ナノマシン

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こちらも「宇宙エレベーター」同様、三才ムック「科学のお値段」で書いた原稿(一部修正)です。皆川亮二氏のコミック「ARMS」(アニメは「Project ARMS」)に登場するナノマシンを題材に扱っています。ナノマシンの命令系統とかもう少し突っ込めたかな?という気がします。

目に見えない極小マシンが人類の未来を変える?

ウィルスレベルの大きさで自律的に動く「ナノマシン」が現実のものになれば、医療分野や材料工学分野をはじめ、さまざまな場面で人類を助けてくれることになるだろう。しかし、SFやアニメでは魔法の様に描かれるナノマシンは、本当に実現するのだろうか?

「ナノマシン」は一瞬で人間を超人へ変えることができるのか

 目に見えないほど小さいナノマシンは、たとえば人間の細胞の隙間にも入り込める。現実に、ナノサイズの粒子を使った化粧品はすでに一般販売されている。そして体内に入ったナノマシンは、人間の細胞を操作して悪い部分を正常に戻したり、あるいは原子・分子を組み替えて人間の細胞を別の何かに作り替えることもできるかもしれない。
 SFコミック「ARMS」に登場するナノマシンは、人間の姿を変化させ、なおかつ自己増殖し修復も行うというスーパー兵器として描写されている。一瞬で人の見た目が変化し、「力」を持った超人に変身する。そんなマシンなら、誰でもが使ってみたいと思うだろう。だが「ARMS」に登場するナノマシンは自我を持ち、時に暴走する。力を与えるだけでなく、人間が人間以上の力を得た時に、どんな行動を取るべきかということがテーマのひとつであり、ナノマシンはストーリーを支える重要なアイテムなのだ。

 「ARMS」に限らず、小説やアニメではナノマシンが夢の道具として便利に使われているが、現実のナノマシンは魔法とは違う。エネルギーの保存則から逸脱できない以上、自己増殖には物質とエネルギーが必要となるのだ。現時点では、外見を変えるようなドラスティックな変化ではなく、「機動戦艦ナデシコ」で描かれたように、体内の物質と人のエネルギーを利用して神経と機械をリンクさせるためのインターフェースを作るナノマシンが、実現性が高いのかも知れない。
 完成すれば人類の生活を大きく変えるであろうナノマシンは、現在も研究が進められている。現在考えられているナノマシンとはどんなものなのか、どの程度まで研究が進められているのか、を紹介していこう。

集団で行動し自己増殖する機械「ナノマシン」

 ナノマシンとは、nm(ナノメートル)サイズの機械のことだ。“ナノ”は10のマイナス9乗を表す接頭辞であり、1ナノメートルは0.000000001メートルとなる。家庭用アルミホイルの厚みが0.015~0.02ミリメートルだから、その小ささが理解できるだろう。人体に入り込むウィルスの大きさが10~100ナノメートルなので、ナノマシンはウィルスと同じくらいの機械ということになる。

物質のスケール ナノマシンはウィルスと同程度の大きさ

 そんな小さな物に何ができるのだろうか?ナノマシンは通常、個体では力を発揮しない。複数のナノマシンが集まり、あらかじめ組み込まれたプログラム通りに作業を行い、目標を達成する。たとえば、原子や分子を集めて化合物を作ったり、人体の中に入って患部を見つけ、治療したり切除・分解するといった作業をするわけだ。
 集団で作業を行うナノマシンは、数個から数百個、時にはそれ以上の数が必要になる。数千個のナノマシンを作って送り出すより、ナノマシン自身に自分の複製を作らせた方が効率が良い。ナノマシンは自己増殖の機能を備えていると便利であり、自己増殖機能を持っていることが、ナノマシンの定義にもなっているほどだ。

トップダウン手法による小型機械の作製から発想

 最初にナノマシンの概念を提唱したのは、米国の物理学者リチャード・ファインマンと言われている。そのアイディアは、一般的な工具一式を使って1/4サイズの工具を作り、さらにその工具を使って1/4サイズ(最初の工具の1/16)の工具を作っていくというもの。この工程を繰り返すことで、分子レベルの工具ができあがる。
 コロンブスの卵的な発想なのだが、実際に小さい工具を作っていくとなるとさまざまな問題が発生する。ナノメートルの世界では、たとえば重力や摩擦力は極端に小さくなる。逆に、分子間に働く力や静電気、表面張力などの影響を大きく受けるようになる。したがって、ファインマンの考えるようなトップダウン手法でナノマシンを作るならば、まず微小世界の機械工学を確立しなければならない。

