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思考のくせについて考えてみた

せっかくなので(?)、自分の思考のくせ、傾向について考えてみようかと思います。

結論からいうと、「自分を低く見積もり(自分に期待せず)」「最悪の事態を想定する」傾向があるかな、と。自己防衛力が強いのかしら。

まず、「自分を低く見積もる」というのは、振り返ってみると、結構昔からだったような。

例えば、幼稚園のころかその前か、母からたまに顔立ちについて嘆かれたことが思い出されます。「(わたしの4歳上の)いとこが可愛らしいから子どもを産んだのに、あなたの顔って・・・。」みたいな。いとこは、叔父が当時勤めていたトリオ(現ケンウッド)という音響メーカーで社内公募されたのかなんなのか、広告写真のモデルに選ばれたりしていました。巨大なポスター、母の実家の廊下にしばらく貼ってあったのを覚えています。母と叔母は一卵性の双子なので、まあそう嘆きたくなるのは分からなくはないのですが。

話しを戻すと、そんな母の言葉に対し、「うーむ、あなたとパパの顔から、いとこみたいに目が大きく真ん丸な子が生まれるわけないじゃない。自信持ちすぎじゃない?ぷぷぷ。」と、思ってました。

この、「自分を低く見積もる・期待しない」という思考のくせのおかげで、心穏やかにいられた経験も多いような。
なんか小さいことでもできたときは、「おーすごいじゃないか!わたしよくやった!」と、周りからすると大げさじゃないか?ということで自分を讃えられるんですよね。
また、逆のケースだと、「いや、しょせんわたしよ、こんなもんでしょ。」と落ち込まない。例えば、ひょんなことから上記の叔母の紹介で小学校で受験勉強を始めたんですが。小学校4年生のときに受けた一番最初の四谷大塚のテストで、1600何人中1600番台(下から数十番だったか)という点数をとったときに、母が落胆して「やっぱり受験はやめようか。無理そうね。」とこぼしてきたときのこと。「いや、そもそもわたしはどうやって勉強するかもわかってなかったからであって、だとするとこんなもんでしょう。もう少し続けてみるのはありじゃない?」とちゃんと評価できたり。

次に思いついた、「最悪の事態を想定する」は、まさに、今回の乳がん騒動でも発揮されてます。

例えば、検査結果で、「腫瘍サイズは2cm。リンパ節への転移が疑わしい」というのを聞くと、「腫瘍サイズは2cmといっても2.1cmかもしれないので、ステージ2。そしてリンパ節への転移は、あり。あったとして、他臓器へ転移してる可能性あり。」と頭で解釈し、ステージ4かもしれないわね、と認識する。

この思考のくせは、幼いころからというわけではなく、おそらく、新入社員のときの経験からかもしれない。配属されてまなし、わたしの最初の仕事はシステムエンジニアでした。客先に、開発したシステムを納品する期日がせまっていた時期に、当時入社3年目のプロジェクトリーダーが夏休みを取ることになっていました。その方からは、「うちから発注してるソフトウェア会社からあがってくるシステムは、ちゃんとしてるはずなので、念のためちょっとテストして、問題なければ、次の日に客先に納品しに行ってね。」という指示を受けていました。

ところが、ソフトウェア会社から納品されてきたシステムが、びっくりするほどひどくて。そもそも、立ち上げて、ログインができないという。「これはちょっとまずいんじゃないか?」と、わたしはシステムの知識はゼロでしたが、なんとかするしかない、と、そこから夜中までソフトウェア会社に電話で修正指示を出し続けるという。
この経験から、「システム開発は、常に最悪の状況を想定したうえでプロジェクトを回していかねば。」ということを学んだんですよね。
そして、この思考回路は、仕事でのプロジェクト管理だけでなく、日常生活でもくせがついた気がする。

みなさんの思考のくせは、どんな感じですか?




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