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Don’t Sleep On Them! 2022年隠れ名盤紹介<歌もの編>

※こちらの記事は最後まで無料で読めます。

スリープ・オン、Sleep on →「〜の上で寝る」以外に、「見逃す・聴き逃す・うっかり気づかない」という意味があります。
 
ケンドリックにエイベルにアデルにビヨンセにハリーにテイラーにドレイク(x2)に。大物のリリースラッシュが凄まじかった2022年、何とか新作をまめにチェックできてもじっくり聴き込む時間が足りない、という贅沢な悩みを抱えたまま終わりました。ブロックハンプトンも解散するしさぁ(←地味に応えている)。
 
このブログは、とってもよかったのに日本であまり話題にならなかったかな? というアルバムを紹介します。これ、まだだったら、聴いてね! を気もちをこめて、まずは、歌ものから。

1. Ravyn Lenae / Hypnos

このアルバムはかなり聴きました。レイヴン・レネー。シカゴで高校生のときから音楽活動を始め、めでたく2016年にアトランティック・レコーズと契約。やぁっと2022年にデビュー作『ヒプノス』が出ました。これが、待たされただけある、スーパー高品質アルバム。カタカナで「ヒュプノス」とも表記されるギリシャ神話の眠りの神を冠した、ネオソウルの匂いが強い作品。
 
昨年、『エイジ/セックス/ロケーション』をヒットさせたアリ・レノックスもネオソウル路線を取り入れるのが上手ですが、シンガーとしては正統派。歌いかたに特徴があるレイヴンは、声域の狭さを表現力でカヴァーしたエリカ・バドゥにより近い。ジェネイ・アイコやコリーヌ・ベイリー・レイの系統。儚げなソプラノ・ヴォイスが魅力。ところで、アリさんの『エイジ/セックス/ロケーション』でオンライン・デート(出会い系サイトですね)をテーマにした、わりと激しい作品なんですよ。

 
プロデュースは、長年一緒に活動している、シーモ率いるゼロ・ファティギュのモンティ・ブッカーと、16曲中6曲を担当しているスティーヴ・レイシー、ケイトラナダが1曲。以前から組んでいるスティーヴ・レイシーのカラーがまぁまぁ強いので、2022年のクリティカル・ヒット『ジェミナイ・ライツ』と続けて聴くのもおすすめ。アフロビーツのリズムを取り入れながらも軽やかな「M.I.A.」が一番、好きかな。2021年のジャズミンやアリさんのアルバムは大好きだけれど、歌詞があまりに「夜ふけ向け」なので、時間を選ばないレイヴンは重宝しました。浮遊感がすてき。
 

2. Yaya Bey / Remember Your North Star

2022年で「お!」となった出会いは、ヤヤ・ベイとスーダン・アーカイヴス。スーダンの『ナチュラル・ボーン・プロム・クィーン』はロッキング・オン新年号に長めの記事を書いたのでここでは割愛(読んでねー!)。ほんとうは、インタビューできる話だったの。ちなみに、昨年はインタビュー記事として受けて、結局、セッティングされずに書き原稿になったのが3本もありました。アーティストにとって、インタビューの重要性が低くなっているので、しかたない。ただ、インタビューして書いたのに、出稿した側の都合で掲載されなかったのが1件あったのは辛かった。おまけに、不掲載の連絡がメールだったのは地味に傷つき、引きずっています(音楽ライター業、畳もうかと思いました。3分くらい)。最近はインタビューのオファーが来ても、実現率3割以下のつもりでゆるゆると準備にかかる私です。
 
おっと、新年から暗くなってしまった。ヤヤ・ベイの話だった。ワシントン在住との情報が出てきたけれど、なんだかブルックリンっぽいなぁ、と思ったらもともとはブルックリンの人でした。やっぱり。スポークン・ワードでの話しかたもそうだし、ずばり「meet me in brooklyn」という曲があるし。この「ブルックリンで会いましょう」はロックスステディ! 拍手&小躍り。アメリカの音楽媒体は差がわからないみたいで、レゲエとかスカとか書いているけど、完全にロックステディでしょう。1分半と短いのも正しい。ヤヤさん、ジャマイカ系の人かしらー。

 
ヤヤさんとスーダンの共通点は、等身大の黒人女性の心情を語っているところ。「私、モテるし! イケてるし! 最強だし!」とひたすら畳みかけるフィメイル・ラッパーや、SZA、ドージャ・キャットら「基本、モテます」な人たちも好きだけれど、共感しづらい。ヤヤさんとスーダンは「いやぁ、大変なのよ」との本音を、声色や強弱を変え、ジャンルを行き来して、こちらの負担にならないように表現してくれてしっくり来る。地に足がついている。宅録なのか、くぐもった音質も気に入っています。ローファイR&Bにカテゴライズされるのだろうけど、メッセージの切れ味は鋭い。2023年もずっと聴くアルバムでしょう。

3. Lucky Daye  /  Candy Drip

王道R&B・ソウル回帰ムーヴメントはこの人中心に回っている、といっても過言ではラッキー・デイ。2018年、RCAからリリースされたデビュー・アルバム『ペインテッド』を聴いたときは、あまりの完成度の高さに「え、この人、いままでどこにいたの?」と喜びより疑問が大きかったくらい。05年に『アメリカン・アイドル』のトップ20に残ったものの、落選。以来、バックシンガーとソングライターとして活動していた苦労人。このエピソードも王道R&Bっぽい。バックシンガー出身のスターは、多いです。ラッキー・デイはニューオーリーンズ出身、いまの拠点はアトランタ。
 