小さい工具を作り、その工具でさらに小さい工具を作っていくと…

パターンに強いリソグラフィ、立体物が作れる光造形法

 ファインマンのアイディアにあるようなトップダウン手法でナノマシンを作成することは難しいが、我々が慣れた環境や道具を使えるという利点から、現在でもトップダウン手法によるナノサイズ加工のアプローチは続けられている。
 代表的な方法として、リソグラフィ技術を利用したものがある。リソグラフィとは、簡単に言えば日光写真と同じ原理を使った技術。絵や字の形に切ったマスク(日光遮断用)と感光紙を重ねて太陽光に当てると、マスク部分が残るという仕組みだ。この原理を利用して、太陽光の代わりにエキシマレーザー、感光紙の代わりに感光性樹脂を薄く塗りつけたシリコンなどの金属を使い、マスクのパターンを転写して作るのが、半導体などの電子回路だ。さらに微小な加工を行うために、エキシマレーザーよりも波長の短いX線を使ったリソグラフィ技術なども研究されている。

日光写真とリソグラフィ技術の原理。
マスクの図形を感光紙やウェハに転写する。

トップダウン手法とボトムアップ手法。
ふたつの特徴を併せ持つハイブリッド手法も研究されている。

原子・分子の配列を操作して機械を作るボトムアップ手法

 ナノテクノロジーにおけるボトムアップ手法とは、たとえば原子や分子を操作して配列を変えたり組み合わせたりして、新たな構造を作り上げるという方法だ。ボトムアップ手法に関しては、1986年にエリック・ドレクスラー工学博士が著書の中で、ナノメートルサイズの自己複製可能な「アセンブラ(組み立てるもの)」を使って分子の配列を変えれば、価値のある物質を作り出せるはずだというアイディアを披露している。彼は、石炭とダイヤモンド、砂と集積回路の違いは原子の配列だけだと述べている。したがって、アセンブラによって、原子・分子の配列を変えれば、新たな価値を持つ物が作り出せると考えたのだ。このアイディアは大きな議論を呼んだ。
 近年になって走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope)あるいは原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope)といった装置が開発されたことで、原子・分子の観測や操作が可能になり、ドレクスラーのアイディアが実現する可能性も高くなった。ただし、現在においても「最初のアセンブラをどうやって作るのか?」という問題は残っている。
 実は、原子・分子を操作することで、さまざまな特徴を持つナノ素材を作ることができることはすでに実証されている。たとえば炭素分子を平面上に並べれば、“ナノグラフェン”ができる。ナノグラフェンを筒状に丸めれば“カーボンナノチューブ”になり、球状にまとめれば“フラーレン”になる。

ナノテクノロジーによって生まれた新素材たち

 フラーレンは、1985年に行われた実験の中で偶然発見された新しい物質だ。その時発見されたフラーレンは、炭素原子60個から構成されたサッカーボールのような構造を持っており、C60フラーレンとも呼ばれている。なお、この発見により発見者は1996年のノーベル化学賞を受賞している。
 フラーレンの発見後、天然の鉱物にも微量のフラーレンが含まれていることが確認されたが、その生成過程は不明のままだ。しかし、フラーレンはグラファイト、つまり炭をアーク放電で蒸発させることで人工的に作り出すことができる。アーク放電では、60個以上の炭素原子からできたフラーレン、すなわち“高次フラーレン”も生成されることがある。アーク放電以外でも、プラズマを使った手法や有機化学的方法による合成などの研究も進められている。また、フラーレンの生成時に金属元素を加えておくと、中空骨格の内部に金属元素を内包したフラーレンを作ることもできる。金属元素を内部に持ったフラーレンを、“内包フラーレン”と呼ぶ。
 フラーレンは、物理的に非常に安定した物質であり、水や有機溶液には溶けにくい特性を持っているが、その一方で、さまざまな化学反応を起こすという特徴もある。現在、フラーレンを使った化学反応が研究されているが、すでに知られている化学反応を使った潤滑剤や化粧品、医薬品への応用研究も進んでいる。特に、エイズの治療では、フラーレンを利用してHIVウィルスの増殖を抑える研究が注目されている。

