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藤本渚のスケールは――連載「棋士、AI、その他の話」第28回

 2023年1月31日棋王戦予選、大石直嗣七段-藤本渚四段。先手番となった藤本は相懸かりを採用する。プロ入り時のインタビューで、彼はほとんどこの戦法しか指さないと語っている。ただ現在は後手番での雁木の採用が多い。
 大石はB級2組に在籍する優秀な棋士だ。対して藤本はデビューから3ヶ月にも満たない新人である。一日の長があるのは大石のほうで、中盤の捻り合いの中優位に立った。角と香を駆使した的確な端攻め。それをもろに食らった藤本は、無視して攻撃に出た。桂交換を要求し、大石はそれに応じた。手にした桂を藤本は早速銀取りに打つ。そして中段の隙間に飛車を設置した。将来の角金両取りを見据えている。大石は長考に沈む。30分ほども使って、自陣に攻防の角を打った。対する藤本の指し手は、わずか13秒で放たれた。
 歩の正面に飛び跳ねられた桂。
 もちろんこれは毒まんじゅうだ。取ると角金両取りが実現する。だが大石は取った。わかっていて取ったのだ。つまり両取りをかけられてもやれると判断している。だが結果的には、これで逆転を許すことになった。
 藤本優勢となった終盤戦。とても受けきれない大石は、攻め合いに勝負をかけた。藤本はここでぬるい手を指すわけにはいかない。きちんと受けるか、厳しく攻めるか。藤本の選択は、そのどちらでもなかった。敵陣に向けて悠然と歩を打ったのだ。次にと金を作る意図であることはわかる。だがそれは詰めろにならない。攻めの速度が逆転する可能性があるし、実際に逆転していた。
 驚くべきはこの決断ができる胆力だ。一刻を争う場面であえて立ち止まって様子をうかがうような姿勢には懐の大きさが感じられる。
 再逆転を許した藤本は、自玉に詰みありの局面にまで追い込まれた。負けを覚悟していただろう。だが大石は詰みを逃した。これで藤本はデビュー6連勝。その内容には逆転が多い。

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