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メタップスに買収され、そしてメタップスから独立することになりました。

今日、4月2日で、25歳になりました。
なんていうか、10年前は、自分が25歳になるのって信じれなかったというか。
想像ができなかった感じで、実際になってみると、もうそんな歳かーって。
とにかく時間の流れは早いですね。

25歳となるタイミングにもう一つ大きな出来事がありました。
僕が社長をしているVSbiasという会社ですが、4期目を迎えることができました。
2年半前くらいに、メタップスという上場企業の傘下に参画。

当時、学生社長、学生ベンチャーを買収っとちょっと話題になったのを覚えている方がいたら嬉しいです。
それからは一上場企業の子会社の代表として事業拡大に向けて色々と試行錯誤しながら頑張ってきました。

そしてこの度、カーブアウトという形で、独立することにしました。
カーブアウトって何? スピンオフ、スピンアウトとどう違うの?って興味がある方はこちらから。

振り返ると、僕の人生まあ結構いろいろあったなーと思います。
18歳まで、ガチでサッカーしかしてこなかったんですが(笑)
それこそガンバ大阪というチームでJrユースまでやってたので、
TVの画面越しで日本代表としてプレイしてる選手も何度か試合したことあったりして、勝手な親近感(痛いw) をもって観てます。
大学生になった頃、突然、サッカーへの情熱がなくなってしまい、そこからビジネスに関わるようになりました。
学生インターンとして、営業させてもらったり、メディアの立ち上げさせてもらったり。

そして、21歳(大学3回生)で、VSbiasを創業しました。

VSbias(ブイエスバイアス)は、とにかく読みづらいことで社員から袋叩きにされるのですが、
bias(偏見)とVS(対) となる正見(ショウケン)という意味で名付けた僕にとっては思い入れのある社名です。

正見とは、仏教で使われている言葉で、
“ありのままに見る” ことをさします。
仏教における正見は、
四諦(苦諦、集諦、滅諦、道諦)を自覚することなのですが、
説明が大変なので僕なりの解釈と、想いを入れると

“人生とは思い通りにはいかないもので、
目の前に起こるありのままの苦しい現実を受け入れて、
それを楽しむ努力することが大事” ということです。

話を戻すと、21歳で起業。
当時は、起業したものの何をやったらいいのかわからず、
ビジョンとかミッションとかも特になかったので、
とにかく金になりそうなことを考えました。

当時、外国人向けの賃貸仲介サイトの運営をやっていたので、
そのノウハウを活かして、空き家を外国人好みにリノベして、
外国人に貸し出す。という、今でいう民泊のアイディアを思いつきました。

起業してから半年くらい1人でやっていたのですが、
てか、自己資本100%の会社だったので採用するほどのお金がなかったのが事実。
事業もいわゆる労働集約型ビジネスで、僕が汗かかないと儲からない仕組みでした。

これは事業が大きくなってもどんどん大変になると気づいて、ITを取り入れよう!
「Baberu」という民泊など小規模な施設の運営に特化したツール事業を
始めよう!と、エンジニアをしてる友達を誘いました。

この時期に、周りの起業家が調達していくのを見ていて、
これからお金が必要になるし、よしっ! 俺も調達だ。と、VCの方々にお会いしたり(ほんと単純。)
色々と挨拶した結果、渋い反応も多かったんですが、
それでも最終的には、2千万円ほど調達ができるところまで話が進みました。

ただ、寸前のところでビビって、決断できずに保留にしてました。
今だから言えることですが、正直、まともな社会人経験もないし、経営やエンジニアリングはおろか、SaaSという言葉の意味さえ知らなった僕が、このツールビジネスで成功する自信はありませんでした。

そんな時に相談にのってもらっていたのが、社長でした。(当時メタップスの社長だった佐藤さん。今や会長ですが、あだ名が社長なので、”社長”と呼ぶのがやっぱりしっくりくる。)

社長「面白そうだし、うちに入って一緒にやろう。資金も必要だろうし、エンジニアもうちにいる。」
そう言ってもらったことがきっかけで、メタップスのグループ入りを決めました。