 だが、今のところフラーレンは研究段階であり、フラーレンから作られるカーボンナノチューブも実用化できるような十分な長さを持った物質は作られていない。さらに、近年問題になったアスベスト(石綿)と同様、人体内部に入ったカーボンナノチューブが悪影響を及ぼすのではないか、という問題を指摘する実験報告も公開されている。なお、カーボンナノチューブに比べて球状のフラーレンは、もし毒性があったとしても危険性は低いだろうとも予測されている。
 ナノテクノロジーの研究成果として発見、研究されているフラーレンやカーボンナノチューブなどの新素材は、これからさまざまな分野への応用が期待されている。こうしたナノテクノロジーの地道な進歩が、やがてナノマシンの完成へと繋がっていくはずだ。

ナノマシンの危険性「グレイグー」とは何か

 ナノテクノロジーの進化が、やがて生み出すであろうナノマシン。現時点では、まだ影も形もないアイディア段階とも呼べるテクノロジーに対して、すでにその危険性を指摘する意見も存在する。問題視されているのは、ナノマシンの機能のひとつである自己増殖機能だ。自分自身を複製し増えていくナノマシンが、プログラムのバグや外部からの影響など、何らかの理由によりエラーを起こし自己増殖に歯止めが掛からなくなってしまったらどうなるのか。ありとあらゆる物質を分解し増え続けるナノマシン群は、最終的に地球を灰色の物質で覆ってしまうのではないか。これを灰色になった地球、“グレイグー(Grey goo)”と呼び、ナノマシンの危険性を示すキーワードとして使われている。もちろん、これは可能性を論じているだけで、グレイグーを否定する意見もある。
 また、ウィルスと同じサイズのナノマシンは検知も難しいため、要人暗殺やテロリズムに悪用される可能性は否定できない。空中散布や飲料水への混入など、なんらかの方法によってターゲットの体内に潜り込んだナノマシンが、プログラムに従い人体に害を及ぼすことも考えられる。その後、自己分解したり体外に排出されるようにプログラムしておけば、凶器であるナノマシンを見つけることは難しくなる。したがって、捜査だけでなく犯罪の立証も非常に難しくなる可能性もある。
 こうした懸念をなくすために、ナノマシンが実用化された段階でナノマシン自身に何らかの安全機構を組み込む必要があるだろう。たとえば、ナノマシンの自己増殖回数を制限する、特定の信号や化学物質によって自己増殖を止める、あるいは自己分解するなどの機構がが考えられる。また、ナノマシンの悪用を防ぐために、運用にあたっては(少なくともナノマシンの実用化からしばらくは)厳しい管理が必要になることも指摘しておこう。

現在は研究室での実験レベルであるためコストは膨大

 現時点では「ARMS」に登場するようなナノマシンは存在していないが、ナノテクノロジーが発展すれば、数十年後には実現しているかもしれない。もっとも可能性が高いのは医療分野だろう。たとえば、薬剤を持たせたナノマシンを患者に注入し、ナノマシンが患部に到達したところで薬剤を放出する“ドラッグ・デリバリー・システム”。経口や注射による薬剤投与で心配される副作用を抑えることができるドラッグ・デリバリー・システムは、さまざまな病気の治療方法として期待されている。また、前述したフラーレンは、エイズ(HIV)の治療薬としての研究が進められている。将来、ナノマシンによる医療が普及すれば、現在行われている再生医療に掛かる費用と同程度(数十万~百数十万)の負担で、効果の高い治療が受けられるようになるだろう。
 ナノマシンよりも大きいマイクロマシンとしては、すでにカメラを内蔵したカプセル型内視鏡が実用段階に入っている。また、2009年2月には、名古屋大学の研究する光駆動マイクロマシンが世界で初めて赤血球の解剖に成功している。細いレーザーを10マイクロメートル程度の大きさしかないマイクロマシンに当てると、“つまむ”ことができる。これを光トラッピングと呼ぶ。光トラッピングで2本のアームを操作すれば、細胞を掴んだり、切り開いたりできることを実証した。将来的に、このようなマイクロマシンは数百円という低コストで生産可能になるという。

参考文献&参考サイト

・ナノテクノロジーを追う 辻野貴志 日経BP社
・全図解ナノテクノロジー 榊裕之 かんき出版

・文部科学省 ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター

・バイオマイクロマシン
 -生田研究室 名古屋大学 工学研究科 マイクロナノシステム工学専攻-

・京都大学化学研究所

・独立行政法人 物質材料研究機構 量子ドットセンター ナノ成長グループ

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