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先輩の話

午前5時ごろ。
「もう朝日見れますね~」と明るくなりそうな商店街を先輩と二人で歩く。

本当だったら自転車で帰っているはずだった。
しかし、先輩が自転車をとめていた場所のシャッターが下ろされてしまって私は自転車を持っていたけれど、結局二人で歩くことになったのだった。

その日はバイト先の最後の飲み会だった。卒業前の私たちをねぎらって職員さんが開いてくれたものだった。お世話になった方との食事ほど楽しいものはない。

そして日付が変わって1時。
職員さんたちとはお別れをした。
そこから学生の私と私の友達と先輩の三人で3次会をした。

気が付いたら時計の針は4時を回っていた。
お酒が強いわけでもないのに飲みまくっていた私の友達をなんとかタクシーに乗せて見送ったあと、私は先輩と二人で帰ることになった。

思い返せば大学時代、この先輩にはしょっちゅう飲みに誘ってもらっていた。

私とは真逆と言っていいほどの”超”ポジティブな人で、ユーモアセンスたっぷりな言動は周りの人をよく笑わせていた。
修士課程に行くくらいだから勉強はもちろんだが、とにかく遊びにいつも全力で、お酒と旅行が大好き。

チャラいというか、お調子者というか…。

失礼だが、「ノリで生きている」という言葉がこんなに似合う人いないんじゃないかと思っている。
常に楽しさを大事にしていて、

「それめちゃくちゃおもろいやん!」
「激アツやな!」

が口癖だったような気がする。

そんなとにかく軽いノリの先輩をひそかに尊敬していた後輩は少なくないんじゃないか、と思う。事実、私もその一人である。
絶対他人に対してきついことは言わないし、誰にでも平等に優しいし面白い。常に明るくてみんなを元気にするような先輩はバイト先でも太陽のような人だった。

先輩と帰りながら話題は私の留学のことに移った。

「ええなぁ羨ましいわ~」という先輩に不安な気持ちが声に出ないように必死に隠しながら「そうですね‥」と返した。

でも先輩には全部お見通しだった。

「でも小林ちゃん真面目やからなぁ。しかも人に流されるやろ?」

そうそう。ほんとそうなんです。

この一年間の自分を振り返って、
先輩みたいにいつも明るく元気でいられたらいいのに。
先輩なら「やったるでぇ~」っていうんだろうな。
とかいろいろ考えた。

うつむく私に先輩はこういった。

「まぁ色々大変やと思うけど、自分のこと褒めんといかんで。授業出て、単位とった、偉い!他の日本人やっとらんことを私はやっとる、偉い!って。自信もたな!」

そしてこう続けた。

「バカみたいな目標持ってもええんやで、イケメンな彼氏作るとか、クラブで遊ぶとかな、ハハハ」

とにかく遊んできた先輩が言いそうなことだなと思ったけど、私にはなぜかこの「バカみたいな目標」というのがずんと心に響いた。

母がよく私に

「誰だって幸せになる権利を持っていることを忘れないで」

言っていたことを思い出した。

もっと人生は自分のためにあっていいし、楽しんでいい。

でも私は知らず知らずの間に自分に課していたある意味で「宿題」みたいなものをずっとやっている感覚があった。いつしかだんだんと自分を自分で幸せにする方法を忘れてしまったような気がしていた。

私はもっと楽に生きていかなくちゃなぁと思った。
人生はシンプルなはずなのに自分で複雑にしてしまっている。

先輩の言葉が刺さって変に泣きそうになりながら、いやでもこんなチャラチャラ先輩の前で泣くわけにはいかないとぐっと我慢した。

「じゃあまた卒業式に!」と言って別れたあと、自転車で帰れなくなってほんとよかったと思った。



バカみたいな目標、何にしようかな。


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