ラッキー・デイの快進撃の影に、プロデューサーのDマイルがいます。彼は、H.E.R.との共同作業で高い評価を得たあと、引っ張りダコに。『シルク・ソニックとの一夜』にも貢献しています。ラッキー・デイ『キャンディ・ドリップ』の特徴をいくつか。教会育ちだけあり、コーラスワークがきれい。出てきた当初は、オールドスクールなソウルをあえて奏でている感じが強かったけれど、今作はそれらを咀嚼してきちんと2020年代のサウンドです。たとえば、スミノ(Smino)との「ゴッド・ボディ」は楽器のセクションも入って展開がどんどん変わっていくけれど、聴きやすい。そうそう、スミノが昨年リリースした『ラヴ・4・レント』もよかったー。ラップ編で書けたら書きます。「フィールズ・ライク」の裏声はプリンス・オマージュだろうし、リル・ダークとの「N.W.A.」はボサノヴァ調で聴きやすいし、ミュージック・ソウルチャイルドのカヴァー「オーヴァー」は長くR&Bを愛でているファンにはグッとくるし。うん、ほめるところしかないので、聴いてください。

 
チャートよりグラミー賞に強いのは、H.E.R.と同じ。EP『テーブル・フォー・トゥー』ですでに昨年の最優秀プログレッシヴR&Bを受賞。今年のグラミーでは、ビヨンセ「エイリアン・スーパースター」、メアリー・J・ブライジ「オンリー・ラヴ」にソングライターとして参加。どちらも最優秀アルバムにノミネートされているし、本作も最優秀R&Bアルバムにノミネートされていますね。でも、ここはメアリーが獲るかな。

4.Lil Sliva  /  Yesterday is Heavy

ダンスミュージックって私たちの生活に必要だよね? なムーヴメントが吹き荒れた2022年。ビヨンセやドレイクのアルバムは、少し強引にダンスフロアーに引きずり出すタイプだとしたら、リル・シルヴァはベッドルームで自然に体をゆらして、さりげなく踊らせるタイプ。プロデューサーでもDJでもある、イギリスのアーティスト。私、DJとプロデュースの両方ができる人のセンスは貴重だと思っていて。リル・シルヴァは「UKファンキー」という短命に終わった、エレクトロのサブジャンルの旗手だったそう。”Funky“は音楽のジャンルの「ファンク」で捉えるといい言葉ですが、形容詞の原義はあまりよろしくないので(臭い、です)、ネーミングで失敗した気も。
 
ジャンルレスなのが本作の特徴。シルヴァさんが通ってきたグライム、ドリームポップの要素は確実に入っています。だいたい、参加アーティストがリトル・ドラゴンにサンファ、カナダのシャーロット・デイ・ウィルソン、バッドバッドノットグッド、ブルックリンのサーペントウィズフィートにグライムのゲッツと、ジャンル・ベンディングどころの騒ぎではない。

 
池城的にはどうしても、セント・ヴィンセント島出身でトロントに移住したスキーフォールのパトワが映える「ワット・イフ」をくり返し聴いてしまいます。グライムや2ステップほど攻撃的ではないけれど、切迫感がやたらかっこいい。祖先に想いを馳せてスピリチュアリティに寄っているのも好み。だいたい「過去が重いなら‥」と訳せるタイトルは、「Yesterday is heavy, so put it down(過去から肩にのしかかっている問題が重いなら、置いちゃえばいいよ)」という言葉の頭の部分です。メッセージ性の高い、ダンスミュージックですね。プロデューサーとして忙しく、ソロ・プロジェクトの優先順位は高くなかった、とリル・シルヴァはインタビューでコメントしています。察するに、パンデミックがあと押ししたプロジェクトかなー、と。リリースしてくれて、ありがとう。

5.Kabaka Pyramid  /  The Kalling

コフィーの快進撃は、うれしい。うれしいけれど、「一派」と呼んでも差し支えないほど、いまのルーツ・レゲエを一緒に担っているプロトジェやこのカバカ・ピラミッドがレゲエ・コミュニティの外でほとんど話題にならないのはどうしてだろう?、と思っています。『ザ・コーリング』とのタイトルが示すとおり、「ジャー、ラースタファーライ!」が真ん中に通っている作品。エグゼクティヴ・プロデューサーはダミアン・マーリー。彼と彼のバンドのキーボーディスト、ショーン“ヤング・パウ“ダイドリックが作っています。
 
ルーツ・レゲエらしいどっしりした曲と、いい意味でポップなレゲエが混ざっていて聴きやすい。モーガン・ヘリテイジのグランプスの息子、ジェミール・モーガンが参加している「グレイトフル」あたりは、ジェミールがR&Bも歌うせいか、レゲレゲしていません。一方、スティーヴン・マーリー、ジェシ・ロイヤル、プロトジェとカバカが揃ったタイトル曲は、スティーヴン得意の、切ないコーラスが効いたどレゲエなアンセム。ボブ神が降り立つ瞬間もあって、正座して聴きたくなります。

ブジュ・バンタン、ブラック・アイ・アムも参加。主役のカバカは、声が目立つタイプのアーティストではありません。ブジュあたりがくると霞むのでは、と心配だったけど、彼は主張のあるリリックを書ける人なので、大丈夫。ちなみに、ブジュとの曲は、ジュニア・バイルスの名曲「フェイド・アウェイ」づかい。さすが。歌もDJもでき、スウィッチできる強みを活かしたアルバムですね。

カバカ・ピラミッドを「シンガー」でくくっていいのか、少し迷いましたが、リル・シルヴァあたりから「R&B」でくくるのをあきらめたので。2020年代はジャンルの解体、もしくは「どこに入れてもらってもいいよー」な作品、アーティストが増える気がします。

2023年もすてきな音楽にたくさん出会えますよう。

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