。『イコール』主宰のイベントなどで、バイトを頼みますから、それをやってくくれればKitCoinでギャラを支払い、『イコール』が無事購入出来ます。

 ということで、『イコール』はクラファンで印刷費を捻出します。付け加えれば、クラファンで集まった金額で印刷部数を決めます。多ければ部数を増やし、少なければ、印刷方式をより安いものへとダウンさせます。最終的にはAmazonのオンデマンド方式にすれば、印刷費がセロでも発行出来ます。

(5)『イコール』は増殖していきます。

 編集費と印刷費のコスト問題が解決したら、50人の信頼できる仲間がいたら雑誌が創刊できるという構造が出来上がります。

 現在の『イコール』は、橘川幸夫の責任編集号ですが、別の人が編集長をやって、自分たちで運営していけばよいのです。私は新しい雑誌だけを作りたいのではなく、新しい雑誌業界を作りたいと思っています。それはポンプの時も同じでした。

 まずは、そのためのプロトタイプ作りを2024年度で行います。

 本年もよろしくお付き合いください。

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