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猫の落とし物

暑中の冷たい床が好きである。
いつも裸足で歩くのである。
足底から身体の余分な体温は抜けていく。
その心地よさを私の足は感じる。
でも、昨夜は違った。
参った。
私の足は泣いていた。
踏んだそれを足は感じ、
私の足は泣いていた。
あの頃よくあった感覚を思い出していた。
「ああ、」
私の足は猫の剥がれた爪を踏んでいた。
死んだ愛猫を思いいつも裸足で歩いた私。
私の思いが天に届いたのであろうか。
盆にあいつが帰って来たのであろうか。
まだなにか未練がこの世にあるのであろうか。
「あるのはこの俺だよ」、と言ってやりたい。
炎天下の八尾の町を自転車で走っていても、
お前を載せて病院に日参したあの寒い日を思い出す。
車の下に隠れて涼をとる猫を見つけると、
お前じゃないかと思いそばにそっと近づいている。
そんな自分を哀れに思う。
「にゃあ」としか言わないお前が好きだった。
気持ちを寄せて思いを残さぬように
空気の存在を保ったつもりでいたのに
まだまだ俺は普通の人間なんだよ。
お前らの足元にも近づくことはできない。
死んだ親にも持たないこの感情はいったい何なのであろう。
切ない思いの理由を考える。
口をきけないお前たちが、人間の作った世界で従順に生きることを
術としたとは思えない。
なのに私のこの切なさは何なのであろう。
でも、理由はもういい。
最期まで猫らしく振舞ったお前たちを尊敬する。
その存在だけで私の心にいつまでも残るお前たちを尊敬する。
いつまでもいつまでも尊敬する。
8月15日のこの日、決して忘れてはならないこの日に優しい爆弾を仕掛けてくれたお前たちを尊敬するよ。




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