見出し画像

聖書読みましょ♪第161回 イエス様は誰から遣わされたのか?!

メシア・イエス・キリストの生涯105回
 「仮庵の祭りで姿を表すイエス(2)」前半
                 ヨハネの福音書第7章25節~30節


こんにちは!まいむまむです。
イエス様の生涯について4福音書を並べて、時間順に読んでいます。

毎回申し上げますが、わたくしは、「ハーベスト・タイム・メッセージステーション」というyoutubeチャンネルの中川健一先生の講義「メシアの生涯」にそって読んでいきます。

興味のある方は、ぜひぜひ、先生の講義を直にお聞きになってくださいね!
引用している聖書は「新改訳2017」版です。

また、参考文献は新実用聖書注解になります。

本日のご紹介はこちらです。

JAZZ AUDITORIA 2024 in WATERRAS / TRAILER(予告動画)

なんだかんだで、ゴールデンウイークが近づいてまいりました。
(まだちょっと先ですが(;^ω^))
連休を都心でまったりすごすには、ジャズオーディトリア、これですね。
お茶の水近辺で3日間、無料の野外コンサートがてんこもりですよ。

エリック宮城さん率いるBLUE NOTE TOKYO ALL-STAR JAZZ ORCHESTRAを始め、一流ミュージシャンの音がたっぷり楽しめます。

小さいお子さんと一緒でも、外ならきっと大丈夫💓
ご家族でいかがでしょう🎵

🎺 🎹 🎻 🎷 🎸 🥁 🎺 🎹 🎻 🎷 🎸 🥁

さて、聖書をお読みいたしましょう。📖

イエス様の今現在の立ち位置について振り返ります。

イエス様は、ユダヤの三大祭りのの「仮庵の祭」のために
エルサレムにおられます。
これは、秋の祭で、現代でも10月ぐらいに行われている由緒あるお祭りです。

イエス様が十字架にかかられる半年ほど前となります。

イエス様の名前は、すでにエルサレムでもとどろきわたっております。
と同時に、イエス様を危険視する宗教指導者たちとの対立も激しくなっています。

イエス様がエルサレムに到着されると、
早速人々が殺到して、イエス様との質疑応答が始まります。

ここで、重要なのは、一体だれが質問して、
誰に対してイエス様がお答えになっているかを、
確認することです。

では、人々とイエス様の問答をお聞きいたしましょう。


Ⅳ Q&A(3)  ・ヨハネの福音書第7章25節~30節

*ヨハネの福音書7章25節~26節
25 さて、エルサレムのある人たちは、こう言い始めた。「この人は、彼らが殺そうとしている人ではないか。
26 見なさい。この人は公然と語っているのに、彼らはこの人に何も言わない。もしかしたら議員たちは、この人がキリストであると、本当に認めたのではないか。」

「エルサレムのある人たち」
これは、文字通りエルサレムの住民たちです。

彼らは、ガリラヤなどからの巡礼者たちとは、区別されています。
都会の人たちで、事情通みたいな感じです。

エルサレムの人々は、
宗教指導者たちが、密かにイエス様を殺そうと計画を錬っていることをすでに知っていますね。
バレバレということです。

 「この人は、彼らが殺そうとしている人ではないか。」
ギリシャ語の疑問文には、
yes を期待して言うものと、 noを期待して言うものがあり、
区別されているそうです。

この文は、yes を期待して問われたもので
「この人ってあのイエスって人…だよね?」という感じです。

エルサレム住民は、イエス様を見たことがあまりないので
(当時は、ネットも映像もないですから)、
こういう疑問を持ったのです。

そして、その名高いイエスが、
公然と、おおっぴらに宮で教えているのです。

それなのに、指導者たちは、何も手を打ってこない。
もしかして、この人は本物のメシア(キリスト)なんじゃないの?!!!

弟子達を教えるイエス様のイコン

*ヨハネの福音書7章27節
27 しかし、私たちはこの人がどこから来たのか知っている。キリストが来られるときには、どこから来るのかだれも知らないはずだ。」

「キリストが来られるときには、どこから来るのかだれも知らないはずだ。」

これは、当時人々に流布していたメシア論です。

「でもさ、俺たちは、この男がガリラヤ出身の大工だって知ってるんだから、メシアなわけないじゃんよ。」という理屈です。

まあ、私たちには、もっともな発言に聞こえますが、
神学的に見れば間違っています。

というのは、宗教指導者たち、旧約聖書の専門家たちは、
メシア誕生の地がベツレヘムであることを聖書から知っていたからです。

その情報に基づいて、30年ほど前、
ヘロデがベツレヘムの2歳以下の男の子を全員殺させたのですよね。

 しかし、一般的には、メシアというものは、
突如、神秘的に現れるものだと信じられていました。

ですから、イエス様は、一般の人が持つメシアのイメージとは、
全然かけ離れて存在だったわけです。

*ヨハネの福音書7章28節
28 イエスが宮で教えていたとき、大きな声で言われた。「あなたがたはわたしを知っており、わたしがどこから来たのかも知っています。しかし、わたしは自分で来たのではありません。わたしを遣わされた方は真実です。その方を、あなたがたは知りません。

「大きな声で言われた」
これは、厳粛な宣言が始まるしるしのことばです。
 
「あなたがたはわたしを知っており、わたしがどこから来たのかも知っています。」
これは、皮肉(アイロニー)です。
人々は、イエス様が誰であるか、どこの出身であるかは知っている。
けれど、それはイエス様の人間としての履歴を知っているだけであるということです。

「わたしを遣わされた方は真実です。その方を、あなたがたは知りません。」

「真実です。」とは、父なる神であるということです。
そして、人々はイエス様を遣わした父なる神を知らないのだと
イエス様は仰っています。

ローマのサンタ・プデンツィアーナ教会の祭壇「教えるイエス」

 *ヨハネの福音書7章29節
29 わたしはその方を知っています。なぜなら、わたしはその方から出たのであり、その方がわたしを遣わされたからです。」

この言葉は非常に重大なおことばです。
イエス様の神性宣言なのです。

「わたしはその方から出た」
ユダヤ的文脈で読むと、
これは、父なる神と本質において同一であり、
一つであるという意味なのです。
これは、実は、かなりヤバい!

ユダヤ社会では「冒瀆罪」となり、
即、石打の刑、すなわち死刑ということになります。

 *ヨハネの福音書7章30節
30 そこで、人々はイエスを捕らえようとしたが、だれもイエスに手をかける者はいなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。

「イエスの時」
これは、イエス様が、十字架にかかられるときを意味します。

イエス様が十字架に至る生涯は、
父なる神によって計画されたものです。

ここで石打の刑なんかになったら、
罪の呪いを受けて死ぬという神様の計画が失敗することになります。

ですから、神様の守りがあるので、
誰も手を出すことができないのです。
とても不思議なことです。

お祈りします。
イエスキリストの父なる神様
イエス様は、あなたから出てあなたのご計画に忠実に従われました。
ありがとうございます。
このことを信じて、イエス様についていけるように
私たちを導いてください。
主イエス様のお名前でお祈りします。
アーメン

📔 📕 📖 📚 📒 📓 📔 📕 📖 📚 📒 📓

エルサレムでの人々の騒ぎはまだ続きます。
イエス様のことが心配です。
ご一緒に見守ってくださいませ。

「メシア・イエス・キリストの生涯」第105回 
「仮庵の祭で姿を現すイエス(2)」後半
ヨハネの福音書7章25節~36節
シャローム!