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フォーカスオンの人生

先月から、週に一度ジムのプールに通い始めた。
車社会に慣れた身体。軽い運動をするだけでも息切れしそうになり、このままどんどん機能低下していきそうで怖くなった。全速ボーイズに太刀打ちできない。

住んでいる街が運営するジム。日本でいう市民体育館のような位置付け。窓の片側は全面ガラス貼りで、外の景色が見える。雪とプールのアンマッチがお気に入り。

体力作りで始めたのだが、思いのほか心に良い影響があると気付くのに時間はかからなかった。

フリーランスの私が通う時間は人が少なく、とても静か。60〜70代と思わしき女性たちの談笑がBGMのように遠くから聞こえる。
サラサラした透明の水に身を沈めていると、心が安らいでいく。人間はこれ似た質感の中から生まれたんだろうな、なんて想像する。


ジムにはエクササイズ器具やヨガ、ピラティスといったクラスもある。でも、水泳がよかった。


私は何も考えずに、ただ泳ぐだけでいい。選ぶ余地も迷う理由もなく、仕切られた枠の中で25メートルの距離をいったりきたりするだけでいい。

自分の呼吸や水面の動きだけに集中できる。今は、そんな空間と時間を求めているのだと思う。




ひらりんと、長男が屈託なく渡してきたプリントに目を通す。数ヶ月に一度査定される通知表みたいなもので、授業の習得度や学校生活の態度について書かれている。あるかな、あるんだろうな、と思いながら読むと、予想通り担任の先生から数か月前とまったく同じコメントがあった。

I am still concerned with his ability to stay on task. He has a very difficult time focusing.


彼は一つの物事に集中できない。そんな懸念を抱かれている。懸念というか事実だ。veryの存在感がすごい。Elementary School(小学校)に通い始めて半年。長男は前回の査定でも同じ指摘を受けていた。

任意のはずの面談で名指しされ、学校へ向かった。大人だけの会話。ケラケラとよく笑う明るい担任の先生は、ユーモア混じりに学校での息子の様子を私に告げた。

彼はいつも急いでいて、何でも早く終わらしたくて、心はすぐ移ろいで、だから目の前のタスクがおざなりになる。理解していないのに、わかったことにしてしまう。ちゃんと列に並べない。とにかく、はやく、はやく!の衝動がつよい。


それは、家での様子とまったく同じだった。座って食事ができない。あっというまに気が散る。車から降りた途端トップスピードで走り出す。よく顔や足をぶつけるし、一年でお友達とも2回衝突して怪我をさせ、学校や親御さんから連絡を受ける始末だ。


座って食べよう、危ないから歩こう、少し待ってみよう。毎日、何度も何度も繰り返す。言った10秒後にはまた言う、みたいな日々を過ごしていると、こちらもクタクタになり、語気が荒くなる。

幼い子どもってそんなものなのかなと、ずっと思っていた。しかし、彼の様子は年齢を重ねるほどにひどくなっている。少し前から、私の頭の中には一つの疑念が浮かぶようになった。 


この子は、しない、したくないのではなく、本人の意思とは関係なく「できない」のではないだろうか?


そう思い調べていると、ある発達系の問題に行き着いた。日本語で関連本を読み、英語の記事も読んでみる。症状や行動傾向を知れば知るほど「…長男のことだ」と思った。当てはまる項目が多い。


面談。終わりぎわに、担任の先生にも疑念をぶつけてみた。疑っている障害の名前を告げ、どう思うか尋ねた。偶然にも、娘さんが同じ発達系の症状を抱えており、小学生から大人になった今も、薬を飲み続けているらしい。 


「私は医師ではないから、適当な回答はできない。でも、娘の経験をふまえながら彼を見ていると…その可能性は高いと思う」

先生はそう言い、まずは学校でできる対応としてSELという支援プログラムをお勧めしてくれた。Social Emotional Learning=日本語では「社会性と情動の学習」と訳すようだ。

①Self Awareness(自己の理解)
②Self Management(セルフマネジメント)
③Social Awareness(社会や他者の理解)
④Relationship Skill(対人関係スキル)
⑤Responsible Decision Making(責任ある意思決定)


子ども向けに、これら5つの能力を育てるのだそう。自己を知り、他者との関係性を知る。長男はとにかく我を押し通す。芯のつよさは誇れるけれど、まわりにも気持ちがあると理解してくれたら、だいぶ助かる。

今月中には、医師との面談も控えている。彼が生きやすいように、周囲が理解しやすいように。これから然るべき対応をして、環境を整えていく。

抑圧するやり方では、本人が苦しくなるばかり。できるだけ、笑顔でいられるように。世界でいちばん私を泣かせる男の子は、世界でいちばん私にとって可愛い男の子なのだ。

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「息子のサポートに集中したいので、しばらくお休みすることは可能でしょうか」

と、作詞の先生に打診をした。昨年の後半から学び始めたのだが、課題提出にはかなりの本気度で向き合う時間を必要とされる。

アメリカで育つ長男。彼の発達に関する問題は、当然ながらすべて英語でやり取りしなければならない。高い英語力がない私は、いつも事前に予習をする。家事育児も仕事も、これまで通り並行して続く。

今の私には、すべてやるのは難しいと思った。

先生は、本来なら休会は認めていないが、たくさん話をしてきた私だからと条件付きで受け入れてくださった。

前に進むために、乗りこえていくために、今を大切にしていきましょう。


メールの最後にそう書かれてあった。とてもシンプルな言葉なのに、やけに私の心に響いた。さすが作詞の先生だと思った。


***


思い立ったが吉日といわんばかりに、すぐ行動する。決断力があると表すれば聞こえはいいが、後先考えない衝動とも言える。積み上がった小説、途中で停止された映像、かじっては忘れるタスク、散らかったやりたいこと。

一つの物事に集中できない。長男の姿、それは、まるで「私」そのものなのだった。

年明けから多くのことを手放した。私のキャパシティは思ったより小さかった。かけがえのないものが、こぼれ落ちてしまわないように。今は向き合えないなら少しだけ保留棚にしまっておく。

雑多な選択肢はいらない。数少ない大切なことにフォーカスして過ごす。

前に進むために、乗りこえていくために、今を大切にしていく。前とは一体どこだろう。どんな未来なのだろう。何もわからないけれど。「今」を生きていれば、きっと明るいほうへ繋がっていくのだと思う。

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