余談ですが、僕は起業家の中でも、かなりビビりな方だと自負してます。

ビビり社長。

今だから言える話ですが、起業した当初もいつ会社が潰れるかわからないから
並行して就活もしていて2社ほど内定をもらっていました。
退路を絶って、資金調達して、リスク冒してアクセル踏んでる起業家はマジですごいと思います。

メタップスに入って2年間半、上場企業の子会社として経営をしてみて、
本当に色々な事を学ばせてもらいました。

・予算達成にとにかくシビアである事
・一つ一つ、経営の意思決定に説明責任がある事
・大きな組織では、評価の公平性が必要がある事
・PR、IRの重要性やその活用方法
などなど、キリがないですが。。。

特に、ベンチャーが苦手としている会社の守り方に関しては、
自己資本の経営では間違いなく知る事がないレベルで学ぶ事が出来ました。

そして何より、本当に優秀で、魅力的な人が多く、
とにかくフラットで、個性を尊重する、とても良い会社でした。

独立した。というと仲違いじゃないかとか、何かあったんじゃないかとか思われるかもしれませんが、
むしろ、株式譲渡してグループ化する例の中では、
かなり良好な関係を築いていると思います。

買収後、僕のロックアップ期間は既に終わっていましたが、
辞めるという選択は全くなく、情熱を持って事業を推進できていたと思います。

特に、事業の成長に、本社の意向が妨げになっていたわけでもないです。
業績も、グループ入り当初から5倍〜10倍に伸びました。
メタップスのブランド力もあったのもありますが、
優秀で、素晴らしい個性を持った優秀な社員にも恵まれたことは本当に奇跡だと感じてます。感謝しかない。。。

それでもなぜ独立という道を選んだのか。

気になるところですよね。
正直大きな理由があったわけではないです。
けれどあえて言うなら
一番の理由は、
僕自身が1社では背負いきれないリスクをおってでも、
事業を大きく成長させたいと覚悟を持てたことです。

起業してから3年半、宿泊施設のプロデュース・運営という
旅行に関する領域で、事業展開してきました。

なぜ旅行にこだわったかというと、
僕自身が旅行ジャンキーだからです。

年間合わせて20回~30回くらいは旅行してるし、
服や日用品に使うお金も全部、旅行に使っています。
(毎日同じ服をきてるので、社員に怒られます。)

たまに、他にやりたい事業はないですか?
と聞かれることがありましたが、
やっぱり旅行領域、以外にはみつかりません(笑)。

旅行を通じて人生を豊かにする事ができると本気で信じていますし、
この領域で頑張ってみて、
それで駄目だったら、その時は後悔しないと思うんですよね。

いつしか、日本を代表する宿泊ブランドを作りたい。
いつの間にかそれが夢になっていました。
そのために、5年でも10年でも何年でも闘う覚悟ができました。

しかし、そのためには、とても大きな投資が必要ですし、
メタップスだけでなく、もっと多く、色んな人を巻き込んで成長させる方が良いのではないか、と考えついたことが今回の独立の背景です。

幸い、僕のビジョンに共感し、一緒にリスクテイクをしてくれる株主にも恵まれ、新しい元号とともに良いスタートをきることができました。

これから4月~5月は色んな人と会いたいと思ってます。
僕としても会社としても新たな挑戦となります。
このフェーズで仲間として一緒に挑戦してくれる人がいたらビビり社長ですが強くなれると思います(笑)。
人生においてかけがいの無い経験ができることは間違いないです。
ぜひ気軽に声かけてください。そして良い人いたら紹介してください!

事業に関する話は、よく取材いただいたりしてるので割愛しましたが、
取材記事があったので載せさせていただきます。
もし興味があればご覧ください。

▼事業に関して
https://min-paku.biz/interview/vsbias.html
https://share-be.com/interview/vsbias/

▼僕個人に関して
https://www.projectdesign.jp/201709/20-creativity/003919.php
https://www.fastgrow.jp/articles/vsbias-tomeda
https://careerhack.en-japan.com/report/detail/693

2019年4月2日 留田紫雲

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