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藤井聡太と戦う振り飛車 ――連載「棋士、AI、その他の話」第21回

 圧殺と言って良かった。藤井聡太は何もできなかった。相手は振り飛車、それも絶滅危惧種の三間飛車穴熊。対して相穴熊に構えた藤井はその時点で優位に立っているはずだった。実際、AIも55%の勝率を示している。問題は、藤井に対振り飛車戦の経験が少ないこと。そして相手が振り飛車党唯一のA級トップ棋士・菅井竜也であること。
 2023年4月23日叡王戦五番勝負第二局。中盤の折衝の中、菅井は角を引く。それが藤井の思考を狂わせた。読み抜けていた一手を見た藤井は自信を失い、長考の末に無理気味の攻めに出た。菅井は受ける。丁寧に攻撃の芽を潰す。振り飛車党にとっては願ってもない展開だ。結局藤井は勝負所すら作れなかった。投了図、藤井の穴熊が壊されているのに対して菅井の穴熊は手も着いていない。その姿が、どれだけ内容に差があったのかを端的に表していた。
 しかし藤井が振り飛車を苦手にしているというわけではない。事実、叡王戦の第一局では後手番の菅井を相手に圧勝している。これはあまりにも恐ろしい対局だった。藤井にミスは何一つなく、いつの間にか劣勢に立たされた菅井は明らかに無理な特攻を仕掛けるよりなかった。振り飛車の良いところが全く表出することなく終わったこの対局は、振り飛車党にとって正しく絶望だった。だからこそ、その次の対局で真逆のことをやりかえした菅井の奮戦には大きな価値がある。

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