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ショートショート『木こりの家』

都会の喧騒から逃れるように
私は山へやってきた。


木の温もりを感じられるログハウス。
ひと目惚れだった。


おひとり様の私は
いつどこにいようと
誰かに縛られることもない。

毎日が自由気ままな人生だ。


それでも
誰もいない山の中で
暮らしてみたいと思った。


毎朝、散歩がてら木の枝をひろう。
大自然を感じながら、焚き火をする。


キーンと張りつめた
真冬の空気を感じながら
パチパチとはじく焚き火の音を聞く。


お湯をわかし、
豆から挽いたコーヒーを淹れ
香りを楽しむ。


こんなひと時を、私はとても贅沢に思う。


コーヒーと共に軽く朝食を済ませると
ストーブ用の薪割りを始める。


時間というものに捉われない
時の流れがここにはあるのだ。

時に、この美しい大自然は
こちらに牙を向けることもあるが
それもまた、生きている証だろう。


命あるかぎり
生きることは続いていくのだから。


それは、自然も人も同じはず。


ある日、若い男性が
ログハウスを訪ねて来た。


普段、こんな山奥へ
人が訪ねて来ることはない。
私は内心警戒していた。


けれど、
どうやら彼も
私と同じ匂いがする。


「素敵なログハウスですね」


彼は気さくに声をかけてきた。


「昔、木こりの家だったらしい。
 ひと目ぼれしてね」


彼は、ここから少し離れたところに
最近引っ越してきたのだという。


「一人かい?」


私がそう質問すると、
少し間をおいて


「はい」


と、彼は答えた。


人とのつき合いが
得意ではない私にとって
彼が訪ねて来たことは
あまり好ましいことではなかった。


そして次の日も、
彼はログハウスへやって来た。


山での生活について
あれこれ質問したあとに
ログハウスの中を見てみたいと言い出した。


さり気なく距離を保ち
心の境界線を引いているつもりだったが


彼にとってそんなことは、
1ミリも関係ないようだ。


いつしか彼は、私のことを
新(あらた)さんと呼ぶようになった。


そして、今日もまた
彼は相変わらず
ログハウスへやって来る。


その人懐っこさに
いつしか私も心を開き始めた。


私は彼のことを
親しみを込め、″新入りくん″ と呼んだ。


そんな新入りくんだが、
彼は時折り、悲しそうな表情をする。


いつも新入りくんはにこにこしている。
だから、最初は気のせいだと思っていた。
だけど、やっぱり気になって、聞いてみた。


すると新入りくんは、
重い口を開き始めた。


離婚を機にここへ来たのだという。
仕事が忙しくて
家庭をかえりみることが出来なかったと。


一人になった今、
そんな日々を反省して
毎日、手紙を書いているそうだ。


ただ、これまで一度も
返事が届いたことはないらしい。


それは、
新入りくんが山へやって来て
1年が経ったころの事だった。


私たちがいつものように
外でお茶をしていると、
突然かわいいお客がやって来た。


「パパー!」


その子は、新入りくんを見つけると
嬉しそうにかけ寄ってきた。


「まなみ、どうしてここに!?」

「えへへ、パパに会いたくなって」


新入りくんは
驚きを隠せない様子だ。


「何でここにいるって分かったんだ?
 手紙に住所は書いてなかったはず…」


「あなた、久しぶりね」


「京子…」


新入りくんの家族だ。


「柳 新さんって方が
 手紙をくださったのよ。
 もしかして、あの方が新さん?」


「ああ…」


私たちは軽く会釈を交わした。

久しぶりの家族水入らずの時間。
私はそっと、その場を後にした。


「手紙にね、あなたが毎日毎日、
 私たちの話をするから困っています。
 写真も毎日のように見せてきて
 自分だけでは対応しきれないから
 どうか会いに来てあげてくださいって。
 そう書いてたったの」


「えっ…」


「それに、手紙は1枚だけじゃないわ。
 ずっと新さんは、私たちに
 あなたの様子を教えてくれていたのよ。
 
 あなたの私たちへの想いと
 新さんのあなたへの想いが伝わって

 あなたと新さんに会ってみたいって思ったの」

「そうか…
 京子、本当にすまなかった」


「謝るなんてやめて。
 あなたが悪いわけじゃないんだから」



「パパー、ママー!ねぇ見て!
 四つ葉のクローバー見つけたー」

家族を見つめる
新入りくんの表情は、とても優しかった。


微笑ましいという言葉は
彼らのためにあるのだろう。


家族ってのは、
案外いいもんだな…


私はロッキングチェアに揺られながら
映画のワンシーンを観ているようだった。
 


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